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4.S事件(令和5年(不)第13号事件)命令要旨
1 事件の概要
本件は、(1)組合員1名について、それまで勤務していた勤務場所で勤務させないこと、(2)当該組合員からの要求に応じないこと、(3)団体交渉における対応、がそれぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
2 判断要旨
(1)本件施設で勤務させないことについて
ア それまで勤務していた事業所で勤務しないことにより、業務内容や人間関係について影響を受ける可能性があるのであるから、当該組合員が本件施設で勤務しないことについて不利益性がないとはいえない。
イ 当時の労使関係についてみると、組合と会社は、一定の緊張関係にあったというべきである。
ウ そこで、当該組合員を本件施設で勤務させなくなった経緯について検討することにより、組合員であることと不利益の関係についてみるに、会社が当該組合員を本件施設で勤務させなくなった端緒は当該組合員と当該利用者間で発生したトラブルであったというのが相当であるところ、このトラブルは、市により障がい者虐待と認定されたことが認められる。
また、このトラブルの前日にも、当該組合員と当該利用者の間でトラブルがあったところ、その際、当該組合員は当該利用者に対し、痛みを感じたり受傷する可能性のある対応をし、自分の言うことを聞かなければ本件施設で生活できなくなるという発言をしたことは明らかであって、当時の当該組合員の当該利用者への対応には、相当程度問題があったというべきである。
さらに、当該組合員が組合員であることを通告する前に別の利用者との間でトラブルがあったところ、この件についての会社の対応をみると、会社は、当該組合員が組合員であることを通告される前から、利用者とトラブルを起こした従業員については、その利用者と同じ施設では勤務させない考えであったというべきである。
したがって、会社が当該組合員を本件施設で勤務させないのは、専ら当該組合員個人の業務上の問題を理由にしたものとみるべきであるから、組合員であることを理由としたものということはできない。
エ 会社の行為により組合員が不利益を被ったとはいえない場合でも、組合活動を弱体化させたというべき特段の事情があれば、支配介入に該当する可能性はある。しかし、本件において、このことを認めるに足る疎明はなく、当該組合員を本件施設において勤務させないことを組合活動に対する支配介入とはいえない。
オ 以上のとおりであるから、当該組合員を本件施設において勤務させないことは、組合員であることを理由とした不利益取扱いには当たらず、組合活動に支配介入したものともいえないのであるから、この点に関する申立てを棄却する。
(2)当該組合員からの要求に応じないことについて
ア 当該組合員が当該利用者及び当該保護者に面会し謝罪したいと要求したのに対し、会社が応じないことについては争いがないが、この要求は、障がい者虐待認定を受けた事案において、受傷させた者が被害者やその保護者に直接会えるよう便宜を図るよう求めるものであることは明らかである。
施設において虐待事案が発生した際、その施設の運営者は、運営者としての責任と判断によって、被害者やその保護者に対応するのであって、受傷させた者からの対応に関する要求に応じるべき理由はない。したがって、受傷させた立場である当該組合員からの被害者やその保護者との面会要求に会社が応じず、当該組合員に対する便宜を図らないことによって、当該組合員が不利益を被ったとみることはできない。
以上のとおりであるから、その余を判断するまでもなく、当該利用者及びその家族と直接会って謝罪したいとの要求に会社が応じないことは、組合員であるが故の不利益取扱いに当たるとはいえない。
イ また、本件において、組合活動を弱体化させたというべき特段の事情があったと認めるに足る疎明はなく、当該利用者及びその家族と直接会って謝罪したいとの要求に会社が応じないことを組合活動に対する支配介入とはいえない。
ウ 以上のとおりであるから、当該利用者及びその家族と直接会って謝罪したいとの要求に会社が応じないことは、組合員であることを理由とした不利益取扱いには当たらず、組合活動に支配介入したものともいえないのであるから、この点に関する申立てを棄却する。
(3)団交における対応について
ア 本件団交申入書の要求事項が義務的団交事項に当たるのは明らかであるから、会社は、団交において誠意を持って対応し、組合からの要求に必ず応じなければならないわけではないにしても、当該組合員の処遇に関する組合の要求に対して、自らの見解を具体的に説明する義務があり、説明の不尽や団交日程の引き延ばし、一方的な打切り等の実質的に団交を無意味にする行為があれば、かかる行為は不誠実団交に該当するというべきである。
イ 組合と会社の間では、12月の団交以降も概ね1か月に1回の割合で団交が開催されているところ、組合の抗議文には、12月の団交にて、市からの虐待に関する通知があり次第、団交を行うことを確認したとする記載や12月下旬に、人事部長が年内はどうしても日程調整できないから年始にしてほしい旨述べた旨の記載等があることが認められる。
しかし、12月の団交のやり取りについてみると、組合は、団交を経ない異動は認められない旨述べたにとどまり、市からの虐待通知があり次第団交を行うことを要求し、これに会社が同意したということはできない。そうすると、12月下旬に人事部長が組合に対し、電話で年内の団交開催は対面では無理である旨述べたことは認められるが、このことを含め1月中旬まで団交が開催されなかったことをもって、会社が団交日程を引き延ばし、不誠実な対応を行ったとはいえない。
ウ 1月の団交において、会社側出席者が団交を2回もやった等と発言しているが、その後も団交は開催されており、会社が一方的に団交を打ち切ったということはできず、この発言をもって、会社の団交における対応が不誠実であるとはいえない。
エ 組合は当該保護者が当該組合員に対し憤慨しているとする証拠を提出するよう求めているが、この経緯については、組合が当該組合員を本件施設に戻すことを要求したのに対し、会社は当該組合員が本件施設で勤務するのは難しいと返答していることにあるというのが相当である。また、会社は組合に対し、当該組合員を本件施設で勤務させられないとの見解をその理由とともに明らかにしていたというべきである。
会社は組合に対し、本件トラブルの直後に当該保護者と電話で話した内容について本件管理者が記載した文書を提出したことが認められ、一定の対応をしたといえる。組合は、この文書の記載内容は虐待認定より前のことであること等を挙げ、証拠にならない旨述べてはいるが、これに対し、会社は別の文書を提出してもよい旨返答している上、この文書には本件トラブル後の当該保護者の意向について記載されていることは明らかである。
以上によれば、組合からの文書の提出要求に対する対応をもって、団交における協議において会社が誠意を欠いたということはできない。
オ 9月の団交において、会社が組合に対し、期限や内容を具体的に定めて、研修や会議の実施を約束したとみることはできない。また、その後の団交についてみても、会社が組合に対し、組合からの要求に基づき、期限や内容を具体的に定めて、研修や会議の実施や安全配慮に関する何らかの措置を約束し、これを会社が履行しないと認めるに足る疎明はない。
カ 以上のとおりであるから、団交における会社の対応は不誠実団交に当たるとはいえず、この点に関する申立てを棄却する。
3 命令内容
本件申立ての棄却
※ なお、本件命令に対して、組合は中央労働委員会に再審査を申し立てた。