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6.M事件(令和5年(不)第74号事件)命令要旨
1 事件の概要
本件は、(1)春闘賃上げに関する団体交渉における対応、(2)支部長に対して、正しく計算した未払賃金を支払わなかったこと、(3)管理職3名の支部長に対する言動、(4)賃上げ及び一時金に関する協定書を締結しなかったこと、がそれぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事案である。
2 判断要旨
(1)団交における対応が不誠実団交に当たるかについて
ア 本件の団交の議題は春闘賃上げであって、組合員の賃金に関するものであり、義務的団交事項に当たることは明らかである。したがって、会社は、団交において誠意を持って対応し、賃上げの回答についての説明を具体的に行い、組合からの疑問や質問に対しても、相手方の納得が得られるよう努めて対応する義務があり、これを果たさず、実質的な協議に応じなければ、不誠実団交に該当するというべきである。
イ 組合は、第1回団交において、会社は、定期昇給制度の廃止を前提としながら、その旨を説明せず、残業時間に応じた賃上げ額だけを提案し妥結を迫ったと主張する。
しかし、第1回団交の時点では、会社は、定昇制廃止が前提であることを説明してはいないが、このことを説明しないまま、妥結を迫ったとまではいうことはできない。したがって、かかる会社の団交における対応が不誠実であるとは認められない。
ウ 組合は、第1回団交において、会社は、組合の疑問・意見をクレームとして受け止め、聞く耳を持たなかったと主張する。
しかし、第1回団交において、会社は、組合の意見に関してクレームという言葉を使ってはいるが、この時点で、組合の意見を無視した対応をしたとまでは認められず、聞く耳を持たなかったということはできない。したがって、かかる会社の団交における対応が不誠実であるとは認められない。
エ 組合は、会社が定昇維持だと実質上協議しないとの態度を貫いていると主張する。
第3回団交において、組合が、定昇制を維持した場合の賃上げ額を尋ねたのに対し、会社は、正社員の組合員について、第1回団交における会社回答の最低額を下回る額を挙げ、契約社員についてはなくなる旨返答したことが認められる。これは、定昇制廃止に組合が同意しなければ、組合員については、提案の最低額の賃上げすら行わないと明言したというべきものである。
したがって、上記の会社の発言は、組合及び組合員に不当に圧力をかけることにより、定昇制廃止に同意するよう迫るものであり、かかる会社の対応は、実質的な協議に応じなかったものであって、不誠実団交に該当する。
オ 組合は、会社が別組合の委員長が開示を拒否しているとして別組合の賃上げ平均額の開示を拒んだと主張する。
第2回団交で、組合が、検討材料にするとして別組合の賃上げの平均額を尋ねたのに対し、会社は、別組合が平均額を出すことに同意していれば、会社として何も言わない旨述べたことが認められる。そして、この団交後、会社が別組合の委員長に対し、賃上げの平均額の開示について尋ねたのに対し、別組合の委員長は、個々人の額がわからないのであれば開示してよい旨返答したことが認められる。
そうすると、会社は組合に対し、団交において、賃上げの検討のための参考として開示を求められた情報を虚偽の理由を挙げて、開示しなかったというべきであって、かかる行為は、協議において誠意を欠いた対応をし、実質的な協議に応じなかったものとして、不誠実団交に該当する。
カ 以上のとおり、会社が、定昇制廃止に組合が同意しなければ、提案の最低額の賃上げすら行わない旨述べたこと及び別組合の賃上げ平均額の開示を拒んだことは、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。
(2)団交における対応が支配介入に当たるかについて
ア 組合は、会社は、組合が一律支給や定昇維持を求めるのであれば、別組合の組合員らと差別して不利益取扱いをすると脅したと主張する。
一般に、賃上げについて、所属する労働組合ごとの平均額に差が生じたとしても、これが使用者が全ての労働組合に対し、同一の基準を提案した結果であれば、所属する労働組合によって差別したということはできない。そして、本件において、会社が組合に対し、別組合に対する提案とは異なる提案をしたとはみることができない。したがって、上記の主張は採用できない。
イ 先に労使間で締結された協定書には、会社と組合は労使対等の原則を踏まえてお互いの立場を尊重し、双方誠実に協議を行い、会社は、賃金を変更する場合には、事前に組合との間で実質的な協議を尽くすことを約束するという条項と、会社は、今後、不当労働行為が疑われるような対応をしないよう努めるという条項が含まれている。
上記(1)記載のとおり、会社は、定昇制廃止に組合が同意しなければ、提案の最低額の賃上げすら行わない旨述べ、虚偽の理由で別組合の賃上げ平均額の開示を拒んだのであるから、会社の対応は、協定書のこれらの条項に違反しており、この協定書に係る組合との同意を軽視ないしは無視したものといえ、組合員に対し組合が無力であるとの印象を与え、組合への信頼を低下させるものであることから、組合を弱体化するものと認められる。
したがって、かかる会社の対応は、組合の運営に対する支配介入に当たり、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
(3)支部長に対して、正しく計算した未払賃金を支払わなかったこと
ア 不利益取扱いについて
(ア)支部長に対して、賃金が本来支払われるべき期日までに支払われなかったのであるから、不利益があることは明らかである。
(イ)当時、組合と会社は緊張関係にあり、会社が組合や組合員を嫌悪していたことを推認することができる。
(ウ)本件における未払賃金は、本件賃金改定により、各年の賃上げによる変更以外にも、基本給と基本給の増額による残業手当等の再計算が必要になることから生じたというべきところ、支部長に対する遡及支給が完了したのは、当初定めた時期を半年以上超過してからであって、しかも、支部長が労働基準監督署へ申告した後であったことが認められる。
そこで、この間の会社の対応をみると、団交において、組合が遡及額の合計と既払額との差額を示すよう求めた際の会社の発言からすると、会社は、組合が本件賃金改定について提案した直後に同意せず遡及払いが必要になったことを非難していたというべきである。そして、組合や支部長が基本給への加算額が誤っている等として事実確認を求めたのに対し、会社が、事実確認を行い説明したと認めるに足る疎明はなく、その後、会社が、基本給を増額し、遡及分としての金銭を支払った際に、組合及び支部長に対し、この増額等について説明しなかったことが認められ、会社は、組合及び支部長を、遡及払いが正確に行われているか否かを確認するのが困難な状態に置いてきたということができる。
以上のことからすると、支部長への遡及払いの遅れや計算の誤りは、単なる人為的なミスによるものではなく、会社が、期限を順守して遡及払いを正確に行おうとしなかったことによって生じたものと認められ、このことと当時の労使関係を併せ考えると、支部長に対し、正しく計算した未払賃金が支払わなかったことは、労働組合法第7条第1号に該当する不当労働行為である。
イ 支配介入について
上記ア(ウ)の記載の経緯からすると、支部長に対し、正しく計算した未払賃金が支払わなかったのは、組合が、本件賃金改定について会社が提案した直後に同意せず、相当時間が経ってから妥結されたことが影響したものと認められる。また、かかる会社の対応は、会社からの提案に対して、一定の時間をかけて検討し、修正を申し入れる等の組合の活動を躊躇させ、妨害するものということができる。
したがって、会社が支部長に対し、正しく計算した未払賃金を支払わなかったことは、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
ウ 報復的不利益取扱いについて
組合は、支部長に対し、正しく計算した未払賃金が支払われなかったことは、先行事件の申立てを行ったことへの報復であって、労働組合法第7条第4号に該当する不当労働行為にも当たる旨主張するが、このことが先行事件の申立てを理由にしたものと認めるに足る事実の疎明はなく、この点にかかる組合の申立てを棄却する。
(4)管理職3名の支部長に対する面談における言動について
ア 不利益取扱いについて
(ア)面談において、管理者3名は支部長に対し、まずは、ストレスや教習生からのアンケートを理由として、次に、会社において、特定の指導員について担当させないようにとの教習生からの申出を意味する忌避を理由として、指導員以外の業務に就くことについて尋ね、支部長がその意向はないと明確に返答した後も、支部長の意向にかかわらず、その提案をする可能性があることに繰り返し言及したと認められる。また、その間、管理者3名は、支部長に対し、忌避に関してどこが悪かったと思うかや悪かった点を改めることができるかを尋ねるなどしており、支部長に業務上の問題があったことを前提に指導員以外の業務に就けることを示唆したということができる。かかる言動は、支部長をかなり精神的に圧迫するものであり、精神的な不利益をもたらすものであると認められる。
(イ)上記(3)ア(イ)記載のとおり、当時、組合と会社は緊張関係にあった上、この面談は、支部長が労基署に申告を行い、労基署が会社に対し監査を行った直後に行われており、会社が組合や組合員を嫌悪していたことを推認することができる。
(ウ)業務上の問題が支部長にあったか否かについてみるに、面談の内容からは、指導員以外の業務に就けることを示唆する理由が、忌避にあるのか、ストレス問題にあるのかは判然としない。
まず、忌避についてみると、副社長は、団交にて、教習生から忌避をどんどん出してもらい、嫌な思いをせず卒業できるよう指示をしており、忌避されること自体は悪いことではないとしてきた旨述べ、この面談においても、支部長が忌避は指導員の適格性を評価するために活用する制度ではないと聞いている旨の発言をしたことが認められる。そうすると、そもそも会社が忌避を指導員の勤務ぶりについての評価基準として扱っていたとはいえない。なお、支部長に対する忌避の件数が他の指導員と比べて多いとする疎明もなく、面談で持ち出された苦情については、ドライブレコーダーの確認が行われなかったことが認められ、支部長に非があったか否かの公正な検証が行われたかも疑問である。
次に、ストレス問題についても、ストレスチェックの結果に基づいて会社の管理職が当該従業員と面談した例は他にない上、支部長に業務の変更を検討しなければならない程度の問題があったと認めるに足る疎明はない。
したがって、指導員以外の業務に就けることを検討しなければならないような業務上の問題が支部長にあったとはいえず、このことと当時の労使関係を併せ考えると、面談における管理者3名の支部長に対する言動は、労働組合法第7条第1号に該当する不当労働行為である。
イ 支配介入について
面談における管理者3名の支部長に対する言動は、支部の活動を主導する支部長を精神的に圧迫することにより、支部長の組合活動を阻害し、もって組合の運営に介入したものといえ、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
ウ 報復的不利益取扱いについて
組合は、面談における管理者3名の支部長に対する言動は、先行事件の申立てを行ったことへの報復であって、労働組合法第7条第4号に該当する不当労働行為にも当たる旨主張するが、このことが先行事件の申立てを理由にしたものと認めるに足る事実の疎明はなく、この点にかかる組合の申立てを棄却する。
(5)賃上げ及び一時金に関する協定書を締結しなかったことについて
ア 本件申立ての時点で、賃上げ等の協定書が締結されなかったことについては、争いがなく、組合は会社に対し、団交にて、協定書の交付を求めていたのだから、会社は、組合の求めにもかかわらず賃上げ等の協定書の締結に応じなかったといえる。また、賃上げ等の協定書が締結されなかったことについて、特段の事情は認められない。そうすると、かかる会社の対応は、組合や組合との合意に至る協議を軽視ないしは無視したものとして、組合の運営に対する支配介入に当たるというべきである。
イ 先に労使間で締結された協定書には、双方が合意した重要な提案について協議が整った場合には、必ず協定書その他の文書を取り交わす旨定めている条項が含まれており、賃上げや各一時金に関する事項は、この重要な提案に当たる。
そうすると、会社が賃上げ等の協定書の締結に応じなかったことは、この条項に違反するものでもあって、先に労使間で締結された協定書に係る組合との同意を軽視ないしは無視したものとして、この点においても、組合の運営に対する支配介入に当たると認められる。
ウ 以上のとおりであるから、賃上げ等の協定書が締結されなかったことは、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
3 命令内容
(1)誠実団交応諾
(2)誓約文の手交
(3)その他の申立ての棄却