松井塚古墳(まついづかこふん)の調査

更新日:2020年1月21日

所在地:南河内郡太子町大字山田所在


 松井塚古墳は山田高塚古墳(推古天皇陵)の北側丘陵上に存在した古墳です。昭和33(1958)年に水槽設置中に巨大な石槨が偶然発見され、調査が実施されました。


 内部主体は凝灰岩製の家形の横口式石槨で蓋の長さ2.5メートル・幅1.31メートル・高さ0.74メートル、総高1.6メートルです。この石槨をとりまいて長さ3メートル、幅1.5メートルの小規模な石室状の石積みが造られており、石積みと石槨の隙間には礫が詰められていました。石槨内からは土師器皿と人骨が、石槨前面からは須恵器杯身が出土しており、土器からみた年代は7世紀中頃以降の年代を与えることができます。


 昭和48(1973)年に府の文化財(考古資料)に指定されており、現在、叡福寺の東に隣接する町立公園内で保管展示されています。


 写真の撮影は昭和33(1958)年ですが当時としては珍しくカラースライドが残っています。また発掘調査の際には多くの人が見学したことがわかります。


 参考文献 藤澤一夫『松井塚古墳調査概要』大阪府教育委員会・太子町 1958年 

松井塚1

写真1 松井塚古墳の石槨

 松井塚2

写真2 松井塚古墳の石槨 

松井塚3

写真3 調査中に見学する人々

松井塚古墳の所在地

松井塚古墳の所在地

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教育庁 文化財保護課 調査管理グループ

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