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更新日:2013年10月16日

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小島東遺跡から出土した製塩土器

小島東遺跡は大阪府の最南端、岬町の海岸沿いに所在します。

昭和52年に大阪府教育委員会がおこなった発掘調査で、塩づくりをおこなっていた石敷きの炉と大量の製塩土器が発見されました。調査面積はわずかでしたが、弥生時代後期から古墳時代中期の製塩土器が多く出土し、この時期の製塩土器のかたちの変化の様子が明らかになりました。

弥生時代後期から古墳時代前期の製塩土器

古墳時代前期の製塩土器

写真上は弥生時代後期から古墳時代前期の製塩土器です。弥生時代後期の製塩土器は、鉢形に脚台がついたものです。タタキ板で叩かれて成形されているため、外側にタタキ目が残ります。古墳時代前期になると脚台はだんだんと小さくなり、鉢の部分は丸みをもった深鉢形になります。

写真下は古墳時代中期の製塩土器です。古墳時代中期の製塩土器は、器の高さが10cmぐらいのコップ形で、脚台は無く底が丸くなっています。器壁は1mm前後で非常に薄いのですが、固く焼きしまっており、破片はまるでポテトチップスのようにみえます。

小島東遺跡では、このポテトチップスのような製塩土器の破片が大量に出土しました。これは小島東遺跡を含む周辺一帯の紀淡海峡付近が、古墳時代中期の製塩の中心地であったことを物語っています。このようなコップ形の丸底製塩土器は、海岸を離れた内陸の遺跡でも発見されており、塩を入れて運ばれていったものと思われます。

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