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南花田(みなみはなだ)遺跡
所在地:堺市北区新金岡三丁8番地内
時代:古墳時代から近世
調査期間:令和7年5月から令和8年2月まで
主な遺構:古墳時代から古代の溝、近世の井戸や土坑など
主な遺物:須恵器、土師器、瓦器、陶磁器、瓦など
南花田遺跡の概要
南花田遺跡は、堺市北区新金岡に位置し、東西約650m、南北約500mに広がる遺跡です。上町台地へ続く段丘の北端部にあたります。
遺跡の北側には大阪府堺市と奈良県葛城市を東西に結ぶ長尾街道と、長尾街道に合流する形で、難波宮から南に延びる難波大道跡が通っています。この街道沿いには、古墳時代から中世の大規模な集落跡が確認された清水遺跡や、南新町遺跡が分布しています。
今回の調査区の500m東側では、府道南花田鳳西町線の建設に伴い、1980年代に大阪府文化財保護課による発掘調査がおこなわれました。この調査では、後期旧石器時代の土坑や石器、古墳時代の水田、中世の集落が確認されています。


【図】調査地点位置図(●が調査地点)
(国土地理院地図を基に作成。遺跡範囲は大阪府地図情報提供システムに基づく)
調査の結果
今回の発掘調査は、府営住宅の建て替え工事に先立って実施しました。調査面積は約2300平方メートルで、古墳時代から古代にかけての溝や、近世の井戸がみつかりました。

【写真1】調査区(4区)遠景(北東から)
古墳時代から古代の溝は、最も南側の調査区で3条確認しました。1つは東から南へ流れる幅43cmの溝、1つは東から北に流れる幅43~47cmの溝、もう1つは幅は不明ですが、東から南に流れる溝です。溝からは須恵器の甕(かめ)の破片が出土しました。いずれも農耕用の水路と考えられます。

【写真】井戸完掘状況(北から)
近世(16世紀)の井戸は、幅252cm、深さ約330cmです。井戸の中からは青磁碗や、土師器の皿、瓦などの遺物に加え、松ぼっくりや木片も出土しました。自然科学分析の結果、この井戸が使われていた当時、この周辺ではイネやソバが栽培され、松が生育する環境だったことがわかりました。
今回の調査によって、調査例が少なかった地域の土地利用の様相が明らかになりました。