5.D事件(令和元年(不)第24号事件)命令要旨

更新日:2022年1月11日

1 事件の概要

 本件は、会社が、(1)団体交渉において、財務諸表等経営状況が判断できる資料の提供を拒否し、それに代わり得る資料の提供や説明を行わなかったこと、(2)その後の組合からの団交申入れに応じなかったこと、がそれぞれ不当労働行為であるとして申し立てられた事件である。

2 判断要旨

(1)団交における会社の対応は、不誠実団交に当たるかについて

ア 本争点に係る申立てが却下されるべきであるかについて

 そもそも、本件申立て後に請求する救済内容が実現し、申立ての利益が失われたとの会社主張の事由は、労働委員会規則第33条第1項に列挙されている却下事由のいずれにも該当しないのであるから、このことにより却下を求める会社の主張自体失当である。
 また、確かに本件申立て後に、会社は、組合に対し、会社の4期分の損益計算書及び1期分の貸借対照表を提出したことが認められるものの、同資料の開示が約1年近く遅れたことによって、組合は、組合員の賃金及び一時金の引上げについて、実質的な交渉を行う機会を失ったのであるから、本件申立て後に同資料が開示されたことをもって、会社がそれまでの間、資料の提供を拒否していたことについての不当労働行為性を判断する必要性までもが当然に消滅するものではない。
 さらに、組合と会社において、良好な労使関係の構築には至っておらず、今後の不当労働行為の発生防止の観点からも、組合が謝罪文の掲示を請求することについて、被救済利益が消滅したといえないのは当然であり、本件申立て後に、請求する救済内容の一つである損益計算書等の資料が提供されたことは、救済命令を発する場合に、その救済方法の決定に当たり考慮することで足りる。

イ 財務諸表等の経営状況が判断できる資料の提供について

(ア)組合の行った賃上げ及び一時金の要求に対して、本件団交以前の団交において、会社が、賃上げ等には原資の問題があり、会社の経営状況が悪い旨発言したことから、組合は、原資の有無等について判断するためとして、損益計算書及び貸借対照表又はそれに代わる資料を求め、これを受けて会社が、会社の純利益率の推移を提示したところ、組合は、純利益率の推移だけでは不十分であるとして、経営状況について十分な情報を得るために、損益計算書や貸借対照表等経営状況が分かる資料の開示を求めたとみることができる。

(イ)上記のように、会社が、経営状況が悪いことを理由に組合の賃上げ要求に応じない対応をとるのであれば、まずは自らの主張やその根拠について誠実に組合に対して説明すべきであるといえる。

ウ 本件団交に係る会社の対応について

(ア)会社が本件団交に先立って純利益率の推移を送付したことをもって、本件団交において会社が誠実に説明を行っていたものとみることはできない。

(イ)会社は、会社の事業内容には不確定要素が多いことや、その状況を踏まえて賃上げ等について検討する必要があるなどの説明は行っているものの、外注先に価格決定権があったり、現金を準備しておく必要があったりするなどの事情は、一般的に多くの企業に当てはまる事情であり、この説明のみをもって、経営が苦しいために賃上げが困難という会社主張に関して、実質的に交渉が成り立つほどの説明を行ったとは言い難く、事業内容等・経営環境等を十分に説明しており、説明義務を果たしている旨の会社の主張は採用できない。

(ウ)したがって、本件団交に先立って送付した純利益率の推移及び本件団交における会社の説明をもって、損益計算書や貸借対照表の開示に代替するほどの説明を行ったと認めることはできず、かかる会社の対応は不誠実であったと言わざるを得ない。

エ また、会社に財務関係資料の開示義務がないこと及び情報が漏えいした場合、会社に損害を与える可能性があるとの会社の主張は、組合に対して、財務諸表等経営状況が判断できる資料やそれに代わり得る資料の提供又は説明を行わなくても不誠実団交には当たらないと判断する理由にはならない。

オ 以上を総合的に判断すると、会社は、本件団交において、賃上げに応じられない根拠となる資料の提示やそれに代わり得る説明を尽くさず、抽象的な回答をするにとどまり、自らの主張の根拠を十分には示していなかったと言わざるを得ない。かかる会社の対応は、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。

(2)本件団交申入れに対する会社の対応は、正当な理由のない団交拒否に当たるかについて

ア 本争点に係る申立てが却下されるべきであるかについて

 本件申立て後に請求する救済内容が実現し、申立ての利益が失われたとの事由が労働委員会規則第33条第1項に定められた申立ての却下事由に該当せず、会社の主張自体失当であることは、前記(1)ア判断のとおりである。
 そして、本件申立て後に2回団交が開催され、組合員の賃上げ及び一時金の支給等が協議されたことが認められるものの、同団交開催までの間、会社が、正当な理由なく団交を拒否していたとすれば、本件団交申入れの要求事項に係る交渉が事実上凍結したことによって、組合はかかる要求事項について交渉の機会を失っているのであるから、本件申立て後にこれらの団交が開催されたことにより、その不当労働行為性が当然に消滅したとはいえない。
 そうだとすれば、本件団交申入れに対する会社の対応が正当な理由のない団交拒否であったとして、組合が謝罪文の掲示を請求していることについて、被救済利益が消滅したとまではいえないのは当然であり、本件申立て後に団交が開催された事実は、救済命令を発する場合に、救済方法を決定するに当たり考慮することで足りる。

イ 本件団交申入れに対する会社の対応について

(ア)本件団交申入れにおける協議事項は、いずれも組合員の労働条件に関する事項又は団体的労使関係の運営に関する事項であり、使用者に処分可能なものであるから、義務的団交事項に当たることは明らかである。

(イ)組合員の賃金及び一時金の引上げ要求に係る財務諸表等の提供について

a 会社の要求に対し、組合は一定自らの主張を説明しているにもかかわらず、会社がそれを「説得的かつ明確」な主張ではないと一方的に判断しているといえる。そして、組合が会社の望むような「説得的かつ明確」な説明をしなかったことが、会社が、本件団交申入れに応じない正当な理由とはならない。

b また、会社が、団交において議論は平行線をたどることが予想されると一方的に考えたことをもって、団交に応じなくてよいことにはならない。

(ウ)その他の協議事項について

a そもそも、団交申入れにおける複数の協議事項の一つについて条件が整わないことをもって、それ以外の協議事項に応じない正当な理由とすることはできないのであって、この点にかかる会社主張は採用できない。

b その他の協議事項については既に十分協議が尽くされていたとの会社の主張について

(a)会社の給与体系について、過去の団交において、何らかの協議が行われた事実は認められない。

(b)組合掲示板の貸与について、十分に議論が尽くされ、団交が行き詰まり、進展の見込みがないというような状態に至っているとは評価できない。

(c)休暇制度については、インフルエンザ等に罹患した場合の休暇の取扱いに関して会社が本件団交において説明した内容を労働協約という形で明確にすることを求めるものであるから、組合が、本件団交において要求から取り下げる旨述べたからといって、当該協約化の要求について十分協議したといえないのは明らかである。

c さらに、組合掲示板の貸与及び休暇制度について十分に協議が尽くされていたと認められないことは前記b判断のとおりである以上、組合が団交の再開の必要性を説明する必要がないことは明らかである。

(エ)なお、本件申立て後に団交が開催されたことで、会社がそれまでの間、正当な理由なく団交を拒否したことについて、その不当労働行為性が当然に消滅するものではないことは、前記ア判断のとおりであるから、この点にかかる会社の主張は採用できない。

ウ 以上のとおりであるから、本件団交申入れに対する会社の対応は、正当な理由のない団交拒否であって、労働組合法第7条第2号に該当する不当労働行為である。

3 命令内容

誓約文の手交

※ なお、本件命令に対して、会社は大阪地方裁判所に取消訴訟を提起したが、当事者間で和解が成立し、当委員会における和解認定により本件命令は労働組合法第27条の14第3項により失効した。

このページの作成所属
労働委員会事務局 労働委員会事務局審査課 運用グループ

ここまで本文です。


ホーム > 最近の不当労働行為救済申立事件の命令概要 > 5.D事件(令和元年(不)第24号事件)命令要旨