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更新日:2024年5月24日

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5.Y事件(令和2年(不)第27号事件)命令要旨

  1. 事件の概要
    本件は、組合が上部団体とともに、医療法人との労使紛争の休戦を実現するため、医療機関等に対し要請したところ、医療法人が、名誉棄損に当たるなどとして大阪地方裁判所に組合関係者3名に対する損害賠償請求訴訟を提起したことが不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。
  2. 判断要旨
    • (1)憲法第32条によれば、何人も民事事件において裁判所に訴えを提起する権利は否定されないものであるから、医療法人が、損害賠償の訴えを提起することもまた、権利の行使として尊重されるべきであり、労働委員会が公的判断をもってこれを制限することは慎重であるべきである。
      しかしながら、この権利といえども無制限に保障されたものではなく、憲法第28条において、いわゆる労働三権が保障され、労働組合法において不当労働行為救済申立ての制度が設けられている趣旨からして一定の制約に服すべきこともあり得るのであって、例えば、権利の濫用に当たるなど、特段の事情がある場合は、不当労働行為に該当する余地があるというべきである。
      そこで、医療法人が本件訴訟を提起した趣旨・目的、提訴の態様、時期及び組合活動に与える影響を具体的に検討し、訴えを提起する権利の保障も考慮した上で、医療法人が本件訴訟を提起したことが、労働組合法の観点から不当労働行為に当たるかを総合的に判断することとする。
    • (2)まず、医療法人が本件訴訟を提起した趣旨、目的についてみる。
      • ア 組合関係者3名が医師会等を訪れ、本件文書を職員に手交したこと、本件文書が約50か所の医療機関等に郵送されたことが認められるところ、まず、かかる行為が、正当な組合活動であるといえるかについて、以下検討する。
        • (ア)まず、本件文書の内容についてみる。
          本件文書には、本件訴訟の訴状で医療法人の名誉を毀損するものとして摘示された記載があることは認められる。
          一方で、組合と医療法人を巡るこれまでの経緯等を踏まえると、本件訴訟の訴状で摘示された記載は、組合の立場から見た事実認識あるいは意見表明とみるのが相当であり、かかる記載をもって、直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱したものであるとまでみることはできない。
          加えて、本件文書には、労使一体となった新型コロナウイルス感染症対策を行うための要請といえる部分があるといえ、そうすると、本件文書が、医療法人の名誉の毀損を目的としたものとまではいえない。
          以上のとおりであるから、本件文書の内容をもって、直ちに正当な組合活動の範囲を逸脱したものであるとまではいえない。
        • (イ)次に、本件文書の配付先についてみる。
          本件文書が配付された医師会等や約50か所の医療機関は、いずれも労使関係を仲裁・監督する機関ではない。
          しかしながら、本件文書には、労使一体となった新型コロナウイルス感染症対策を行うための要請といえる部分があること等からすると、これらの機関に本件文書が配付されたことは、その目的に照らし、関係性がなかったとまではいえない。加えて、配付の範囲についても、広範囲の不特定多数に配布されたとまではいえないことなどからすると、約50か所の医療機関を含む医師会等に本件文書が配付されたことをもって、相当性を欠くとまではいえない。
          したがって、本件文書の配付先は、正当な組合活動として、相当性を欠くものとまではいえない。
        • (ウ)以上のとおり、本件文書を医師会等に配付したことは、正当な組合活動から逸脱しているとまではいえない。
      • イ そこで、医療法人が本件訴訟を提起した趣旨、目的についてみるに、医療法人は、本件文書を医師会等に配付したことは、民事上の不法行為に該当する違法な行為であるとした上で、本件訴訟を提起したことは、被害回復のため正当なものである旨主張しているが、その前提となる本件文書を医師会等に配付したことが違法な組合活動であるといえるかについて疑義がある上、このことは医療法人も認識し得る状況であったものといえる。加えて、医療法人は、組合との協調は「労使一体の新型コロナ対策」の実現とは無関係であり、むしろその実現を阻む障害であるとさえいえると主張しており、かかる主張は、医療法人が組合のことを好ましからざる存在であるとみているとの疑念を生じさせるものである。
        そうすると、医療法人が本件訴訟を提起した趣旨・目的が、被害回復のためのものであったかについても疑問が残るといわざるを得ない。
    • (3)次に、提訴の態様についてみる。
      • ア 医療法人は、組合関係者3名を被告とし、同人らが本件文書を医師会等に送付したとして本件訴訟を提起したことが認められる。
        しかしながら、そもそも、本件文書の作成及び配付は、組合を含む3団体が共同して行った労働組合活動であることは文面から明らかである。
        加えて、医療法人は、他の医療機関等に対し、本件文書の配付方法について問い合わせたことがない。
        これらのことからすると、通常、一般的にみて、本件文書の作成及び配付した主体は、組合を含む3団体であることは容易に認識できる。
        そうすると、本件文書の作成及び配付に伴う責任は、本来、主体である3団体が負うべきものであるところ、医療法人は、当該3団体ではなく、個人である組合関係者3名のみを被告として本件訴訟を提起しており、かかる医療法人の対応は、合理性を欠き、十分検討されたものとは到底いえない。
      • イ 医療法人は、勝訴判決を得た際の金銭執行の実効性を考慮して組合を被告から外し、実行行為者3名のみを被告とした旨主張するが、本件文書の発信者である3団体は実体がないものといえない上、組合を被告とした場合、金銭執行の際に、具体的にいかなる支障があるかについて主張も疎明もない。また、組合関係者3名のうち1名は、住所及び居所が不明、本名も不詳のまま、本件訴訟を提起しており、このことと医療法人の主張は、整合性が取れていないといわざるを得ない。
      • ウ 以上のことからすると、医療法人が、組合関係者3名を被告として、本件訴訟を提起したことは、合理性を欠くといわざるを得ない。
        しかも、本件訴訟の訴状の記載からすると、医療法人は、組合関係者3名が活発に組合活動を行っていると認識していることが窺えるところであり、このことと、医療法人が、本件文書の発信者である組合を被告とせず、また、組合の代表者でもない組合関係者3名を被告としていることを考え合わせると、活発な組合活動を行っている同人らを狙い撃ちにしたとの疑念さえ生じるところである。
    • (4)さらに、本件訴訟を提起した時期についてみる。
      組合が、組合員1名に対する処分に関する不当労働行為救済申立てを行い、同組合員の処分を巡り、組合と医療法人とは対立関係にあったといえる状況において、医療法人は、本件文書が医師会等に配付された後、1か月以上、組合に対して抗議等を行わなかったにもかかわらず、上記救済申立てから期間を置かずして、法的措置をとることを検討している旨等を記載した通告書を組合に送付し、その約10日後に本件訴訟を提起しているのであるから、医療法人が、本件訴訟を提起した時期は、不合理とまではいえないものの、唐突感は否めない。
    • (5)最後に、組合活動に与える影響についてみると、医療法人が、組合関係者3名を被告として、本件訴訟を提起したことにより、同人らの組合活動に支障が生じるのみならず、他の組合員にとっても組合活動を萎縮させるものといわざるを得ない。
    • (6)以上のことを総合すると、組合関係者3名を被告として、本件訴訟を提起したことは、医療法人が裁判所に訴えを提起する権利があり、労働委員会がその判断をもってこれを制限することには慎重であるべきことを考慮してもなお、組合活動に対する不当な介入に当たるとすべき特段の事情があるといわざるを得ず、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。
  3. 命令内容
    誓約文の交付
    ※なお、本件命令に対して、医療法人は大阪地方裁判所に取消訴訟を提起した。

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