1.H事件(令和元年(不)第38号事件)命令要旨

更新日:2023年1月24日

1 事件の概要
 本件は、会社が、(1)組合員1名に対し、社長室に呼びつけるなどして組合から脱退するよう勧奨し、その後組合を脱退させたこと、(2)組合員1名に対し、日常的に組合を批判する言動を行うなどして、組合から脱退するよう促したこと、(3)組合員5名に対し、昇格人事をもって組合脱退工作を行ったこと、がそれぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。

2 判断要旨

(1)組合員が組合を脱退したことについて

ア A元組合員の団体交渉出席後から組合脱退までの時系列について
 A元組合員は、初めて団交に出席した日の団交終了後、その翌日及び翌々日に社長と会話し、同団交からわずか6日後の日付で組合に脱退届を提出しているのであるから、時期的に非常に近接性があるといえ、同団交の翌日及び翌々日に行われた会話がA元組合員の組合脱退に関係があるのではないかとの疑念が生じる。

イ 団交後に行われた社長とA元組合員の会話等に係る経緯について
 (ア)団交終了後の社長とのやり取り、(イ)同団交の翌日及び翌々日に行われた社長との会話、(ウ)同団交の翌々日の昼休みにA元組合員が同僚らと行ったとされる会話、に関する本件審問におけるA元組合員の証言は、具体性と一貫性に欠けると言わざるを得ず、また、団交の翌日及び翌々日に行われた社長との会話は、あくまでも業務上のものであったとの陳述は、にわかには措信し難く、社長から、組合脱退に関する何らかの言動があったのではないかとの疑念が生じる。

ウ A元組合員と社長が会話することになった理由について
 産前産後休暇に入ったベテランの営業事務社員とA元組合員は営業部内の異なるラインに属する上、もし、営業事務と製造現場の意思疎通を図るために社長との打合せが必要であるのならば、営業部内の然るべき役職付きの社員とも打合せを行うのが自然であると考えられるところ、A元組合員とだけ会話する必要性があったのかどうか疑わしく、不自然であることから、社長とA元組合員が会話した団交の翌日及び翌々日当時、社長とA元組合員が直接二人だけで業務上の打合せを行う必要があったとするには無理がある。

エ A元組合員に対する社長の言動について

(ア)そもそも、組合員が伝えることを要しない組合からの脱退を社長に伝えたことからすると、A元組合員と社長との間で組合脱退について事前に何らかのやり取りが行われたことを推認させる上、組合員に直接組合からの抗議申入書に対する抗議を行う旨を言及するという社長の行為は、組合員に圧力をかけるものであり、組合活動を萎縮させるものであると言わざるを得ない。

(イ)また、団交終了直後に団交出席組合員のうちA元組合員のみを食事に誘ったこと自体、社長自らが特定の組合員を狙って何らかの働きかけを行ったものといえるとともに、さらに、団交翌日及び翌々日と立て続けにA元組合員と会話しており、A元組合員にとって、社長と二人だけで対面した際の社長の言動が、組合からの脱退に関し、影響を及ぼしたものと推認できる。
 そうすると、団交直後の社長の言動、団交翌日及び翌々日の会話において、社長からA元組合員に対して、組合からの脱退に関する何らかの働きかけがあったとみるのが自然である。

オ A元組合員が組合に提出した脱退届について
 A元組合員が組合に提出した文書の写しを会社が所有していることが不自然であることなどに、A元組合員の陳述内容に不自然な点があることを併せ考えると、脱退届の提出についても社長又は会社の影響がなかったと断言することはできない。

カ 以上を総合判断すると、A元組合員が組合に脱退届を提出したこと自体は、最終的には自らの意思であったとしても、団交直後の社長の言動、団交の翌日及び翌々日の会話を中心にした社長による連日の働きかけを受け、社長と意思疎通を図りながらなされたものであるとみるのが相当である。
 このように、A元組合員が組合脱退に至った経緯に加えて、当時は後記(2)、(3)判断のとおり、会社が、組合に対する不当労働行為を繰り返していた時期であったことを併せ考えると、A元組合員が組合を脱退したのは、会社からの働きかけによるものであると言わざるを得ず、また、かかる会社の行為は、組合活動を萎縮させ、ひいては組合を弱体化させるものであるから、組合に対する支配介入であり、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。

(2)面談における専務取締役の組合員に対する発言について

ア 3回の面談におけるB専務のC組合員に対する発言内容は、明らかに組合の活動を誹謗中傷するものであるとともに、C組合員に対し、組合に加入し続けていれば不利益を被る可能性があることを示唆し、脱退を勧奨するものであるといえる。

イ また、B専務は、専務取締役として社長の次に位置づけられていることからすると、会社の利益代表者に当たるとみるのが相当であり、そのような立場の者の行為は、社長の直接、具体的な指示の有無にかかわらず、会社の行為であるとみなすべきである。
 なお、B専務とC組合員の間に個人的な関係があったなどといった特段の事情を認めるに足る事実の疎明はなく、3回の面談におけるB専務のC組合員に対する発言は、B専務の個人的な発言とみることはできず、会社の利益代表者の立場にある者により、雇用関係に基づく優位な立場から行われたものとみるのが相当であり、会社の行為と言わざるを得ない。

ウ 以上を総合して考えると、3回の面談におけるB専務の発言は、C組合員に対し、組合に加入していれば、人事上の不利益を被るといった不安をあおり、脱退を勧める会社の行為であったとみるのが相当であって、会社による組合に対する支配介入であり、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。

(3)元組合員らに対する昇格人事について

ア 会社においては、組合員、非組合員を問わず、社長による恣意的な人事が容易に行える状況にあるとみることができるが、その是非はともかく、このことをもって直ちに組合員に対して影響があるとはいえない。

イ 各人の昇格人事の理由とその時期について

(ア)そもそも人事評価制度がなく、不定期かつ相当頻繁に社員に対する人事発令がなされている中で、求人難を理由とした叱咤激励の昇格人事の相当性について、直ちに評価することはできない。

(イ)そこで、元組合員5名について、個別に検討する。

a D元組合員について
 会社は、D元組合員を平成24年3月に係長から役職のない社員に降格させて以降、今回の人事発令によって本社工場配送主任に昇格させるまでの約7年間、その状態に据え置いていたのであるから、昇格理由として、元々トラック運転手として最高のレベルであったことを挙げること自体に無理がある。
 一方で、組合に脱退届を提出した数日後から昇格人事が繰り返されているのであるから、同人に対する昇格人事と組合脱退には何らかの関係があったとの疑いが生じる。

b E元組合員について
 会社は、E元組合員を工場長から係長に降格させて以降、降格人事を繰り返しており、会社のE元組合員への評価は総じて低いものであったと容易に推認できる。
 一方で、今回の昇格人事の発令は、E元組合員が組合に脱退届を提出した約10日後に行われ、しかも、主任から課長への異例ともいえる昇格を果たすものであることから、当該昇格人事と組合脱退には密接な関係があるとの疑いを禁じ得ない。

c F元組合員について
 F元組合員と会社が同期入社者であると主張するE元組合員との昇格の状況を比較すると、E元組合員がどんどん昇格したとみることはできず、F元組合員の昇格が、士気を上げる叱咤激励のためであったとの理由には無理があると言わざるを得ない。
 一方で、会社は、F元組合員を係長から役職のない社員に降格させてから、今回の人事発令によって本社工場配送主任に昇格させるまでの約9年間に、何らの人事発令を行うこともなかったにもかかわらず、組合を脱退した11日後に昇格人事を行っているのであるから、極めて不自然であり、同人に対する昇格人事と組合脱退には関係があると評価せざるを得ない。

d G元組合員について
 そもそもG元組合員に対して上司がどのような指導を行い、どのような改善の傾向がうかがわれたのか、具体的な疎明は一切ない。さらに会社は、E元組合員について、部下の指導には物足りない面があるが、責任を与えれば後輩の指導もできそうであることを昇格理由に挙げているのであるから、E元組合員がG元組合員を指導し、その効果がうかがわれたとの会社の主張は措信し難い。
 一方で、G元組合員は、組合脱退から1か月余り後に役職のない社員から本社工場製造主任に昇格していることから、同人に対する昇格人事と組合脱退には何らかの関係があったとの疑いが生じる。

e H元組合員について
 まず、H元組合員は入社から3年足らずで主任に昇格していることからして、会社の将来を背負う人材であり、様々な教育を施し、各職場を経験させながらスキルアップさせており、ある程度のことができれば昇級させているとのH元組合員の昇格理由に係る会社の主張に、特段不自然な点はない。
 また、H元組合員については、過去に降格人事の経歴がなく、人事発令が中断していた時期もないこと、組合を脱退したのは昇格人事後であり、さらに、その時期的な近接性も、他の4名の組合員に比べて明確ではなく、昇格人事と組合脱退に特段関連があるとまでみることはできない。

(ウ)以上のことからすると、D元組合員、E元組合員、F元組合員及びG元組合員については、昇格人事と組合脱退には関係があったか、その疑いがあったといえる。
 もっとも、H元組合員に対する昇格人事は、組合脱退と関連してなされたものとはいえないから、組合に対する支配介入に当たるとはいえず、この点に係る組合の申立ては棄却する。

ウ 会社は、組合員の脱退を知るのは翌月の給与支払実績によってである旨主張するが、(ア)経理事務以外の会社関係者であっても、給与実績に反映されるまでの間に組合脱退の事実は知り得ること、(イ)B専務が、C組合員に対して、月末に組合に脱退届を提出した組合員の情報について翌月3日に言及していることが認められること、(ウ)そもそも、チェック・オフ協定の締結がなくても組合脱退者本人から話を聞くこともあり得ること、から、会社が主張する時期よりも前に組合員の脱退を知る機会がなかったとはいえない。
 そうすると、組合脱退直後に昇格人事が行われた場合、会社が当該組合員の脱退と無関係に昇格人事を行ったとはいえない。

エ ここで、当時の労使関係についてみると、D元組合員ら4名が相次いで組合を脱退したのは、組合が不当労働行為救済申立てを行い、労使間に緊張関係が続く中、会社が、A元組合員やC組合員に対して脱退勧奨を行う支配介入を繰り返し行っていた時期であったといえる。

オ 以上を総合的に判断すると、D元組合員ら4名に対する昇格人事は、組合を脱退したことを受けてなされたものであると言わざるを得ず、かかる会社の行為は、組合活動をけん制するものであるとともに、他の組合員に動揺を与え、ひいては組合を弱体化させるものであるから、組合に対する支配介入であり、労働組合法第7条第3号に該当する不当労働行為である。

3 命令内容

(1)誓約文の手交及び掲示

(2)その他の申立ての棄却

※ なお、本件命令に対して、会社は中央労働委員会に再審査を申し立てたが、中央労働委員会において和解が成立し、本件命令は労働組合法第27条の14第3項により失効した。

このページの作成所属
労働委員会事務局 労働委員会事務局審査課 運用グループ

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