心合寺山古墳は、古墳時代中期につくられた前方後円墳です。中河内では最大の全長160メートルの古墳で、当時この地域一帯を治めた首長の墓と考えられます。
これまでの発掘調査によって、墳丘は三段に造られ、各段の平坦面には円筒埴輪を立て並べ、斜面には葺石を葺いていたことがわかっています。また後円部墳頂には東西に並ぶ3基の「粘土槨」があり、前方部には「方形壇」、くびれ部には「造り出し」などの施設があります。
心合寺山古墳の名前は、古墳の西側に飛鳥時代後期に造営されたお寺(心合寺(しんごうじ))に由来していると考えられています。
平成13年から平成17年まで史跡整備を行い、墳丘や埴輪列を復元して約1600年前の当時の姿に整備し、古墳時代の歴史を体感できる場として生まれかわりました。バリアフリーに配慮したスロープで前方部の墳頂まで上がれるようになっています。
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教育庁 文化財保護課 文化財企画グループ
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