未受診や飛込みによる出産等実態調査について(2009年調査報告 (平成21年度))

更新日:2015年1月27日

【はじめに】

 大阪府における周産期医療体制は、医療機関、医師会等医療関係団体、行政の連携によって運営されている。医療機関とは病院産婦人科や小児科、産婦人科診療所であり、広義には助産所を含む。医師会等医療関係団体は、大阪府医師会、大阪産婦人科医会、大阪小児科医会が中心となる。行政は、大阪府と政令市である大阪市、堺市を含む市町村であり、府は、二次・三次救急医療の整備が中心となるのに対して、市町村は、初期救急の整備と救急隊を含む消防機関の運営を行なっている。

 それらの連携の中心には、OGCS(産婦人科診療相互援助システム)、NMCS(新生児診療相互援助システム)が医療機関の自主的な活動に支えられ、一般の救急医療体制とは別に周産期緊急医療体制が構築されてきた。周産期緊急医療は、かかりつけ医が搬送先を確保する点で、救急隊が搬送先を探す一般救急と大きく異なっている。

 従来、周産期医療の現場では、妊産婦は妊娠届を提出し、母子健康手帳(母子手帳)の交付を受け、妊婦健康診査(妊婦健診)を受けていることが前提となっている。ところが近年、母子手帳を持たないばかりか、『かかりつけ医』を持たない妊産婦が出産間近に救急車を要請する事例が目立ち、このセーフティネットから逸脱する妊産婦・新生児が出現するようになってきた。

 通常の母体搬送であれば、『かかりつけ医』からOGCSに搬送要請が入り、医療機関の連携で搬送先を決定している。しかし、かかりつけ医を持たない妊産婦が、救急車を要請したとしても、救急隊では的確に搬送先を決定し搬送を行うことは困難が多い。

 妊産婦や胎児の医療情報がないために、受け入れる医療機関は、最重症の想定をしなければならないが、このような対応が24時間可能な周産期母子医療センターは大阪でも少数である、また、人的資源も限界があるため、周産期医療従事者の慢性的疲労状態がこれらの問題の根底にある。

 さらに、産婦人科医の経験的には、このような『飛込み出産』には医療的リスクのみならず社会的問題を抱えていることが多いことなどが理由とされている。

 このような事例の増加が懸念される一方、実態把握ができていない状況が問題視されていた。

【趣旨・目的】

 妊産婦、胎児、新生児の健康確保には、妊娠中から始まる医療・保健機関における健康診査等がその予後に寄与することは世界的に認められている。わが国においては妊婦健診がその中心を担っている。近年、分娩が開始して初めて、医療機関を受診したり、救急隊要請を行う事例が、特に都市部で顕著になってきている。このような事案を『未受診妊婦あるいは飛び込み出産』と呼んでいる。これらの出産はハイリスク妊娠である上に、社会的な問題も多くはらんでいる。社会的問題は貧困、家庭内暴力、望まない妊娠、健康保険がない、住民票がない、外国人、違法行為をしているなど多岐にわたる。従って、これを一般的医学・医療上の問題として対策を講じても、その効果は十分とはいえない。また、その発生数、背景調査は、現在まで多数例では検討されていない。そこで今回大阪府内全域での『未受診妊婦あるいは飛び込み出産』の実態調査を行い、今後の対策に繋げることを目的とする。

調査方法

【調査の対象】

大阪府内の全産婦人科医療機関へのアンケート調査、個票調査を行う。

【調査対象期間】

平成21年1月1日から12月31日までとする。

【定義】

今回の調査に当たり、未受診妊婦を以下のように定義した。すなわち

  1.  全妊娠経過を通じての妊婦健診受診回数が3回以下。
  2.  最終受診日から3ヶ月以上の受診がない妊婦。

のいずれかに該当する事例とした。

【医療情報の収集】

 大阪府内の産婦人科医療機関にアンケート調査依頼をした上で協力医療機関から詳細情報を得る。カルテベースで情報収集をはかる。その際個人情報について漏出無きよう徹底した。

 調査に協力いただけなかった医療機関は過去に未受診妊婦を受け入れたこともないし、今後も受け入れないということで調査対象には入っていない。厳密にゼロであったかの確証はないものの調査協力医療機関における今回の調査は大阪府内における1年間の全数把握を反映しているものと考えてよいと評価している。

調査内容

【調査準備】

 調査は個人名や分娩日などの個人情報を伏せた形で行い、未受診妊婦の推定分娩週数、発生元医療圏、搬送先医療圏、搬送先施設名、分娩時年齢、経妊、経産、国籍、現在の居住地、現在の職業、婚姻の有無、最終学歴、パートナーの国籍、パートナーの職業、健康保険加入、既往出産時の既往の有無、今回妊娠での母子手帳交付の有無、母子手帳に関するコメント、妊婦健診受診回数、今回の妊娠での産婦人科初診週数、今回の妊娠での産婦人科受診週数、既往歴、合併症、常用薬、感染症、その他患者背景で特記すべき事項、初発症状、分娩様式、帝王切開の場合その理由、新生児体重、アプガースコア1分後・5分後、新生児合併症、新生児NICU入院の有無、出血量、分娩時合併症、その他分娩前後の特記事項、産褥合併症、母乳哺育の有無、ソーシャルワーカーの介入の有無、退院後の本人の行き先、母児分離の有無、退院後の乳児の行き先、家庭内の援助者、退院後の生活設計、助産券の使用、生活保護の取得の有無、退院時における要支援ケースとしての地域への連絡があったか、養育上の問題・課題、本人の言い分(未受診理由)、未収金について回答を求め、アンケートを開始した平成21年8月時点までのケースを先ず集計し、その後9月から12月までのケースを加えて最終集計とした。前半部分の調査はカルテ残存記録のみであるため、情報量やその正確性には問題があるかもしれないことが予想された。そこで、後半の調査は患者背景などの情報を可能な限り収集するべく協力いただいた。

【調査内容】

  1. 医学的調査
    年齢、経妊回数、経産回数、最終月経、分娩予定日、妊娠週数、既往歴、家族歴、既往妊娠歴、出生体重、性別、アプガースコア、分娩様式、分娩所要時間、NICU入院、産科病名、新生児病名
  2. 社会的調査
    妊娠届け時期、とその遅れた理由、健診の週数と回数、過去の未受診歴、分娩費用支払い、国籍、婚姻関係、家庭環境、生活保護、住民票の場所、違法行為の有無、新生児の養育問題(退院時における要支援ケースとしての地域への連絡)等

【調査実施機関】

大阪産婦人科医会内一次救急問題委員会において実施
委員長 光田信明(OGCS運営委員会委員長)
委員 高木 哲(大阪産婦人科医会会長)
委員 藤本 昭(大阪産婦人科医会副会長)
委員 米田嘉次(米田産婦人科)
委員 久松正典(久松病院)
委員 荻田和秀(市立泉佐野病院)
委員 早田憲司(愛染橋病院)
委員 北田文則(済生会吹田病院)
委員 中後 聡(愛仁会高槻病院)
委員 山枡誠一(阪南中央病院)

調査結果

【1】回答施設

 大阪府内では、年間7万7千件の分娩を約160の施設で行っているが、今回の調査ではその全ての施設へ調査依頼を行い、95施設から調査協力の回答を受けた。調査対象でない医療機関ははじめから未受診妊婦を受け入れたことがない、あるいは受けないとの回答であった。従って、ほぼ大阪府内全域の調査が行われたものと考えられる。結果として28の施設から計152件の未受診妊婦と未受診類似症例33件の報告が寄せられた。一次救急として搬送された18件を含む132件はOGCS加盟病院で、12件は一般診療所が取り扱っていた。また、夜間休日に救急要請し産婦人科一次救急の当番病院に搬送された例が7月のシステム開始以来18件発生している。

【2】発生頻度と地域別分析

 未受診妊婦の発生地域は、その居住地別に見ると、大阪府内1000分娩あたりの未受診妊婦発生頻度は2件程度有り、すなわち『大阪でお産する人の500人に1人は未受診妊婦』と言える。また、地域別の発生頻度では特に大阪市、中河内、泉南地域に未受診妊婦が偏っている。搬送先の医療圏は大阪市と泉南に多いが、これは未受診妊婦の受け入れ実績のある病院があることもその要因といえる。

【3】母体の背景

 未受診妊婦の平均年齢は28.3歳であるが、その分布は13歳から43歳までと幅広く、未成年は24人(15.8%)に及ぶ。未受診妊婦の40%が初産婦であり、未婚は69%に及び、多くが無職などの不安定な就労状況であった。また、母子手帳は43%の未受診妊婦が所持していたが半数以上が所持しておらず、健康保険未加入は18%に上った。国籍をみると、日本人(日本国籍を有し、日本語が理解できる者)は152人中137人とほとんどが日本人であった。本人の最終学歴は聴取出来た者が57例と少なかったが高卒が最も多かった。 パートナーは55人が何らかの形で就労しており、学生が5名、『胎児の父親そのものが誰か不明』『職業が不明』が32人、『無職』と答えたものは14人にとどまった。しかしながら、就労している55人の内訳をみると、非正規雇用と推測されるものが半数近くにのぼり、不安定な就労状況であることが窺える。

【4】分娩事象

 帝王切開率は22%で78%は経膣分娩であったが、分娩時産科医の判断で急速遂娩(帝王切開)になったものが7例であったのに対し、産科医の立ち会わない自宅分娩や車中分娩が13例もあった。母体・新生児の予後からみれば、帝王切開の方が医学的には望ましかった事例も含まれていた。78%が陣痛発来を自覚してから産婦人科へ受診しており、27%が妊娠高血圧症候群などの母体合併症を伴っていた。死産は3例で、調査期間中の周産期死亡率(妊娠22週以降(1994年以前は妊娠28週以降)1000出生あたりの胎児・新生児死亡)は19.7と1970年の周産期死亡率と同等である(2008年の周産期死亡率は4.0)。分娩時、医療介助者の存在があれば、正常新生児として出生出来たであろう不幸な転帰となった新生児も含まれていた。分娩時出血は平均497mlと多く、弛緩出血や子癇・産褥熱などの産褥合併症は13%であった。 胎児への影響が懸念される感染症キャリアは16例あったが、HIVキャリアはいなかった。

【5】新生児事象

 未受診妊婦152例の新生児平均出生体重は2757.7g、推定在胎週数の平均は37.2週でアプガースコアは1分後5分後それぞれ平均7.6/8.5である。一方で前述の如く死産は3例、低出生体重児は26.3%で推定在胎週数36週未満の早産児は13.8%おり、実に31.7%の新生児はNICUに入院となっている。新生児合併症は全体の48 %に上り、NICU入院の児のうち重症新生児仮死が24.2%に上った。また、食道閉鎖や腹壁破裂、脳瘤などの小児外科疾患は7例認め、先天性梅毒などの子宮内感染は16例認めた。一方母乳哺育は83%でされていたが、13.1%(20例)の児が乳児院や里親に引き取られるなど退院後母と分離されている。母と退院した児についても、援助者が『無い』か『パートナー以外の友人に頼む』など十分な保育環境にないと考えられる例が21 %に達している。未受診妊婦の67%が入院中ソーシャルワーカーの介入を受け、26%が助産券の手続きをし、29%が生活保護の申請を行い、59%が要支援ケースとして地域へ申し送られた。DVやネグレクトの既往もしくは危惧があるとされる例も8例あり、乳児健診も受診しないか、健診時、児の体重増加を認めなかった例が10例あった。

【6】妊婦健診を受けなかった理由

 未受診妊婦の聞き取り調査では、『お金がない』『失業し経済的に苦しかった』などの経済的な理由を挙げる者が最も多く33%であった。次いで、『妊娠に気付かなかった』『どこに行って良いかわからなかった』などの身体や社会システムへの無知(知識の欠如)が21%、『育児で忙しかった』『引っ越しで忙しかった』『介護で忙しかった』などの多忙を理由に挙げる者が10%、不倫や離婚など複雑な家庭事情があり受診できなかった者が10 %、『誰に相談して良いかわからない』『相談相手が居ない』など、社会的に孤立していた妊婦が7%、精神疾患の悪化や犯罪で収監されている間に受診機会を失ったなどの者がそれぞれ6%、3%いた。

【7】結果の考察

 平成20年に北海道大学の水上らがおこなったアンケート調査では、北海道の分娩施設115施設中、51施設の回答があり、その頻度(分娩数の0.34%)から、全道の未受診妊婦数を年間145例と推計しているが、その実数や背景は不明な部分が多い。今回の調査では、大阪府内の未受診妊婦をほぼ全数調査し得たと考えられる。その結果年間152例(分娩数の0.20%)の未受診妊婦の分娩が取り扱われ、大阪府で1年間に発生した未受診妊婦の頻度は府内の500分娩に1例であった。ただし、頻度はいわゆる『未受診妊婦』をどう定義するかによって異なってくる。『未受診妊婦』として診療所受診をしたとしても、OGCSを通して紹介転院された場合、『未受診妊婦』ではなく『かかりつけ医のあった妊婦』とみなされてしまう可能性もある。今回の定義では受診回数、受診期間のみで単純に定義しているが、その周辺の事例も存在していた。今後の課題のひとつと考えられる。

 『未受診妊婦』の危険性についての検討からみれば、医学的にも、社会的にも他の妊婦よりもハイリスクであることが立証された。母児に対しての医学的健康被害のもっとも特徴的なことは健康に経過したかあるいは軽度な影響があったと考えられる母児に重大な結果を来していることである。特に避けられた新生児死亡や重度の仮死(将来に渡って重度の精神発達遅滞、脳性麻痺の可能性が予想される)に至っている転帰を見ると、この『未受診妊婦』問題の大きさを実感させられる。この新生児たちは出生の前後を医療介入なしで過ごしたために、このような状態に至ったと推察される。出生の瞬間の医療介入に関して言えば、高度な周産期母子医療センターの医療資源は必要なく、周産期医療の最小限の環境であっても予後は大きく変わったであろうと推察されることが医療関係者として残念に感じるところである。

 未受診妊婦の実に69%は周産期学的ハイリスク群で、続発した母体・新生児合併症のいくつかは予防できたと考えられた。中には、重症の心不全・肺水腫で高度救命センターへ搬送されてきたところ妊娠が発覚したケース、偽名で入院し本名や背景を全く話さず新生児を置き去りにして自己退院し行方をくらませたケース、ホテルで覚醒剤を使用中に逮捕され妊娠が発覚、新生児は覚醒剤の離脱症状があり治療が必要だったケースなど、その施設の通常業務を停止して対応せざるを得ないような事例があった。また、ソーシャルワーカーが奔走せねばならない事例、刑法にもとる行為のため他の妊婦と同室に収容し得ない事例となった未受診妊婦が報告された事は極めて印象深い。更に大阪府における未受診妊婦における周産期死亡率は19.7で、これは40年前と同等である。低出生体重児や早産児、NICU入院も多く、未受診が新生児にも極めてリスクの高い事象であることが裏付けられた。周産期死亡率は2008年に全国4.3、大阪4.0であるので、相当ハイリスク群であることがわかる。ちなみに、40年前の妊産婦死亡(10万分娩あたり)はおよそ50である。これは2000分娩に1回、母体死亡が起こることになる。日本全国での分娩をおよそ100万分娩とすると、今回の大阪府における発生頻度を当てはめると未受診妊婦は2000人となる。すると現在全国において未受診妊婦から年間1例の母体死亡が起こっていることになる。現在全国の妊産婦死亡は年間40人程度(10万分娩あたり4程度)であるので、決して稀な事例と見なすわけにはいかない。

 『未受診妊婦』の背景には経済的貧困も大きく関わっている。経済的要因は33%となっているが、逆に67%に問題がないというわけではない。ケースバイケースではあるものの、個人的背景、家庭的背景、社会的背景が複雑に絡み合っている。特に非合法要因が絡む事例は今後も対応は困難が予想される。不倫関係であるが故に妊婦健診を受けることができず、経済的にも苦しいという事例はある。『妊娠に気づかなかった』などはどこまで本人言を信用するかという問題もある。親と同居の未成年の妊娠などは家庭内でのコミュニケーションの問題を考えざるを得ない。同様のことは地域コミュニティーの問題もあるかもしれない。都市部では隣人の死亡さえ気付かれないこともある。まして妊娠かどうかは家族、隣人にも秘匿できるのかもしれない。あるいは相談者がいないという妊婦の孤立要因かもしれない。また母体の成育環境においても貧困、生活保護、両親の離婚、母子家庭、虐待が存在している。母体が妊娠した場合にも同様の状況となり『負の連鎖』とでも呼ぶべき事例もある。『負の連鎖』は複数の要因が絡む『横の連鎖』と『縦の連鎖』である『世代間連鎖』が懸念される。

 また出産後も保育環境は厳しいと言わざるを得ない。その背景には経済的事情のみならず、母子の孤立や無知など社会的弱者へ十分な福祉サービスが届いていない現実があると考えられる。無知の背景には『妊娠・出産の安全神話』も関与しているかもしれない。医療関与のない『未受診妊婦』は本来危険性があるにも関わらず、『妊娠・出産の安全神話』を拠り所に自己判断で自己の行動を正当化している可能性もある。これらは、我々医療関係者さらには行政も含めて、妊娠・出産本来の危険性を啓発、広報、教育しなければならない使命もあることを示している。母児への危険性が認識されれば、問題があるにしても相談のきっかけには成ることが期待できる。

 医療機関側のリスクとして調査票に記入されたものだけで250万円以上の未収金も発生している。これらのケースは未受診妊婦が限られた医療資源に負担をかけ、他の妊婦への影響を懸念せしめ、あるいは今後事故や事件に発展する可能性も想定すべきものでもある。

 『未受診妊婦』問題は自己責任論では済まされない。胎児・新生児の自己責任でないことは明らかであり、社会は少なくとも胎児・新生児の権利の尊重・確保をしなければならない使命がある。親には親権があるが、新生児の生存権を脅かす権利がないことは自明である。もし、このような状況で新生児の生存権が脅かされるとすれば、これは虐待に通じる問題であるという認識を社会全体が共有すべきである。さらにこのような事例が増加すれば、既存の周産期医療システムの運用にも影響しかねない問題であるとの認識も必要である。従って、母体と胎児の保護が出来るべく関係者一丸となってこの問題に取り組む必要がある。

 さらに未受診妊婦による妊娠出産は、最終段階で医療介入があったとしても40年前の周産期死亡率となってしまっている。このことは、改めて『妊娠・出産』は本来危険性を抱えているものであり、適切な医学的関与のある周産期管理が必要であるという再認識に繋がるものである。

【おわりに】

 今回の調査結果から、未受診妊婦は医学的にも社会的にもハイリスクであることが実証された。医学的には母児の予後、特に新生児予後に大きな影響を与えていた。予後不良であった多くの事例では妊婦健診を受けて、医療機関での出産でありさえすれば、予後良好であったことが推察される。これらの結果からは妊娠・出産そのものに内包されている危険性が「未受診妊婦」により顕性化したものとも考えられる。まさに、妊娠のいわゆる『安全神話』は幻であり、現在の周産期医療がいかに優れた成果をあげているかの裏返しとも言える。医療機関の現場からみれば、突然に医学情報のない妊婦が周産期医療の現場に発生するわけで周産期医療資源を予定外に使うことになる。このような事例が増加することになれば、本来受けられる医療サービスを受けられない母児が発生する可能性がある。胎児・新生児死亡は児の将来を摘み取るものであるばかりか、新生児仮死による後遺症も生涯に亘る大きな禍根を残すことになる。将来に渡って、医療機関から退院は困難であろうと予想される事例もあり、このまま見過ごすことはできない。見方を児の側からみれば、胎児・新生児虐待ともなり得る危険性が大いに懸念される。社会的には貧困、無知、非合法活動、違法薬物、複雑な婚姻関係、外国籍、若年妊娠などなど種々の状況が混在しており、保健医療の側面からだけでは解決困難な、まさにわが国が抱える社会的課題の象徴的な現象といえる。

 最後に、未受診妊婦問題の解決に繋げていくための提案をしたい。

 ひとつには、実態把握の続行である。今回の調査では、できるだけ多くの事例を集めるため、大阪府内すべての産婦人科医療機関に対して調査を行ったことから時間的な制約等により、未受診妊婦が抱える社会的要因、言い換えれば、なぜ妊婦健診未受診に至ったかについて詳細に調査できなかったところがある。未受診妊婦一人ひとりが抱える背景はそれぞれ複雑であり、個々の事例をより詳しく把握することにより、課題を明らかにすることが可能と考えられる。

 ふたつめには、未受診妊婦を防止するための支援策を検討する場の設定についてである。調査結果からも明らかなとおり、未受診妊婦はさまざまな要因が重なり未受診となっている。支援策の検討にあたっては、医療・保健、福祉、教育など組織の枠を超えた対応が必要となってくる。新しい支援の枠組みの模索や、現在ある諸制度の拡充・活用と併せて、広く府民に対する普及啓発が求められており、そのための検討の場が必要である。

報告書を終えて

 大阪府から最初に本調査事業の依頼があった際は、『未受診妊婦』は『経済問題』の延長線上という認識が強かった。しかし、実際は混沌とした『事情』を背景に、母体と新生児にしわ寄せが及んでいる実態が浮き彫りにされた。社会、世相の縮図がこんなところから見えるという状況であった。今回の調査から見えてきたことに対して有効な『処方箋』を打ち出すことは、そう簡単にはいかないという認識をもつことから始めるしかない。対応策というよりも、真の実態把握と、個別のきめ細かい支援の試行錯誤となることが予想される。ただ、そんな状況下であっても母体の健康と将来を担う子供達の健康を願わずにはいられない。

大阪産婦人科医会内一次救急問題委員会

このページの作成所属
健康医療部 保健医療室地域保健課 母子グループ

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