東田辺遺跡(ひがしたなべいせき)

更新日:2023年3月14日

遺跡:東田辺遺跡(ひがしたなべいせき)

所在地:大阪市東住吉区東田辺二丁目

種類:集落跡

時代:古墳、中世

調査期間:令和元年7月から令和元年11月

主な遺構:古墳時代の溝、中世の掘立柱建物、溝、井戸など

主な遺物:須恵器(すえき)、土師器(はじき)、瓦器(がき)など

遺跡の概要:東田辺遺跡は、上町台地を頂部として東の低地へと標高を下げる東斜面に立地します。東田辺遺跡は、東住吉警察署改築工事に先立ち試掘調査を行い、新たに発見した遺跡です。

遺跡の位置

図1 遺跡の位置

主な調査成果としては、中世の井戸跡(写真1)、柱穴(写真2)を見つけることができました。また、古墳時代の溝(写真3)を検出したことから当時の人々がこの辺り一帯を開発していたことがわかりました。

中世の井戸

写真1 中世の井戸跡

中世の柱穴

写真2 中世の柱穴

古墳時代の溝

写真3 古墳時代の溝(中央の二股に分かれる溝)

その他に地震の痕跡を見つけることができました(写真4)。現場では明るい色の地層の上に暗い色の地層が水平に重なっていましたが、地震の振動により下の明るい地層がマーブル状に上の暗い地層と混じった状態となっています。地層に含まれている遺物の年代から江戸時代の地震痕と考えられます。

地震で乱された地層

写真4 地震で乱された地層

駒川の沿岸にあたる桑津から鷹合の一帯にはかつて古墳群があったことが江戸時代の絵地図や伝承から推定され「田辺古墳群」と呼ばれています。
発掘調査においても古墳群の一つである酒君塚古墳からは4世紀末の円筒埴輪が出土しており、当遺跡の南に位置する田辺東之町遺跡からも5世紀後半の円筒埴輪が見つかっていることから古墳の存在が推測されています。
今回の調査では5世紀後半の須恵器がまとまって出土しており東田辺遺跡は「田辺古墳群」と関わりのある人々が開発を行った土地であると考えることができます。

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教育庁 文化財保護課 調査事業グループ

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