未受診や飛込みによる出産等実態調査について(2011年調査報告(平成23年度))

更新日:2015年1月27日

1.目的

【はじめに】

 未受診妊婦調査も3回目の報告書の作成となった。全国的にも都道府県単位の悉皆調査はまれであり、尚かつ3年連続調査は全国初である。
1年目は平成21年1月から12月の1年間であった。未受診妊婦の頻度は、府内の500分娩に1例であった。
うち69.0%は周産期学的ハイリスク群で、続発した母体新生児合併症のいくつかは予防できたと考えられた。

 見方を変えれば、少しでも早めに妊婦健診を受診できていれば、母児の予後は大きく改善することを期待できる。周産期死亡率は19.7で、これは40年前(1970年)と同等であった(2008年は4.0)。低出生体重児や早産児、NICU入院も多く、未受診妊娠が母子共に極めて医学的リスクの高い事例であると同時に、社会的ハイリスク妊娠であることを明らかにすることができた。さらには、世代間での「未受診の連鎖」の報告が複数あり、これらは世代間を超えての『縦の連鎖』と複雑な環境因子による『横の連鎖』が『負』のスパイラルとして存在していることを示した。この要旨は複数学会のシンポジウムでも取り上げられた。

 2年目調査(平成22年1月から12月)においては未受診妊娠と児童虐待の関連性を指摘するに至った。厚生労働省による「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第6次報告)」における児童虐待関連因子が、実は我々の指摘した未受診妊娠の要因とオーバーラップしていた。この報告書は平成23年3月に作成され関係団体に配布された。これ以降、全国の児童虐待研修会(日本医師会、厚生労働省、富山県、大阪府)で産科(周産期)からの児童虐待防止という観点が強調され、講師(光田信明)派遣となった。
これらの成果を踏まえて、3年目(平成23年1月から12月)の調査を継続することとなった。

【目  的】

 3年目の調査であるので、未受診妊婦対策に踏み込める報告書作成が最大の目標・目的である。さらに、未受診妊婦と児童虐待の関連性を有する事案から問題点、課題を明らかにすることも目的に挙げる。これによって、妊婦健診の円滑な受診につなげるための対策強化として《妊婦への相談体制構築》が推進されようとしている。この報告書の成果が有効な相談支援体制構築への第一歩となることを目指した。

2.調査方法

【調査対象】

大阪府内の全産婦人科医療機関へのアンケート調査、個票調査を行う。

【調査対象期間】

平成23年1月1日から12月31日までとする。
問題事例についても、対象期間に限定し、児童虐待との関連性の深いものを詳細報告とした。

【定  義】

今回の調査に当たり、昨年同様未受診妊婦を以下のように定義した。すなわち

  1. 全妊娠経過を通じての産婦人科受診回数が3回以下
  2. 最終受診日から3ヶ月以上の受診がない妊婦

のいずれかに該当する場合とした。

【医療情報の収集】

大阪府内の産婦人科医療機関にアンケート調査依頼をした上で協力医療機関から詳細情報を得る。カルテベースで情報収集をはかる。その際個人情報について漏出無きよう徹底した。
調査に協力頂けなかった医療機関は、過去に未受診妊婦を受け入れたことがなく、今後も受け入れないということで調査対象には入っていない。厳密にゼロであったか確証はないものの調査協力医療機関における今回の調査は大阪府内における1年間の全数把握を反映しているものと考えてよいと評価している。
具体的事例調査は今年度は調査期間を同じくした。これも個人情報について漏出無きよう徹底した。

3.調査内容

【調査準備】

調査は個人名や分娩日などの個人情報を伏せた形で行い、未受診妊婦の推定分娩週数、発生元医療圏、搬送先医療圏、搬送先施設名、分娩時年齢、経妊、経産、国籍、現在の居住地、現在の職業、婚姻の有無、最終学歴、パートナーの国籍、パートナーの職業、健康保険加入、既往出産時の異常の有無、今回妊娠での母子手帳交付の有無、母子手帳に関するコメント、受診回数、今回の妊娠での産婦人科初診週数、今回の妊娠での産婦人科受診回数、既往歴、合併症、常用薬、感染症、その他患者背景で特記すべき事項、初発症状、分娩様式、帝王切開の場合その理由、新生児体重、アプガースコア1分後・5分後、新生児合併症、新生児NICU入院の有無、出血量、分娩時合併症、その他分娩前後の特記事項、産褥合併症、母乳哺育の有無、ソーシャルワーカーの介入の有無、退院後の本人の行き先、母児分離の有無、退院後の乳児の行き先、家庭内の援助者、退院後の生活設計、助産券の使用、生活保護の取得の有無、退院時における要支援ケースとしての地域への連絡があったか、養育上の問題・課題、本人の言い分(未受診理由)、未収金について回答を求め、アンケートを開始した平成23年1月から12月までのケースを集計した。
問題事例に関しては、複数病院の医療ソーシャルワーカー(MSW;Medical social worker)と医師で話し合いの場を持ち、その結果から共通フォーマットで問題点の整理を図ることにした。

【調査内容】

  1. 医師記入項目
    年齢、妊娠回数、出産回数、流産回数、死産回数、今回の妊娠の状況、過去の妊娠・出産、上の子どもの発達、合併症、通院状況、初診妊娠週数、受診回数、感染症、初発症状、分娩週数、分娩様式、新生児体重、アプガースコア、新生児合併症、NICU入院、出血量、分娩時合併症、産褥合併症、母乳哺育等
  2. 医療ソーシャルワーカー記入項目
    ソーシャルワーカー介入の有無、国籍、居住地、居住形態、最終学歴、職業、婚姻状況、パートナー状況、家族構成、医療制度、福祉制度、収入、生活保護、助産券、未収金、母子手帳、未受診理由、アルコール・たばこ、薬物、生育歴、育児歴、母児の退院後の行き先、援助者・相談者、関代行政機関、生活設計、子どもへの想い、子育て不安、次回妊娠等
  3. 問題事例調査項目
    助産券、先天奇形、出生届、本人の理解度、居住地の問題、行政の問題、家庭内での虐待・ネグレクト、未収金、避妊、特記事項、施設の取り組み等

【調査実施機関】

大阪産婦人科医会内安心母と子の委員会において実施
委員長 光田 信明(大阪産婦人科医会理事)
委員 高木  哲(大阪産婦人科医会会長)
委員 志村研太郎(大阪産婦人科医会副会長)
委員 米田 嘉次(大阪産婦人科医会理事)
委員 谷口  武(大阪産婦人科医会理事)
委員 荻田 和秀(大阪産婦人科医会理事)
委員 北田 文則(大阪産婦人科医会理事)
委員 早田 憲司(愛染橋病院)
委員 中後  聡(愛仁会高槻病院)
委員 中村 哲生(市立住吉市民病院)
委員 岡田 十三(愛仁会千船病院)
委員 山枡 誠一(阪南中央病院)

医療ソーシャルワーカー(MSW)
川口真理子(済生会吹田病院地域医療支援部)
北出  泉(りんくう総合医療センター医療相談室)
上原  玲(愛染橋病院医療サービス部医療福祉相談室)
青木 興子(阪南中央病院医療福祉連携部)
藤江のどか(大阪府立母子保健総合医療センター)
春名由美子(愛仁会千船病院地域医療課)
田口眞規子(愛仁会高槻病院地域医療室)
高下 裕子(市立住吉市民病院)

4.2011年度調査結果

【1】回答施設

大阪府内では、年間約7万5千件の分娩を約150の施設で行っているが、今回の調査ではその全ての施設へ調査依頼を行い、27の施設から計254件の未受診妊婦の報告が寄せられた。そのうち236件(92.9%)はOGCS加盟病院(21施設)で、18件は一般診療所・病院(6施設)が取り扱っており、最も多い病院では、年間30例の未受診妊婦を取り扱っていた。居住地は人口比率でみれば大きな差はないと思われる。
調査の限界であるが、不明が90件ある。この中には住所不定、居住地を明らかに出来ない(違法行為者)なども含まれている。

【2】発生頻度

今回調査では約300分娩に1回の未受診妊婦報告があった。過去2年間に比べて60%強の増加であった。この激増の意味する所は調査の性格上完全には解明できない。但し、調査の方法、用紙などに変更は加えていない。多数を受け入れている施設は年々増加傾向にあることと関連しているかもしれない。多数を受け入れるということは、対応の複雑さ、未収金問題などをある意味で含んだ上(了解?)でないとできないことである。行政、医療機関からの紹介も必然的にそうした施設に集中しやすいことは自然なことであるかもしれない。

【3】母体の背景(特に断らない限りは不明分を除いた)

 未受診妊婦の平均年齢は26.9歳であった。その分布も昨年同様13歳から43歳までと幅広く、未成年は40人(15.7%)であった。従来と同じく、35歳以降に一つのピークがあり、多産婦が多く含まれていた。未受診妊婦の41.2% が初産婦であり、未婚は67.4% に及んだ。分娩様式は帝王切開:20% 、器械分娩:6%であった。しかし、新生児の予後、現在の産科の方針からみれば医療介入があってしかるべき、あるいは医療介入があれば新生児の予後が変わったかもしれない事例が存在している。母体の職業の有無は正規雇用は6名(3%)しかおらず、非正規雇用を加えても、22%程度である。同様にパートナーの正規雇用も30名(23%)が確認されるのみで、43名は完全に無職であった。生活保護を受けていたのは69名(34% )であった。助産券は89件(70% )で使用されたが、未収金の発生するもっとも大きな原因となる。これらは、雇用の状況とあわせてみれば、日常生活が経済的にどのように成り立つのか疑問である。万一出生児が脳性麻痺児になった場合の産科補償制度運用にも問題が出る可能性もある。推定分娩妊娠週数(分娩予定日が不明のため)は、推定(18件は不明のまま)したものでは236件中47件(19.9%)が流早産に終わっていた。国籍は外国籍は4件(1.9%)であった。母子手帳取得有無判明例は出産前は127名(60.8%)であった。

 未受診となった理由は経済的問題がもっとも多かったが、それでも33% であった。従来の報告と同様に、多岐にわたる要因が挙げられている。

 「生まれた子どもに対しての感情」は、57%(不明を除くと86%)が「かわいい」と感じていた。
しかし、「かわいい」と感じることの出来ない母親が少なくとも14% も存在していることは、育児に懸念を持たざるを得ない。

<未成年(19歳以下)妊婦の背景>

  • 「予定外の妊娠」:78%で、20歳以上の63%より高い割合を占める。但し、予定通りの妊娠であっても、未受診妊娠になってしまうケースはより複雑な背景を想起させる。
  • 「在学中」:40%
  • 「パートナーも未成年」:17%
  • 「主な未受診理由」:家族に言えず、どうしていいかわからなかった:35%

未成年が多数を占める訳ではないが、成人とは別個に対策を考えていく必要はあろうと感じる。

【4】分娩事象(不明は正常扱いとした)

 分娩様式は帝王切開率が20%で、80%は経腟分娩であったが、分娩時産科医の判断で急速遂娩になったものが6%あった。これは、本来医療介入がなされなければいけなかったケースが、結果的に放置、経腟分娩に至った場合も含まれている。従って、早い医療介入があれば母児の予後改善は十分期待できる。推定される分娩週数は平均で37週(10ヶ月目)であるが、47例(19.9 %)が早産であると考えられた。72例(28.3%)は妊娠高血圧症候群などの何らかの母体合併症を伴っていたが、今回の調査では特に母体の精神疾患が23例と最も多く報告された。死産は4例で、調査期間中の周産期死亡率(出生1000あたり)は15.7と昨年の26.8と一昨年度の19.7を下回った。何らかの医学的新生児合併症は66件(26.3%)であった。弛緩出血や子癇・産褥熱などの産褥合併症は13件(5.1%)と昨年度の6%と同等であった。胎児への影響が懸念される母体感染症は28件(11.0 %)にのぼった。

【5】新生児事象(特に断らない限りは不明分・死産を除いた)

 未受診妊婦生存児250例の新生児平均出生体重は2820g、推定在胎週数の平均は38.1週であった。アプガースコアは1分後(<7):25例(11.1 %)、5分後(<7):5例(2.2 %)であった。前述の如く死産は4例、低出生体重児(<2500g)は55/250(22.0%)であった。また、一昨年度:31.7%、昨年度27.0%、今年度:22.8 %の新生児がNICUに入院となっている。子宮内胎児発育不全などの新生児合併症は17例にのぼった。

 何らかの新生児問題症例(NICU入院を含む)は85/250(34.0%)にのぼる。過去の調査同様、未受診妊娠は新生児にとっても極めてリスクが高くなる事が再確認された。

【6】妊婦健診を受けなかった理由

 妊婦健診を受けなかった理由としては、複数回答可能として聞き取り調査を実施した。その結果は、「お金がない」「失業し経済的に苦しかった」などの経済的な理由を挙げる者が最も多く33%であった。次いで、未婚や相手方に家庭があったなどの「家庭の事情」16%、「妊娠に対する認識の甘さ」15%「知識の欠如」が13%、「妊娠事実の受容困難」8%となっている。「誰に相談して良いかわからない」「相談相手が居ない」など社会的に孤立していた妊婦が6%、「育児で忙しかった」「引っ越しで忙しかった」「介護で忙しかった」などの多忙を理由に挙げる者が6%、精神疾患の悪化や犯罪で収監されている間に受診機会を失ったなどの者が3%いた。

5.2009・2010・2011年度調査結果

 3年間の数字をまとめてみた。未受診妊婦受入施設は多数に及んでいるのが理解できる。むしろ、人命救助といった緊急避難として受け入れていただいたのではないかと感じる。すべての医療機関に敬意を表するものである。居住地に関しては、不明が多い。調査もれの部分もあろうが、調査前に医療機関からいなくなったり、まさに住所不定状態がある。住居・生活環境そのものが破綻状態の反映とも言える。

 年齢分布は大きな傾向としては19歳以下(86人)の頻度が高いことと、35歳以上(115人)に第2のピークがあることである。分娩様式は帝王切開が20%で残りが経腟分娩である。死産の中には帝王切開にすれば、救命できたであろう子どもも存在している。母児の合併症を考慮すれば20%の帝王切開率はむしろ低く、医療介入が出来なかった結果と考える方がいいかもしれない。分娩週数は推定するしかない。中には妊婦そのものが妊娠に気づいていない場合もあり、NICUを持たない医療機関での受入の困難さはうかがえる。本人・パートナーの職業は想像されることではあるが、正規雇用者は少数である。生活保護があれば、まだ救いがあるが、職業もなく、生活保護もなく、住居も定まらない。当然、行政サービスも受けていない。或いは、各種支援を拒絶するケースも少なからず見られる。生活保護、助産券使用に関しては、全員が貧困ではないのであるが、利用実績は少数派であった。生活保護申請中、助産券事後手続きなども散見され、妊婦に対する行政サービスの迅速性確保も関係者の指摘する所大である。

 国籍に関しては、多数は日本人であった。しかし、不明者も多く、さらには外国籍で出産した場合の戸籍はどのようになっていくのであろうか?日本人にも出生届が未提出例が存在する。まして外国籍でそのような事例となった場合はどのようになっていくのであろうか?調査が蓄積すれば、さらに問題の大きな事例がでてくるかもしれないと危惧する。母子手帳は持っていたのが65%、持っていなかったのが14%、不明が20%という結果であった。大阪府の妊婦健診補助は低額ではある。しかし、母子手帳保持者がこれだけいるのにサービスが受けられていない。やはりこの現象の裏側に未受診妊婦発生の大きな要因がひそんでいると感じずにはいられない。母体合併症で突出しているのが、精神疾患・その類似疾患である。ここには精神科疾患も含まれているが、多くは精神科医師による精神科疾患の診断を受けていない。精神科的にはより軽症の『こころの病』とでも総括されるものである。いわゆるSSRIなどが『うつ状態』に投薬されたり、不眠症に入眠導入剤が投薬されている。精神科的疾病なのか?、知的障害なのか?、性格なのか?いずれかは判明しないが、相談が進展しないケースが多々見られる。具体的事例を参考にしていただきたいが、関係各位はすでに相当頑張っている。それでも、「当人達が受けれようとはしない」ただ、「子どもにはしわ寄せがいく」といった負の連鎖にはまり込むケースが珍しくない。今後の大きな課題である。産褥合併症は多岐に渡っている。多くは早期に医療介入があれば、予後良好が期待出来ると考えられる。新生児アプガースコアは悲惨さを禁じ得ない。別途死産も11例存在する。これらの全てがやむを得ないとは到底思えない。医療機関での出産であったならば、予後が異なったであろう事例が多数ある。

 この子ども達の生涯にわたる負担を負わすことになってしまう。周産期からの相談支援、虐待防止が必要な所以である。NICU入院はその結果を受けたものであるから、当然といえば、当然の結果とも言える。

 2009年の149例は3例の死産を除いた数字である。2010年の144例は4例の死産を除いている。2011年は4例の死産を除いたが、双胎が1例あったので254−4+1=251例となる。

6.2011年度個別事例調査結果

【事例1】

26歳、初産、未受診、独居、支援者なし、入籍予定なし、生活保護受給中、精神疾患、DV、家庭内精神疾患、出会い系サイト、貧困、自殺、飛び込み出産、いじめ、不登校、リストカット、人格障害、不眠、乳児院

 子どもの頃、いじめられ不登校であった。10代の頃よりリストカットを繰り返し、21歳ごろ暴力的になり母親が警察に通報し精神科へ措置入院となる。その後境界性人格障害、パニック障害で通院。
父は絶縁状態、母は重度精神疾患、妹も軽度精神疾患あり。兄は本人に対し暴力行為あり。
21歳の時に家族が本人のみを残し一家で他市に転居(本人を捨てた)。本人はごみ屋敷の中で発見され、単独で生活保護受給開始となる。

 パートナーとは1年前出会い系サイトで知り合った。パートナーはうつ病あり、就労していない。妊娠18週で他院を受診し妊娠発覚。本人が出産を希望した。紹介にて当院初診妊娠21週6日。当院2回目の健診にお金がなく来院できないと本人より連絡あったため、生保ケースワーカー(CW)と連絡をとると、他市に居住している生活保護受給中の母親が家賃滞納のため本人に金銭を要求したようで、本人が生活資金に困り、またそれが元で精神状態も悪いとのことだった。生保CWが精神病院への入院を調整していたが、その矢先リストカット。(当院2回目の健診予定より約1ヵ月後)傷の処置のため受診した病院で健診を依頼し受診してもらうが以後健診受けず。生保CW、保健師、家庭児童相談員とカンファレンスを行い、養育能力が不安であるため出産後児を保護することも検討し、子ども家庭センターに相談。養育歴がなく児の保護を決定することは非常に難しいため、家の中の劣悪な環境の写真や、ライフラインが何度もとまっている状況や現在までのエピソードの情報を揃え、弁護士を通じ申し立てをするべく、各機関が調整してくれた。

 出産について本人は喜んでおり、養育希望があり、パートナーも養育支援をするとのことであった。保健師等が何度も自宅訪問。劣悪な生活環境の改善、出産を迎える準備、連絡がとれるように携帯電話の復旧をするよう指導し、それができなければ出生後児を保護する可能性もあることを忠告していた。しかし改善されないまま救急車にて搬送、飛び込みで出産となった。入院中育児行動は何とかできていたが、2つのことを同時にできず、自発的な行動はなく見守りが常に必要であった。また不眠の訴えがあり眠剤の処方を希望されたり、落ちつかず退院を希望したり、入浴拒否、悪露のパッド交換をしないなどの行動あり。子ども家庭センターに報告、児は保護され施設入所となった。

【事例2】

30歳、2回経産、完全未受診、自宅分娩、母子家庭、未婚、パートナー不在、就労あり、死亡転帰

 自宅トイレ内にて分娩。児は便器内に放置。分娩より2時間後救急要請し搬送となった。
救急隊到着時、児は妊娠35週相当。児と胎盤は臍帯でつながった状態であり、児は既に心肺停止状態であった。入院当初は24時間体制で病室内に警察が本人を監視していたが、事件性がないとの判断で入院中に監視はなくなった。
本人は妊娠に気づいており、出産後育てるつもりであったと説明。未受診理由については特に理由はないとのことであった。
福祉施設で土日以外は勤務しており、出産直前まで勤務していた。
出産から搬送までの間、子どもにご飯をたべさせたりしており、子どもに出産については知られたくなかった様子であった。入院中も今回の件よりも、子どもの学校のことなどを心配していた。
家庭児童相談員に連絡し相談。上の子どものことで児童虐待等のケースにあがっている人ではなかった。
子ども家庭センターに連絡し、相談。児がすでに死亡していることから通告ではなく、状況の相談連絡という形で対応される。
本人には子どもの相談機関として子ども家庭センターと家庭児童相談員の情報提供をおこなった。

【事例3】

31歳、5回経産、完全未受診、夫と2人暮らし、ネグレクト、本人パート就労、夫無職、DV、助産、虐待歴

 出産予定日2週間前に子ども家庭センターより未受診のまま飛び込み出産の可能性があると連絡あり。上の5人の子どももネグレクトで一時保護もしくは施設入所となっていることから今回の児も出生後職権で保護する予定である為、病院に協力を依頼したいとのことだった。上の子どもに対しては3年ほど前から再三虐待通告があり、本人から夫のDVを理由に実家に帰るために子どもを預かってほしいと希望あり、第一子を除く4人が保護された。当時第一子は残っていたが、その後両親が夜に帰ってこないと学校に連絡したことを機に保護に至っている。

 今回の妊娠は気づいているが受診を促しても受診せず。子ども手当てをうけとっているがパチンコなどに使ってしまい手元にお金がない状態であった。
関係機関の協力により、助産制度の手続きと母子手帳の発行は出産前に行っていた。
出産予定日の前日、腰痛を訴え受診されるが出産の兆候なく帰宅。5日後に受診予約をいれるも来院せず。
出産予定日より13日を越え受診されたため、誘発分娩のため同日入院となった。
卵管結紮術を行うかどうかを入院後本人に考えてもらったが、経済的理由と将来夫以外の人を好きになるかもしれないという理由で承諾せず。本人は卵結しなければ出産後子どもを子ども家庭センターに連れて行かれるのではないかと心配し、病院から出産したことや卵結の判断について子ども家庭センターに連絡しないでほしいと訴えられたが出産後病院より子ども家庭センターに連絡。児は保護となった。

【事例4】

24歳、初産、未受診、本人、パートナー無職、DV、虐待歴、失踪届、貧困、未婚、借金

 妊娠34週当院初診。本人一人で来院。問診時未受診理由を経済的困窮、時間がなかったと話していた。2回目の受診時パートナーとともにMSWと面談。出産費用の相談あり。未受診理由については、パートナーの父が病気のため自宅療養中で生命予後が短いと宣告されており毎日通院付添が必要で受診ができる状況ではなかったと話された。
同日帰宅後本人パートナーより「プライベートなことを話させられた」と苦情の電話あり。
「出産は計算上まだ先のことだと予想していたので死期が迫っている親のことを優先したいと思うことは当然のことである。支払いも今は休職中だが親が死ねば復帰できる。本人の親は資産家なので援助してもらえる。お金がなく受診ができないとか養育ができないとか決め付けるな」との内容であった。この病院では出産したくないと言われ他院への紹介状作成を要求された。
同日院内で協議し早急に紹介状を作成、翌日来院してもらうよう連絡するも「病院から連絡してほしくない」といわれ、12日後突然来院される。来院時受診をすすめるも拒否。事務と病棟師長より紹介状を渡し近隣の分娩対応機関の情報を提供し、受け入れ先が見つからなければ、1週間後に当院を受診してもらうよう説明し予約を入れ帰宅してもらった。予約日受診にこず、さらに1週間後に予約変更したが受診予定日前日に飛び込み出産となった。

 入院中、MSWからの直接な介入はせず、病棟で状況を監視してもらうこととした。
出産後保健センターへ連絡。保健師も妊娠35週で母子手帳を取りにきたため、心配し翌日に連絡をしたが「現在使われておりません」とのアナウンスであったため、何か問題があるのではないかと思っていたとのことであった。
本人の住所地とパートナー宅の住所地で管轄が違うため双方の保健センターに連絡することとした。退院前、当院助産師から本人とパートナーに退院後の保健センターからの赤ちゃん訪問の情報を提供したところ、顔つきなどが変わり「来たら困る」と拒否された。
退院翌々日、本人住登地の保健師とパートナー住登地の保健師がともに来院され報告をうける。
本人住所地の保健師が自宅を訪問したところ実母が対応し、第一声に娘は無事かと聞いた。両親から警察に昨年捜索願が出されていた。本人から「パートナーの親が病気でお金に困っている」という連絡を受けてお金を振り込んだが、電話口から男の怒鳴り声が聞こえていたため娘は脅されており殺されるのではないかとの恐怖を抱いていたとのことだった。本人宛の借金の返済の通知も数箇所から来ていた。出産前に保険証がいると連絡があり、送付先をきくが郵便局留で指定されていた。

 パートナー住所地の保健師が児童等と調べた結果、前妻との間に4人の子どもがいるがかなりひどいDVと虐待で保護されている。パートナーだけでなく家族全員が前妻に対してはひどい対応であった。恐喝などで逮捕歴もあり、市役所では危険人物として認識されていた。
入籍はされず、パートナー宅へ転居届をだされたことは確認。保健師が訪問すると話をしたからだと予想された。子ども家庭センターに保健師より連絡したが、虐待実態なく相談にとどまり、保健師も本人の許可なく訪問できないという状況であった。
当院への児の一ヶ月健診には来院された。

 保健師の訪問については自宅へは拒否されたが、1ヶ月半後自宅以外の場所で本人と児と会うことができた。本人からは育児に問題はなく家族も協力的であるとの情報が得られた。しかし本人の実母がパートナー宅をつきとめ訪問したときにパートナーの弟や母から暴言をはかれたり、本人から児の受診が必要なのでと金銭的援助を求められたりしており、実母から子ども家庭センターへ相談をしている状況である。また要保護児童対策協議会の要支援ケースとして引き続き関係機関で支援をしてもらうこととなっている。

【事例5】

39歳、2回経産、完全未受診、自宅分娩、パートナーと第2子と同居、戸籍上前夫と婚姻関係にある
第2子未戸籍、母子手帳未取得、離婚

自宅で分娩し救急搬送。当院で胎盤娩出した。母子手帳発行なし。
未受診理由について、「引越ししてきたばかりで地理がわからなかった」「すぐにまた引越しする予定がありばたばたしていた」などの理由を挙げられる。
前夫とは離婚、第1子は前夫がひきとり、第2子は現パートナーとの間の子であるとのことだった。
身分証明を所有せず、保険証の提示を求めるも提示されず、前居住地から転居手続きをしておらず国保に加入していたと説明されたため国保へ問い合わせしたが加入歴なし。今後転居先で就職予定の会社の社長が出産日から社会保険に加入してくれると言っていると不可解な発言があった。後にパートナーが古い保険証を自宅から持参され、それを元に問い合わせをすると、現在も社会保険に加入中であることがわかった。
転居届をしていない為、第2子の健診や予防接種について聞くと、他県の親戚が医師なので実家に帰ったときに診てもらっていると曖昧な発言をされた。
前住居地の子育て支援課に支援をしていないか確認すると、現在は支援をしていないとのことであったが、5年前に本人の実母から「子どもをつれて出て行ったが養育ができない母親なので不安である」と養育上の相談を受けた記録はあった。第1子は現在前夫ではなく本人の両親が養育里親となり実家で暮らしており、世帯分離はされているものの本人の住民票も実家にあることがわかった。しかし第2子については母子手帳の発行記録もなく住民票もないことが判明した。
保健センターに連絡し、家庭児童相談員ともに来院してもらい、母子手帳を持参してもらうことを理由に面談を設定した。
面談時、両親から逃げるために転居届をだせないと主張された。両親は兄のみ溺愛しており兄とも両親とも関係が悪く、両親には暴力を振るわれ殺されかかったことが何度もあるが実家が田舎であり、警察や市役所は両親の親戚知り合いばかり民事不介入で助けてくれないため、子どもの頃からほとんど祖父母と過ごしていたとのこと。両親が経済的に困窮し、本人名義の土地の問題でもめており、第1子も一度両親に連れ去られた。そのようなことがあるので前夫と不仲ではなかったが別れたとのこと。
第2子の出生届未提出の可能性もあり、子ども家庭センターへ相談することとした。
子ども家庭センターの調査の結果、前夫とは戸籍上現在も婚姻関係にあることと、第2子については未戸籍であることが判明した。
子ども家庭センター職員が来院し、戸籍のない第2子については現在弁護士と相談中であり、今回の第三子については14日以内に出生届を出す、と本人と約束した。当初明日明後日には他県に転居するといっていたが、退院時には1ヶ月健診を当院で受けるといい、子ども家庭センターでもフォローしてもらうこととなった。
児は黄疸がでており退院後もしばらく通院が必要であったが、出生届提出され保険加入され1ヶ月健診まで受診には来院された。

【事例6】

33歳、2回経産、夫と長女(5歳)長男(2歳)と同居

妊娠32週までは定期的に来院していた。妊娠31週頃、地域の担当保健師より、保健師介入のケースと連絡があり、以前に上の子どもの泣き声がすると近所より通報があり介入をしているが、母親との接触が難しい。
電話には全く出ないし、訪問しても出て来ない。上の子どもも保育所に通わせず孤立していると思われる。
現在妊娠中であるが、おそらく出産時に上の子どもを預かってくれる人がいないため注意している。出産時に預ける先があるかどうか、次回健診時に本人に確認してほしいとの相談であった。そこで妊娠31週の健診時に、助産師よりお話を伺ったところ、やはり出産時に上の子を預ける先はないとの事であった。まずは夫とよく相談し、困ったらすぐ相談するように伝え終了したが、その後出産時まで来院しなくなった。
夜間に夫と来院しすぐに出産となったが、出産の翌日、上の子どもはどうしているか確認すると、父が車で仕事場の近くまで連れて行き、車の中で2人きりで待たせてあるとのこと。すぐに保健師に連絡し、病院に連れて来てもらえないか相談したが、虐待しているとは言えないので、強制的に保護する事はできないと。
どうしてもこの状況を放置できなかったため、父の職場関係の知人?に頼み、子どもを病院に連れて来てもらうことになった。父の仕事が終わるまで子どもと一緒に病室(個室)で過ごしてもらい、出産後3日目に退院となった。
知人が子どもを連れて来る間に、保健師にも来院してもらい、本人とMSWと保健師とで面接を行った。
保健師が来る前のMSWとの面接では、保健師に介入されるのも、保育所に通わせるのもストレスになっている。保健師を変えて欲しい。保健師の言い方で気に障るところがあった。長女を保育所に通わせると、すぐに体調不良になったりいじめられたりするので通わせられなくなったが、その事を保健師が責めるので負担であった。夫も保育所に通わせなくても良いと言っていると話していたが、最終的に保健師の介入を承諾し終了した。
退院後、保健師の電話に出ず、訪問にも応じない状況が続いていると保健師より連絡があった。そのため1ヶ月健診時に児の状況等を確認する予定であったが、それにも来院されず現在も介入中である。

【MSWの所感】

上の二人の子どもの様子は特に大きな問題は無さそうに見え、SWとの面接でも、やや孤立した感はあるものの、育児はまずまず行えているように見えたが、病院での少ない関わりの中で父母の養育能力を判断するのは難しいと改めて感じた。また頼みの綱である保健師との関係が良くない場合や、虐待でないと動けないという対応に関して、病院はどこに相談すれば良いか悩むケースである。

【事例7】

27歳、2回経産、無保険、貧困、未収金、未受診、NICU入院、助産券、前回未受診、ネグレクト、早産

第2子(2年前)、妊娠31週に初診で当院にて出産となった。その際に未収金17万円あり(督促しても返事なし)。
今回の妊娠では、妊娠初期に関東で生活していた。産婦人科を1回受診したと話すが、事実かどうかは確認できず。2月に実家のあるM市に戻った。継続的な妊婦健診は受けず。
4月29日、破水感にて当院を受診した。超音波検査で妊娠31週と推定され、切迫早産で緊急入院となった。
5月2日、産婦人科病棟から、経済的問題と未受診飛び込み入院のハイリスクケースのためMSW介入の依頼があった。
医事課職員が実父に会って国保加入と助産申請をするよう説明し、前回出産の未収金についても支払いを要求した。
MSWは本人と面接した。子どものことがあったから受診に行けなかった等と多弁であった。
「(金銭面は)もうお父さんに任せています」「今回入院して未収金を払うように言われて、(未収金の存在を)初めて知りました」など、他人事のような発言が多かった。退院後に保健師が関与することを了解された。
経緯の問い合わせも兼ねて市保健師へ連絡した。大阪の実家で生活するようになった2月に母子手帳を発行したこと、妊婦健診を受けるようにずっと勧めていたが本人が行かないので気になっていたことを保健師から聞いた。退院後のフォローを了承してもらった。
夕方遅くに国保証と限度額認定証(非課税)の取得確認すみと医事課より連絡があった。
同日に妊娠32週で早産となった。新生児はNICU入院となった。無呼吸発作あり。
5月6日に医事課が市役所へ問い合わせたところ、5月2日に実父が相談に来たが助産申請としては受理されていないことが判明した。医事課より、助産券適用を市に認めてもらうために再度申請するように、実父に要請した。その結果、退院後に産婦本人が市役所に来て申請すれば助産券適用にすると返答があった。
M市の保健?に出産したことを報告した。今後の訪問は保健所になるため、事前にハイリスクケースとしてM市と病院とで保健所に申し送りをした。
5月7日に、産婦本人が退院となった。5月9日に助産申請にいくと本人は話していた。しかし、本人が助産申請手続きをしなかったために助産券制度が利用できなかった。結局、出産育児一時金の直接支払制度で今回の未収金を解消することになった。
NICUでのベビー面会は1日1回あったが、ベビーの退院が間近となって前回出産時未収金を含む医療費の一部支払い期限が近づくにつれ、面会が2日に1回に減少することもあった。退院直前に保健所保健師との事前面談を設定し、訪問日時を本人と保健師とで決めた上でベビーの退院となった。
その後、保健師の訪問を都合が悪いと断り、連絡先と聞いているところに連絡しても繋がらなかった。連絡を取りたくてもとれないというのは、実態としては電話がほぼ1日中通話状態であったらしい。何とかして保健師が連絡を取り、本人の都合に合わせて訪問日時を決めたが、当日になってから都合が悪いと断りがあった。保健師が努力した上で、何とか1回は訪問にこぎつけられた(以後は養育相談で1回/月対応となった)。
ベビーの1ヶ月健診当日になって、「お金がないから、病院の健診は止めて保健所が行っている養育相談に行く」「上の子どもの迎えもあるし遅くなると困るから」と来院を拒否した。ベビーの貧血が退院前にあり、投薬もされていたため、受診が必要だからと保健師からも説得してもらい、何とか受診してもらった。体重は退院前から増加が著しくなっていた。未熟児貧血があったが、健診でも貧血が持続していたために引き続き投薬加療となった。
また、ベビーの肝機能の数値異常があったので、しばらく様子を診る必要があると小児科医師が説明し、再診を促したが、予約日に来なかった。電話しても通話できず、保健師を通じて連絡をしたものの、6月30日までの乳幼児医療証の継続手続きをしていないため、お金が高くつくからという理由で受診されなかった。
現在、保健師との関係は細々ながら続いている。M市へネグレクトケースとして通告をした。

【MSWの所感】

経済的問題があった事例ではあるが、金銭的に困った状況を何とかしようといった意識がない印象がある。
全般的に(特に本人にとって都合が悪くなると)他人事のようにふるまう彼女の対応が気になった。
また、非課税の経済状態で助産申請する必要があったが、本人が入院中のために家族が代理で申請せざるを得なかった。しかし、市役所側が家族の代理申請を機械的に受理しなかったことから、病院側は医療費の確保に非常に不安定な状態に陥った。未受診妊婦や飛び込み出産事例の場合には、行政側も深刻な事態と捉え、柔軟に対応していただく必要があると考えられる。

【事例8】

中学3年生、初産、生活保護受給中、ネグレクト、若年、虐待歴家庭

近所の小児科へ体調不良で受診したところ妊娠発覚し、近所の産婦人科に通院することになった。その後、転院を希望したために本院に紹介となった2月7日に実母に伴われて来院した。紹介状には関係機関のカンファレンス内容が添え付けされていた。産婦人科診察後、MSWが初回面接を行った。実母、実妹、異父弟との5人暮らし。本人、弟妹とも不登校。異父弟に対するネグレクトで通告歴のある家庭。
面接では、こちらから促さないと本人は発言しなかった。相手の大学生とは性行為が目的であったのではなかったが、数回会った後一切連絡取れなくなったと本人は話した。実母は多弁で、中絶の意向はなかった。
産後に実母や伯母に手伝ってもらうと本人が話したことに対して、「この子も母親になるんだから、自覚を持って育ててもらう。最初の1ヶ月くらいはそりゃ手伝いますけど」と実母が話した。
年齢および経緯を考えて、医師は児相に通告して関与を依頼した。しかし、児相は性非行という解釈で積極的な対応を示さなかった。中絶可能な週数のうちは医師も中絶を選択枝として提案したが、本人と実母は妊娠継続を強く希望した。そのため、産前に保健師や学校など関係機関とのカンファレンスを複数回行い、情報共有と今後の対応を協議した。
カンファレンスにより、実母が家に不在のことが多いこと、妹が家事を一手に担っていること、本人のみならず弟妹も不登校であること、異父弟に対するネグレクトで通告歴があること、本人の学力は小学3、4年生レベルで、異父弟たちを怒鳴り、ドアのガラスを割るなど乱暴な精神的不安定な行動があること、家事をしたことはなく生活リズムの崩壊が見られること、出産・育児イメージがないことなどが問題点として整理された。妊娠中は、出産や育児に関するイメージを培うこと、中学生らしく勉強するなどの生活リズムをつけてもらい、産後は、児への愛着や育児手技・態度を十分に評価し、退院前にカンファレンスを再度設定することを決めた。
妊娠34週に切迫早産で入院となった。すぐに出産とはならず、入院経過をみていたところ、学校から渡されたドリルで勉強するうちにもっと頑張りたいと話すようになった。予定日になると、実母がMSWに一旦退院させたいと相談してきた。退院させたとしても、すぐ産気づいたら大変になるのではと説明すると実母は納得した。その数日後に出産となった。家庭環境および本人の育児能力を考えて、児を数日で退院させることは危険と判断したが、実母は一般の妊産婦と同様に数日で退院させてくれと言いだした。「確かに本人は未成年だし、病院側としたら養育はどうなんやろうと思うでしょうけど、私が本人のフォローにまわる。あの子が早く帰りたがっている、長期入院は彼女にはしんどくなる」「親戚が1週間後には来るから」などと、実母が産婦人科医、小児科医、事務局などに退院日を早くするように執拗に要求してきた。本人も帰りたいと泣き出すようになった。一旦、本人だけが外泊できるような対処をしたが、養育能力の評価にかける時間が十分に取れないと見込まれたため、関係機関とのカンファレンスを緊急に設定した。
カンファレンスでは、児を保護監督するために保育所入所を最短時間で実現することを当面のゴールと定めた。病院は1ヶ月の乳児健診まで見守り、その後は地域の保健師や養護教諭が訪問により児の安否確認をすることとした。本人と実母に対して、本人が学校で勉強をして将来生計をたてられるような成人になることが重要であること、そのために保育所に児を預けることが有効であることを説明していくこととした。育児疲れで保育所での預かりを希望した場合、および育児が嫌になって放置したりする場合は、児相が介入することになった。この場合は児相の方から説明してもらうことになった。このカンファレンスの同日に母児ともに退院となった。
ベビーの1ヶ月健診を含む必要な受診は、予約通り来院。体重の増えも良好。
後日、カンファレンスの方針に沿って保育所への入所はスムーズに行われ、本人が通学する条件が整えられた。しかし、学校側が、「まだ小さいベビーだから養育に専念してはどうか」と話してしまったことで、実母が本人を学校に行かせる必要はないのではと言うようになってしまった。これに対して地域の保健師が苦慮しているという報告があった。

【MSWの所感】

『特定妊婦』に該当するので地域の保健師が対応の中心になっていたが、この家庭に関しては以前から子ども虐待があると把握されていたにも関わらず、児相の関与が消極的であったことが気になった。義務教育なのに子どもたちが不登校で、さらに実母が途中で家に連れ帰ることもあるという劣悪な家庭状況で、この妊娠出産を性非行という安易な解釈だけで片付けるべきなのかと非常に疑問を感じる。関係機関とのカンファレンスを持ち、何とか退院後のフォローを地域へつないで終結したものの、学校に趣旨がきちんと伝わらなかった故に、一部方針と異なる対応になってしまった。関係機関との意思の統一や連携の困難さを痛感したケースだった。

【事例9】

20代、初産、貧困、未婚、住所不定、保険証なし、Shaken Baby Syndrome

妊娠30週初診、以降未受診のまま妊娠36週に陣発にて救急搬送され、入院・出産となる。
パートナーとは別れており、妊娠に気づいたときには中絶も週数的に困難であった。その後、友人宅・ビジネスホテルを転々としながら過ごしており、入院時は、保険未加入・所持金なしの状況であった。
特定の居所は持っていなかったため、救急搬送時の窓口・発生地・所在地の各福祉へ相談を行い、助産制度は分娩後のため利用不可、医療費は救急搬送時の窓口へ相談、施設の相談は発生地へ行うことになる。
入院時からの生活保護相談を行い、費用は全額生活保護費にて支給された。
分娩時は、「友人に里子にだす」という発言もしていたが、母児同室をする中で、「自分で育てたい」との話に変化した。退院後の生活については、「友人が部屋を借りてくれる」と言うが、現実的な動きにはつながらず、MSWからは母子生活支援施設への入所を提案した。しかし、施設への入所には理由をつけて難色を示し、友人への相談を行っていた。その間の、本人の育児行動に問題はみられず、愛着を持って丁寧に関わる様子を確認した。
最終的には、知人宅でしばらく住めるため、そこへ退院すると本人より申し出があった。退院後の居所の不安定さが危惧される状況であったため、保健師の家庭訪問について提示をし、知人にも訪問の了解をとってもらった上で、退院を迎えた。家庭訪問時・1ヶ月健診時に、児については特に問題なかったが、その間も、生活の場所は定まることなく転々としていた。
5ヶ月後に、前日の明け方から調子悪く様子をみていたが、様子が改善しないため連れてきたと小児科を受診された。来院時より、ぴくつき・眼振がみられ、受診の結果、高度医療機関への搬送となった。
その後搬送先から、Shaken Baby Syndromeと診断し、児童相談所が介入したとの報告をうけた。
小児科受診の際も、それまでとは別の友人男女宅におり、本人が体調不良であったため、友人男性が児の世話をしてくれており、「もう少し様子みよう」と言われたから受診が遅くなったと話していた。

【MSWの所感】

出産に至るまでの生活の不安定さと、児と離れない生活を希望しながらも安定した生活を選択しない背景に危うさを感じるケースであった。だが、本人自身の育児手技に問題はなく、母児共に退院可能な状態であれば、病院には、本人自身が選択した退院先を拒否できる権限はないとも考える。退院後・1ヶ月健診まで
は母児の生活を追うことができていたが、安定しない生活を支援し続けられる機関がなかった状況で、事態が起きてしまっていた。支援の継続の困難さや情報伝達の限界を感じた。
MSWとして妊産婦に関わり、周産期の支援を行うときに、退院直後の新生児期は最も危険な時期であるのと同時に、母児の関係性と社会との関係性を深める最も大切な時期であることを痛感している。
保護や施設入所となることで、医療機関との関係には一定の終結をむかえることとなるが、母児の問題が解決されるのではないと考える。児の命が失われる状況を防ぐことと、母児が社会の中で生きていく道をできる限り支えることを両立するためには、関係する機関や職種が適切に情報を共有し、途切れなく支えられる資源が必要であると考える。

【事例10】

30歳、4回経産、前回未受診、未入籍、未収金、ネグレクト、出生届未提出、離婚、1ヶ月健診未受診

約3年前、前夫より家を追われ(前夫との間に3人子どもがいるが、前夫引き取りとなっている)、以降現在のパートナーと同居。12月に現在のパートナーとの児を当院で出産(未受診)、3人暮らし。前回出産当時、前夫との連絡が全く取れず、また身分証もなく本人の健康保険加入状況、住民票、戸籍がどうなっているのか不明であった。現在に至るまで状況は変わらず、前回の児は出生届も出せていない。(本人の住民票の所在分からず現在のパートナーとは未入籍であるため)尚、前回の母の出産費用、児の入院費用共に未収。
前回の児について、身体虐待ではないものの社会的制度が全く受けられない状況におかれているとのことで、担当保健師より子ども家庭センターへは通告済みである。
2月6日:全くの未受診、陣痛発来にて当院へ救急搬送。
2月7日:出産。MSWより保健所、子ども家庭センターへ連絡。同日センター職員が来院し、パートナーのみ(本人体調すぐれず)と面接。本人の住民票や戸籍の調査について、センターが可能な限り代行することの同意を得た。
2月8日:センター職員再度来院、本人と面接。調査の結果、他市に住民票があったこと、前夫とは(本人不在のまま裁判所申し立てにより)離婚成立していた事実を本人に報告。今後も継続して諸手続を一緒に行っていくことを約束。
2月10日:担当保健師来院、本人・ベビーと面会。退院後自宅訪問を約束。
2月12日:母児退院
前回、母児あわせ高額の未収金が残っており(これについては分割払いを誓約)、今回については支払い不可能と判断し無料低額診療事業適用し出産・入院費用を免除とした。
<1ヶ月健診>
3月13日健診予定であるが、来院の可能性は低いと思われる(前回も受診していない)

【MSWの所感】

両親の児に対する愛着は非常に強く感じられた。実際、上の児についても健康に育っている事実はあるが、出生届も出せておらず、社会的支援が何も利用できない状況に置かれている点においては一種の虐待と言えたかもしれない。(ただ、身分証の所持なく自らの個人情報を問い合わせることもできなかった等、個人の力だけではどうにもならなかったのかも知れないが)前回の出産からすぐに妊娠し、今回同じことを繰り返したことについては本人に問うても答えは出ず、今後どうするつもりをしていたのか、何も考えていなかったのか、こちらとしてもよく分からないというのが正直なところである。尚、今回子ども家庭センターや保健師が迅速に動いてくれ、入院中に面会をして本人達との関係を築いてくれたことは、退院したら接触する機会のない病院にとっては(おそらく一ヶ月健診も来ない)、その後につなぐことができた、と安心した感がある。
(しかし後日子ども家庭センターより連絡があり、退院約1週間後に一家で夜逃げをし、消息不明になっているとのことである。やっとつながった糸も切れてしまい、できる限りのことをした関係機関には徒労感が残るケースであった。)

【事例11】

26歳、6回経産、生活保護、未収金、貧困、未婚、1ヶ月健診未受診

出産費用が支払えないので相談に行きたいと本人が言っていると病棟看護師より連絡があり、本人と面接した。その場で本人より「生活保護を受けているが、出産の費用は分割払いにしてほしい」との相談があった。
本人の話によると、上の子供(1年前に他院で出産)の出産時も全額自己負担になり、50万円の支払いが残っているとのことであった。生活保護を受けているが、生活保護担当者に妊娠していることを告げておらず、助産手続きができていなかった。母子手帳は搬送される前日に駅前の市民サービスセンターで取得しており、翌日市役所の担当者に相談に行く予定だったとのことであった。上に6人の子供がおり、シングルマザーでもあることから市の保健師が介入しており、MSWより保健師に連絡したところ、妊娠していたことは知っており、生活保護や助産の担当者間では話をしていたとのことで、保健師から各担当者に相談してくれることになった。しかし、当院医事課担当者から助産担当に連絡したところ、事前申請が必要な制度であるため助産適応はできないと言われた。また、MSWから生活保護担当者にも助産や出産扶助などの制度利用ができないか交渉したが、生活保護担当者が妊娠しているのではないかと問うも本人が妊娠を否定していたことや、前回の出産時も自己負担にしたことなどを理由に制度利用はできないとの返答だった。分割といっても、生活保護受給している実母が保証人となることや、1年前の出産時の支払いもほとんど残っていることを考えると当院の支払いは困難と思われ、上司や医事課長らと相談して出産費用のほとんど(3万円のみ支払い)を診療費減免とした。
<1ヶ月健診>
来院なし

【MSWの所感】

育児に関しては、実母や妹などの協力も得られ、本人の不安もなかったため、主には支払いの相談であった。市役所側の事情もわからないではないが、未受診というリスクをおして救急搬送をたまたま受けた当院が出産費用の負担も受けなければならなかったことについて割り切れない思いが残った事例であった。本人に自己負担をさせたところで、前回出産時の病院にも支払いはできておらず、今回の教訓になっているわけでもなく、本人や子どもたちのために、関係者がどのように支援していくのが良いのか考えさせられた。

【事例12】

20歳代、初産、未受診、未婚、支援者なし、住所不定、健康保険未加入、貧困、未収金、死亡転帰

推定妊娠37週で救急車にて当院搬送され、入院・出産となる。児はNICU入院となるが、医学的に大きな問題はなく、養育準備が整うまで入院。
母は児の父親とは妊娠を告げたら連絡が取れなくなり、離別。以後親とも出産のことでもめて実家には帰れなくなり、友人宅やホテル等を転々として生活していた。生活費はアルバイトで稼いでいた。数週間前に街で知り合ったというパートナーの男性と一緒に来院。入院直前まではパートナー宅におり、婚姻して2人で児を養育していくと話される。MSWは病棟からの連絡で、保険未加入、経済的問題で介入。
住民票は以前転出の手続きを取ったままになっていたが、パートナー宅へ住所設定することを希望され、保険証加入手続き、出産育児一時金の申請を市役所同行にて支援。手続きにはパートナーが同行され、受け取った出産育児一時金を本人にも渡さず、病院にも支払わないなどと言い、市役所で病院職員を恫喝する場面もあった。最終的には助産制度を使ったにも関わらず、3万円程度の未収となった。
NICU入院中にも定期的に面会あり。母に育児指導を行ない、パートナーも育児経験あり、養育手技は問題ないと考えられた。児の退院にあたり、市へパートナー宅への訪問を依頼するも、生活している気配がないとの情報だった。母、パートナーと関係機関を交えた話し合いで、あくまで自宅はそこにあるという主張ではあったが、出産準備が不十分で自宅退院はすぐには困難なため、短期間の預かりを自ら希望され、乳児院入所方向となる。
しかし退院当日になって、児童相談所が来院して顔を合わせるなり、突然施設には入れないと言いだす。
生活実態が見えず、ハイリスクと考えていたため、施設入所が望ましいと考えていたが、話し合いの末、保健師の訪問を受け入れること等を条件に、自宅退院の方向にせざるを得なかった。退院後も生活実態は不明のまま、しかし市や病院に約束通り面談や診察に来るなどしていたが、退院の数週間後、警察署から問い合わせの電話があり、児が自宅で死亡したことを知る。のちに、事件性なしという判断になったことだけ児童相談所からご報告頂く。

【MSWの所感】

児の死亡原因については不明であり、どんな環境下で児がどのように亡くなったかも伺い知ることはできない。ハイリスクとの認識を共有し、遠方から何度も来院し、適切に動いて下さった関係機関の対応に本当に感謝している。このケースのように、生活実態が不明瞭で、児に適切な養育環境が用意されているのか確認が必要な場合、親との信頼関係のもとに対峙して話し合い、支援につなぐことができるケースはよいが、それが成り立たないケースの場合、私たちはどう支援していけばよいのかということを考えさせられた事例であった。児の養育に関しての相談支援は、“家庭”という、通常は他人が踏み込むことが許されるはずがないフィールドに踏み込むことになり、その限界を感じた。明確な根拠なくそこに踏み込めば、信頼関係が築けず、支援は難しくなる。かといってそこで躊躇すれば児が守れない。この葛藤の場面で、いかに支援を根拠づけられたものとし、適切に運用していくかが課題であると考える。

【事例13】

20歳、初産、未婚、DV、貧困、住所不定、乳児院

職業は接客業(ガールズバー店員、アルバイト)。両親離婚。母は再婚。引き取られた父からDV既往あり。
パートナーは借金のため連絡取れず。友人(男性)宅で同居中。
初診は妊娠22週。予約時に受診せず、再診は妊娠29週。妊娠31週(予約診察)に来院時、子宮収縮頻回で子宮頚管長短縮し切迫早産の診断にて入院、妊娠34週で退院。予約時(妊娠35週)に来院せず、妊娠37週、38週に受診後、前期破水にて入院した。
妊娠38週6日に正常経腟分娩、2652g、男児アプガースコア5/8
こども相談センターと連携し、本人希望により乳児院にて保護す。

【MSWの所感】

シングルマザー、未受診、祖父からのDV経験あり、内縁者と同居、家族関係に問題あり、住所不定、連絡が繋がらない、孤立した家庭、経済的問題、育児不安、以上10のリスクがあるケース。パートナーとは入籍予定なし、大阪南部に引越し同時期に妊娠している友人と同居希望する。祖父との関係性悪く再婚している祖母との関係性も悪い。妊娠34週で退院後は新しい男性と同居。養育環境の確認が必要と判断し家庭訪問先住所を聞くが、母はわからないと曖昧な態度であり最後まで生活実態が掴めなかった。出産後の母の発言からも児への愛着などについて疑問を感じる。早期に保健センター・こども相談センターが介入、母の同意のもと施設入所となる。母は入院費未払いのまま退院、2度授乳に来院したもののその後面会に来ないことが多く、居所わからず携帯電話も繋がらなくなった。乳児院入所の準備は祖母に依頼。家族からも孤立した生活を送ってきた世代間連鎖が現れたケースであり、生活実態を把握する難しさを感じた。

【事例14】

20歳、初産、未婚、DV、貧困、乳児院

職業はアクセサリーショップ店員(アルバイト)、接客業(ガールズバー店員、アルバイト)
両親離婚。父親、弟と同居中。父親からDVの既往あり。母はパートナーと同棲中。初診時は父親に妊娠の報告なし(帝王切開術の説明時、父親来院)。パートナーとは離別(経済的援助なし)。現在無職のため経済不安あり。
初診は妊娠27週。初診以後は定期受診す。初診時より見られた腟壁尖圭コンジローマに対し、凍結療法や切除を行ったが完治せず、帝王切開術を選択した。
妊娠37週6日、帝王切開、女児2834g、アプガースコア8/9
A市子ども家庭センターと連携し、本人希望により乳児院にて保護す。

【MSWの所感】

シングルマザーでしかも家族の育児協力・経済援助の得られないケースである。受診当初は両親が離婚し祖父と弟と同居していた、住まいは不衛生であり養育環境には不適切と判断、同時期に妊娠している友人と産後同居を希望していたが、時間とともに互いの状況が違い友人との同居の話はなくなった。母となる自覚、児への愛着もあり、支援内容として経済面【生活保護】と養育環境【母子寮】の調整を行っていた。祖母は若いパートナーと暮らしており関係性悪く、母は祖母との同居を拒否、退院時は祖父と暮らすこととなった。
母は養育環境と経済的に困窮しているため就労し生活基盤を整えてから児を引き取りたいと希望、母と祖父母とも児の施設入所を希望された。退院後、児の1ヶ月健診時、母から引越し先も決まり就労しながら1日おきに施設へ面会に行っていると報告もらう。祖父母の協力が得られないケースの難しさを感じた。

【事例15】

24歳、1回経産、未婚、生活保護、貧困

職業は無職、両親生活保護。ライブハウスで知り合ったパートナーとの妊娠。第1子も同じパートナーとの子ども。共に妊娠が発覚した時にパートナーとは連絡が取れず。
初診は妊娠38週。陣痛発来。生活困窮のため未受診。
前駆陣痛が頻回になりA市の議員に相談し、B市への転居と生活保護・入院助産制度の利用を勧められる。
翌日、B市へ転居し、母子手帳の申請と入院助産制度の申請を行っている途中に陣痛発来し当院へ入院す。
妊娠38週4日(最終月経より)、正常経腟分娩、男児2890g、アプガースコア9/9
こども相談センターより「みまもり」の返答。入院時検査にて高度貧血あり。

【MSWの所感】

未受診は経済的困窮が原因。しかし祖父と母の兄たちは就労しているにも関わらず、家族全世帯が生活保護であった。育児援助を得るため家族の近隣に引っ越したが行政が同居を勧めるも応じず別世帯で生活保護認定される。本当のところ経済的困窮であったか疑問が残るケースである。

【事例16】

19歳、初産、未婚、貧困、乳児院、DV

職業はコンビニ店員(アルバイト)。両親離婚。幼少期は祖父母と生活。11・12歳は児童養護施設に入居。
12歳から父親と生活していたが不仲のため18歳に来阪しパートナーと同棲す。入籍予定なし。パートナーは引きこもりのため無職。同棲生活は本人のアルバイトで生計を建てている。パートナーの両親も離婚。パートナーの母親からの経済援助は無し。生活保護申請も拒否。
初診は妊娠30週。妊娠20週ごろ他院で妊娠の診断をされる。妊娠28週で区保健センターへ訪問し母子手帳・入院助産制度を受領す。入院助産制度利用のため区保健センターより保健師を伴い当院へ紹介される。
初診後は定期的に受診。妊娠39週に陣痛発来にて入院す。
妊娠39週5日、胎児機能不全にて吸引分娩、女児2570g、アプガースコア9/9
パートナーの就労拒否、生活保護等の社会資源の利用拒否のため養育能力不可能と判断し乳児院へ保護す。

【MSWの所感】

保健センターからの情報発信から始まっており、早くから子育て支援室、DV担当・保健師・福祉担当による実務的な連携が行われたケースである。助産施設での分娩希望により保健師同行のもと初診来院。母の印象は幼く、生育歴からも愛情は受けておらず祖父母とも連絡をとっていない、パートナーも類似の生育歴である。四国から来阪、母のアルバイト代で生計をたてており、経済、生活基盤が不安定。パートナーから殴られるなどDVを受けていたが依存的であった。再三生活保護申請と母子寮入所を促すが拒否。保健センター職員(保健師・子育て支援室)による家庭訪問もパートナーが反対、母がドアを開けるが家の中に入れてもらえず、ドア越しから散乱している部屋の中が確認できた。パートナーは一度も就労せず祖母にお金を無心し、もらえないと暴力をふるい祖母と同居している弟を殺すと脅していた。「今も30万円払えと脅されてる」と祖母より、こども相談センターへ電話が入る。母と児が一緒に暮らせるようにと関連機関が連携し支援していった、一時は家から出る決意をしたのだが結局パートナーから離れられなかった。最終的に母子分離で児だけ職権保護となった。母に身の危険を感じたらシェルターに逃げるなど、その後のフォローはなされている。不適切な養育者への依存や家庭訪問を受け入れないケースは生活実態がつかめず難しい、幼少期からの生育歴、親の愛情を受けて育ったかが、大人になり児の父母となれる大きな要素であると感じたケースである。

【事例17】

36歳、初産、既婚、貧困、DV、知的障害、乳児院

職業はスーパー店員(アルバイト)、夫(50歳)は無職(就職活動拒否)。本人はやや知的能力低下。本人のアルバイトで生活していたが妊娠したため無職となる。低額ながら実父母からの仕送りあり。生活保護申請拒否。自宅はガスが供給不可。
初診は妊娠27週。妊娠24週ごろ個人病院を受診。切迫早産・妊娠高血圧症候群の診断にて総合病院へ紹介され入院するも入院助産制度の利用および社会的背景のため当院へOGCS入院となる。入院後、ウテメリン・マグセントの点滴治療を行い妊娠継続す。
妊娠38週6日、正常経腟分娩、女児2820g、アプガースコア8/9
劣悪な新生児の生活環境の改善努力がなされたが、夫(父親)の暴力的言動ならびに就労意欲が見られないことより養育能力不可能と判断し乳児院へ保護す。

【MSWの所感】

経済面・養育環境・母の知的レベルの問題など社会的リスクを抱えたケースのため、OGCS入院前から保健センターの関わりがなされていた。当初から保健センター・医療機関とも、父母による在宅での育児には非常に不安を感じていた。入院期間中(約4ヶ月間)支援・指導を行ったが、在宅で子育てしていきたいという父母の意向とその行動が伴わなかった。しかし育児準備品も少しずつ揃え1日おきに児の面会に来るなどの評価からこども相談センターの決定が二転三転した。民生委員・児童委員ふくむ要対協による支援会議を開催。こども相談センター・保健センター職員(保健師・子育て支援室)が家庭訪問し接触を試みるが受け入れできず、最終的には密な連携による各関連機関との情報共有の結果、職権保護決定に至った。父は保護されたことに関して怒り入院費用も未収のままである。父母だけの生活も困難な状況の中で育児するのは危険であり、養育可能な環境を整えるまでは児を守る必要がある、そのためには事実に基づく情報提供と連携が大事だと感じたケースであった。

【事例18】

20歳、初産、未婚、貧困、未受診、人工妊娠中絶希望、乳児死亡

人工妊娠中絶を希望し受診するも妊娠週数的に不可のため出産へ。両親、姉と同居
母が本人の様子がおかしいため妊娠のことを聞くも本人は否定。他院を受診した時に人工妊娠中絶を希望するもできない週数であった。相手の男性とは連絡は取れず。当院に初診後、未受診。外来から何度か受診勧奨をするも未受診が続く。受診時に理由を尋ねると未受診の理由は、経済的問題とのことであった。働いているのは会社勤務の父のみであるが、収入があるため助産制度の対象とはならず。しかし、借金等のため家賃の滞納や電気、ガス、水道の利用料の支払も滞り、止められたりしたことがある等、生活は厳しい状況である。本人は、出産せざるをえない状況であるにも関わらず深刻さはなく、親任せという感じであった。
両親としては子どもに罪はないので両親で育てていくつもりであると言われる。本人は一人で通院できず、聞かれたことには「はい」と答えるが、理解力は低いとの印象を受ける。姉、母も理解力はあまりよくない感じである。未受診が続くため地域の保健師に家庭訪問を依頼。家の中はぐちゃぐちゃで動物を何匹か飼っており、育児環境や本人、母、姉の理解力等を考えると出産後の育児は気になるとのことで家庭児童相談室へ連絡したとのことであった。
外来で何度も話をしていたが育児用品の準備をしないまま出産。子どもは無呼吸発作があったため産科病棟から新生児棟へ転棟。家庭での養育(環境も含め)に気がかりな点が多々あるため準備状況や面会時の様子等をみながら慎重に進めた。本人は子どものことを「かわいい」と言うも援助者が必要なため母への育児指導、両親への説明、外泊、家庭訪問、保育所の申請、地域の関係機関とのカンファレンス等を行い、退院となった。
退院後は、保健師や家庭児童相談室が家庭訪問や相談に応じていた。7ヶ月頃に本人よりガスが止まっており、どうしたらいいかと子どものことを心配して電話相談があったため保健センターと家庭児童相談室に相談対応を依頼。相談の結果、子どもは一時保護され施設入所となった。

【事例19】

17歳、初産、未婚、未受診、家出し、DV、健康保険証不所持、乳児院

母、継父、兄弟と生活をしていたが継父からの虐待があり家出を繰り返し、虐待通告をされる。その後家を出てパートナーと同居、妊娠。手元に保険証がないため受診できず、健康保険のことで住民票がある役所へ電話相談したことを契機に家庭児童相談室へつながり、家庭児童相談室からの相談で当院への受診となる。
初診時は家庭児童相談室職員が同伴。初診後は、母が同伴。本人が働いて生計を立てていたが、経済的な問題やパートナーからのDVもあり祖父母宅へ転居、住民票も異動し継父の扶養から抜け、本人の国民健康保険を作る。実家がある家庭児童相談室から祖父母の住所地の家庭児童相談室へ連絡し、本人をサポートする体制をとった。しかし、パートナーとの関係が切れたわけではなく、出産後にパートナーの元へ戻った場合、所在がわからなくなり連絡が取れなくなる可能性があること、育児の様子や子どもの状態が把握できなくなる可能性があること等から子どもの養育についての危惧は大きかった。
出産前に情報を共有するため家庭児童相談室、保健センターとのカンファレンスを行い、出産後の対応について検討した。出産時にはパートナーが同伴し、その後も頻回に面会に来院。出産後、院内カンファレンスだけでなく地域の関係機関とのカンファレンスを開催。家庭での養育への危惧はあったが退院し、フォローしていくことになる。しばらくは祖父母宅にいると言っていたが、1ヶ月健診終了後にパートナーの元へ帰ると言い出したため、母が子どものことを心配し家庭児童相談室に相談。児童相談所に連絡。本人とも話をした結果、養育環境が整うまでということで子どもは施設入所となった。子どもを預けた当日、本人はパートナーの元へ戻った。

【事例20】

41歳、2回経産、未婚、パートナー(36歳)と同居中、飛び込み出産、貧困、助産券、保険証不所持

前夫との間に23歳と21歳の子がいる。本人とは同居しておらず本人の実母と同居している。パートナーは自営業で運送会社の下請けで配送の仕事をしている。パートナーも国民健康保険だが、保険料滞納のため保険資格のみとなっている。
救急搬送で同日出産事例。
保険証所持していないとのことで、MSW関与。付き添われていた実母(65歳)より聴取行う。保険証について、借金がありその返済のため保険料が払えず、健康保険証がないとのこと。母子手帳も所持されていなかった。実母は生活保護受給中。
実母へ助産申請、母子手帳、健康保険証について役所で相談してきてもらうように依頼。
その後役所の助産制度の担当者からMSWへ、保険証は資格証明書発行し、母子手帳も発行した。助産制度については、パートナーからの聴取が必要ではあるが、助産制度決定の際は産後であったとしても認めるとの連絡入る。
産後、本人と面談行う。パートナーとの間に子どもが欲しかったが、授からなかった。年齢のこともあり諦めていたところ、妊娠がわかった。パートナーも望んでいたので出産することにしたが、経済的に困窮しているため、妊婦健診は行けなかったとのこと。今後の育児の相談先として家庭児童相談室紹介し、MSWより今後関わってもらえるように家庭児童相談室に連絡入れること了解を得て、家庭児童相談室へ連絡。担当者名確認、これまで経過について説明行い支援要請依頼する。本人へ家庭児童相談室の担当者名伝え相談に行くこと促し、退院に至る。産後の保険証は子ども、本人ともに通常負担割合の保険証(短期間)が発行された。

【事例21】

32歳、3回経産、未受診出産歴、未収金、家庭内ネグレクト、妊娠SOS

夫(31歳)第1子(前夫との子)14歳、第2子3歳、第3子1歳と同居。夫は半年ほど前に営業の仕事に転職。国民健康保険あり。
外来受診や入院中に面会はすべて家族全員で来院。本人含め家族全員、身なりから清潔感は感じられず、子どもたちについては、衣服の汚れ匂いが目立った。第1子は中学2年生であったが、学校に行っている様子はなかった。院内では親が子供たちの面倒を見ている様子は見られず、第1子が下の2人の子の面倒を見ている様子がよく見られた。しかし、面倒は見きれておらず院内で走り回ったり、他の診療科の診察室に入り込んだりしていた。
妊娠SOS経由で妊娠43週初診、前回帝王切開のため、初診から4日後予定帝王切開で出産。外来通院は初診と翌日の2回のみ。
第1子から第3子すべて未管理で出産。第3子は当院で出産。その時の未収金あり。
出産前、医療費の心配をされていたためMSW関与。本人無職。夫は半年前に転職したばかりで給与手取り16万から17万。日数的に手続きが難しいと思われたが助産制度の説明、役所へ相談に行くこと勧めたところ、身体障害者手帳を持っており、障害者医療証も所持していたことがわかる。障害者医療証の説明を行ったところ、今まで利用の仕方がわからなかったと話される。障害者医療証があることで、費用の心配は解消され、卵管結紮術を受けることになった。
退院時、家族状況から養育環境危惧され、院内協議行い養育危惧事例として児童相談所へ通告した。

【未受診妊婦全般についてのMSWの意見】

1 未受診のまま出産に至る背景には様々な要因が絡みあっていることが多く、多くの要因は経済的な理由である、さらに妊娠に気づかない、迷っているうちに週数が過ぎる、若年、未婚、外国人、孤立、DV、知的・精神面での問題などが複合的に存在している。当院のケースによると生育歴から浮き彫りにされる世代間連鎖と学校・地域・社会・人間関係の希薄さから生じる社会的連鎖が共存しているように思う。父親の違う多産婦あるいは不特定な男性との児を妊娠したケースではパートナーと音信不通になり、妊娠・出産の相談相手を得られず孤立状態になる。さらに家族とも連絡をとれない、とりたくない場合も然り、妊娠22週を過ぎると分娩以外の選択肢がなくなる。パートナーや父親からのDVも少なくはない。親との愛着形成ができていない者がまた親になり児との接し方がわからず妊娠中は胎児に対する無関心さが現れる、病院では妊産婦に対してのきめ細かい育児指導が重要だと思う。保健センターのDV担当と連携しDVから母体を守る体制もとっている。また日本語が理解できない外国人の出産や在留資格が切れている外国人妊産婦の場合、無保険という問題もでてくる。直接支払い制度が施行されたが医療費の未払い問題も多数ある、特に保護に至ったケースでは未払いの割合が高い。一概には言えないが若年妊婦は経済的に自立していないことが多く心理的・精神的にも未熟であり、パートナーも若年であることが多く親としての自覚が乏しいと感じる。実際慣れない育児で疲弊し児を置いて家出をしたケースもあり母親としての未熟性が問題である。養育者にとって家族(親兄弟)の支援は極めて重要となるが、現実的には家族と疎遠で援助者がなく行政機関の支援を頼らざるを得ない状況にある者が多い。さらに経済的な不安定に加え、未入籍といった戸籍関係が出産後の生活に大きく影響しておりパートナーがいるが「ひとり親制度」を利用しているケースもある。そういった不安定さも虐待のリスクに繋がるのではないだろうかと考える。こういった様々なリスクを助産師による指導時の聞き取りにより把握し、MSWが介入することで早期から関連機関との連携を図り子育て支援を開始、保健師・子育て支援室による家庭訪問で養育環境の確認・調整、フォロー、ニーズの抽出を行う。居住場所の確保、助産制度の利用・生活保護申請、育児サポート等の社会資源を利用し医療機関と保健センター、児童相談所が密接に連携し妊娠中、産後の支援を行っている。
なかでも養育困難となるケースは要対協による支援会議で情報共有し、母子寮への入所、母子分離による乳児院へ保護する場合もある。家族やパートナーから協力を得られない場合、社会から疎外された環境に置かれないよう、地域の保健所や保健センターだけでなく民生委員や児童委員の協力も得て見守る体制作りが大切である。

2 助産制度について
自治体での差異をなくしてほしい。具体的には自治体により

  1. 申請の受付をしてくれる週数が異なる。9ヶ月から受付というところもあり、助産制度を利用するために転院してきても、9ヶ月目に申請し使えないとわかると経済的な計画が立てられない。出産が予定より早まったときの対応がおくれるという問題がある。
  2. パートナーの所得状況が非課税でないといけないという規則があるため、パートナーが不明、失踪、連絡拒否であっても確認できないため不可であり、本人が生活保護受給者であっても同様に助産制度が適用不可とされてしまうケースがあり、未収につながる。
  3. 出産後の助産制度申請は生活保護受給者であっても不可であるため、生活保護受給者で未受診で飛び込みだった場合、未収が発生する。

●制度の隙間
虐待の事実がないと介入しないという児童相談所と、本人の同意がないと訪問できないという市役所、保健師のケースがあれば、対応のしようがない。

●援助の難しさ
出産の場合、医療者側からみるとハイリスクであると考えていても、本人はそうではなく自らが援助を必要としているケースは少ない。
そういった点で他の高齢、障害、疾病、医療費の問題を抱える患者への援助とは全く異なり、関係づくりからより慎重におこなっていく必要がある。
本人からの情報が正確であるとも限らず、また自ら情報を発することがないこともあるため支援する各機関が本人や周囲の人の言動や社会的事情の情報収集をしたうえで、今後起こりうる事象を想定して援助していく「見極め」が必要であり大変難しく感じる。

7.結果の考察

【定義について】

過去3年間未受診妊婦調査を行った。最初の動機は何の医療情報もなく救急隊要請の妊婦さんが病院に飛び込んでくる。いろんな問題を抱えており、未収金も発生する。こんな妊婦さんは稀なのか?と思っていた。
しかしながら、日常的に遭遇し、府下多数医療機関から同様の相談を受ける日々に至り、これは問題だとの思いのみが先行していた。そのような状況下で大阪府から調査を大阪産婦人科医会が委託されるに至った。
当初は『未受診妊娠』、『飛び込み出産』などと言葉も定まらない中でのスタートであった。まず、目指した課題、は以下のものであった。

・未受診妊娠の定義は?
・未受診妊娠は医学的問題なのか?社会的問題なのか?

我々は『未受診妊娠』とは全妊娠期間に3回以下の妊婦健診回数、3ヶ月以上妊婦健診中断のあるものとした。現時点においても明確な定義設定には至っていないが、おおむね間違いではないと考えている。この3年間で全くの『ゼロ回妊婦健診』は増加はしていないように思える。むしろ、本人、行政の仲立ちで、出産までには産婦人科医療機関に到達するケースは増えている。調査の限界でこの部分を数値化は出来なかった。現時点での結論から言わせていただければ、関係各位が『未受診妊娠』と判断すれば、そのように扱えばいいと考えている。未受診妊娠というジャンル分けするよりは『特定妊婦』あるいは『要支援妊婦』としてとらえればいいと考えている。『未受診妊婦』というレッテルを貼ることが目的ではなく、母児の健康保持が最大の目的と考えるからである。現時点での課題はむしろ『特定妊婦』の定義に移っていると考えている。

【医学的問題】

医学的にハイリスク妊娠であることはすでに報告した通りである。多くの母児の予後は改善できると考えている。元来健康なロウリスク妊娠が多いので、少しの医療的ケアで医学的危険性は大きく減じることが可能であると考えている。特に出産に際して、重度の仮死、死亡といった悲劇の発生は防げると確信している。
その実現にはまず、受診行動を促す体制づくりが必要である。
医学的問題のなかで過去も今後も当面解決困難な問題として《こころ》の問題がある。精神科疾患ではないが、うつ状態、人格障害、対人関係障害?等の問題である。医療関係者の多くが、悩まされている。解決不能と思えるほどに問題を複雑化させている。医療としても精神科、心療内科などどの診療科が対応していただけるのかの整理さえ出来ていない。周産期医療関係者のみでは対応困難で時には精神科治療薬も必要である。医学的問題であるが、周産期医療関係者のみでは解決の糸口さえ掴めていない現状がある。保健センターを中心とした行政の関与を望みたい。

【社会的問題】

短期的な問題としては、社会システムとしての

・救急搬送事業を使ってしまう
・妊婦健康診査事業が活かされない
・行政サービスにおいて人的・経済的負担を増加させる
・医療機関に医療以外のボランティア的負担・経済的負担を強いる
・子どもの養育が出来ない:未戸籍、里親、乳児院、虐待

などの問題をはらんでいる。
自己責任という見方をしては問題は解決しないし、子ども達に大きなしわ寄せが及ぶ。妊婦が子どもにとっての加害者にならないように支援体制を構築する必要がある。当然、医療関係者の努力のみでは達成は困難である。社会が『未受診妊娠』は社会問題であるという問題意識を共有していただけるよう希望するものである。
児童虐待と未受診妊婦の関連性は前回報告書でも触れている。2011年7月の《子ども虐待死亡事例等の検証結果等について 第7次報告》においても未受診妊娠の背景と死亡事案の背景の類似性について言及している。今回の報告書にも多数の関連事案を報告している。もちろんどちらから見てもイコールではないが、オーバーラップしている事例が少なからず存在していることは忘れてはならない。

【現時点での大阪の取り組み】

すでに、大阪府、大阪産婦人科医会は大きく問題意識を共有している。以下の産婦人科関与事業で受入、支援を行っている。

産婦人科救急搬送体制
産婦人科診療相互援助システム(OGCS)

 かかりつけ医のない妊婦から救急隊要請がなされた場合には、産婦人科救急搬送体制事業によって当番病院(毎日3施設)が受け入れている。この制度によって未受診妊婦の受入は格段にスムーズになった。このシステム運用に際しては、加盟病院の多大なる犠牲的貢献無くしては成り立たない面があることを付記しておく。OGCSは各地域の周産期医療の中核をなしており、一次医療機関、行政からの相談事案の受入を行っている。無診察での出産を未然に防ぐために日夜協力体制をとっている。事実今回の報告でも92.9%はOGCS加盟病院での出産となっている。ただ、少数ではあるものの一次医療機関で未受診妊婦の受入をしていただいている現実はありがたい。大いなる社会貢献としての意識なくしては実行できるものではなく、大阪の先生方の善意を感じずにはいられない。
かなりの病院にはすでに虐待防止委員会が設置されている。この委員会は従来、小児科、救急外来を中心に設置されてきた。最近では、妊娠中から『特定妊婦』として保健センターに連絡するケースも増えつつある。但し、妊婦に関しては児童虐待が発生しているわけではない。出産後の育児不安を医療関係者が危惧するものである。従って、『特定妊婦』の定義、取扱い方は今後の課題である。しかし、今回の事例にもあるように、子どもの出生届さえ提出しない未受診妊婦もいる。通告なのか?連絡なのか?同意はあるのか?ないのか?など実際の現場では大きな問題点が残されている。

厚生労働省からは2011年7月以降、

  • 平成23年7月27日に厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長、家庭福祉課長、母子保健課長から、各都道府県の児童家庭局・母子保健主管部(局)長宛「妊娠期からの妊娠・出産・子育て等に係る相談体制等の整備について」
  • 平成23年7月27日に厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長から、各都道府県の児童家庭局・母子保健主管部(局)長宛「妊娠・出産・育児期に養育支援を特に必要とする家庭に係る保健・医療・福祉の連携体制の整備について」
  • 平成23年10月20日に厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課から、『日本産婦人科医会が実施する「妊娠等について悩まれている方のための相談援助事業」について』という事務連絡を発出し当会の「妊娠等について悩まれている方のための相談援助事業」の推進に助力をしています。

以上の通達が出された。

 これを受けて2011年10月には日本産科婦人科医会による《妊娠等について悩まれている方のための相談援助事業連携マニュアル》が発刊され、全国の産婦人科医療機関での相談体制作りが開始された。大阪産婦人科医会内においても《安心母と子の委員会》が設置され今回の未受診妊婦調査も行った次第である。現在、大阪府における相談体制構築が準備されており、平成24年度事業として実行にうつされる予定であることを報告しておく。

 大阪府の事業としては《にんしんSOS》が2011年10月から開始されている。大阪府立母子保健総合医療センター内に専任の保健師・助産師を配置の上、電話、メール等によって相談を受け付けている。2011年10月14日には児童虐待関係機関職員研修会が大阪産婦人科医会、大阪府と開催された。

【今後の課題】

 相談体制は構築されるが、出口問題が解決には至っていない。妊娠前半期の望まない妊娠に関しては、人工妊娠中絶が選択肢として挙がってくる。人工妊娠中絶か未受診妊娠かという究極の選択を迫られる事例が存在する。多くの例では相談体制充実によって受入医療機関での妊婦健診が実施されると思われる。しかし、無事出産にたどり着いたとしても、育児支援の問題が残っている。ここを押さえておかないと児童虐待に至ってしまう。周産期医療関係者は児童虐待予防の大きな推進力になれるのか?この問いに応えるためには関係各位とのきめ細かな連携システムが必要と考える。今回の報告事例にも、1ヶ月健診時にすでにネグレクトとしか考えられない新たな未受診が見られている。乳児健診の在り方も考え直さねばならないと痛感する。

 現在のシステムでは1ヶ月健診に来なければ、そこで糸は切れてしまう。出産まで何とかつないできた糸をより強固にたぐり寄せねばならない。各種ワクチン接種も2ヶ月から始まろうとしている。既存のシステムでは1ヶ月までは産婦人科、4ヶ月以降は保健センター健診となってしまう。小児科等の関与は事実上4ヶ月からとなってしまう。この空白期間を埋めるのは周産期であろうと考える。既存の児童虐待防止システム関係者に周産期医療がうまく接続する子育て支援システム構築が必要であろう。出産後の育児支援に繋がる相談支援体制が必要であろう。その中で問題事例が児童虐待防止システムに接続されることになる。

いのち大切さを実感できる人間形成としては性教育、人権教育も必須であろう。教育を受けていないと世代間を超えた『縦の連鎖』は防げないであろう。経済問題、家庭環境などかが複合的因子となって起こる『横の連鎖』を防ぐには地域コミュニティーの充実も必要であろう。家庭内環境に踏み込むには大きなハードルが存在する。地道な人間教育、社会人育成が達成されなければ、いくらまわりが支援体制をとっても徒労に終わる。この部分はあまりに大きな課題で我々だけでは無力感が漂う。我々に出来ることは、こうした実態を社会に発信し、目の前にいる母児支援に限定される。

 子育て支援、地域ネットワークの構築はすでに多数の取り組みが実行されている。しかし、多くは、周産期医療との接続機構が考慮されていないと感じる。もっとも、我々が受け止めていないだけかもしれない。周産期の現場から発信した情報を受け止めていただける社会構築には行政の関与は欠かせない。幸い大阪の周産期医療関係者は永年行政とシステム構築を行ってきた歴史がある。今回の問題への対策も実効ある成果を期待するものである。

8.まとめ

 3年間の未受診・飛込み出産実態調査において、大阪府内の年間分娩数約7万5千件のうち、平成21年度152件(29施設)、22年度148件(31施設)、23年度254件(27施設)の報告があり、府内でお産をする人の約400人に1人は未受診妊婦であり、医学的にも社会的にもハイリスクであることが再確認された。発生頻度は今年度激増したが、この原因は解明出来ていない。各医療機関が報告に備えて記憶、記録を丹念に行った結果、未受診妊娠が掘り起こされた形となったのか?さらに行政などが介入した結果、うまく支援されるケースが増えたのかもしれない。これだと以前の報告数が過少であったことになる。一方で本当に増加したとなるとその結果は重大に受け止めねばならない。来年度以降調査が継続されないことには状況は不明のままである。未受診妊娠の背景、関連情報には大きな変動は見られない。おおむね傾向は把握できたと考えている。これらの成果を踏まえて、次年度以降は実効性のある対策が望まれる。特に精神疾患関連因子対策は急務かつ切実である。

 妊婦相談体制構築はその端緒についたばかりであるが、従来産婦人科医師、助産師、看護師、ケースワーカーはすでに多くの事例に遭遇、対応してきたノウハウの蓄積がある。大阪の過去の資源を利用すれば、必ずや全国に誇れる体制整備がなされるものと確信している。ただ、今までは緊急避難的人道援助であった未受診妊婦対策であった。今後はハイリスク未受診妊婦と判明した上で引き受けることになる。実際上この差は大きく、果たして順調に受入支援活動に入っていけるか危惧する所である。

 今後は出産後の育児支援にも目を向けたい。小児科医にバトンタッチできるまでは産婦人科の関与は大である。妊婦健康診査の充実もさることながら、《出産後の新生児健診》にも目を向けたい。未受診妊娠は乳児健診未受診に繋がる。ここが児童虐待防止のはじまりになるものと強く感じる。関係各位にこうした視点を拡げていくことも我々周産期医療者の責務である。こうした保健事業整備が地域の中で進んでゆけば、何らかの改善が期待できると確信している。

9.報告書を終えて

今年度調査は報告数の激増の中で、妊婦相談体制の構築、大阪府児童虐待防止冊子《子ども虐待予防早期発見初期対応の視点 −妊娠期から乳幼児期の連携を中心に−》を作成しながら編集会議も行ないました。
高木 哲会長、志村研太郎副会長にはこの安心母と子の委員会を強力に主導していただき、どうにかまとめ上げることが出来ました。大阪府健康医療部保健医療室健康づくり課母子グループにも何度となく大阪産婦人科医会事務所に来ていただき、貴重なご助言を頂きました。改めて関係者一同に深謝致します。この報告書は大阪産婦人科医会会員の先生方の報告用紙1枚1枚の積み重ねの結晶です。毎年の報告にご協力いただき誠に有り難うございます。改めてお礼申し上げます。今年度調査は3回目であり、従前よりスムーズに坦々と仕上げる予定でありました。報告書をまとめ始めるとあれもこれもと欲が出てしまいデータ確認に手間取ってしまいました。おかげで、かなりのボリュームアップの報告書となりました。陰でお手伝いいただいた大阪府立母子保健総合医療センター医療秘書である木戸元愛子さん、北林眞弓さんには深くお詫びと御礼申し上げる次第です。こうした皆様方のご支援で始めて出来上がった報告書です。内容はより充実したと自負しております。さらに、編集会議、診療の中で昨年よりも、未受診妊婦さんへの対応のノウハウは積み重なってきていることを私は実感しております。これもこのような調査に関わらせていただいた賜と感謝致しております。来年度には未受診・飛び込み出産が激減した報告書ができることを祈念しつつ稿を終えさせていただきます。

大阪産婦人科医会
安心母と子の委員会
委員長 光田 信明

このページの作成所属
健康医療部 保健医療室地域保健課 母子グループ

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