未受診や飛込みによる出産等実態調査について(2013年調査報告(平成25年度))

更新日:2015年1月27日

1 .目的

【はじめに】

 大阪府未受診妊婦調査は今回で5回目である。昨年までの報告書にはすでに何度も触れたが、年間報告事例の減少には至っていなかった。過去の報告書によって明らかにされた《未受診妊娠》と《児童虐待》の関連性は私達の想像以上に一般社会(マスコミを含めて)、学会、行政に浸透していっているようである。度重なる報道・マスコミの取材も受け、学会、研修会にも招請講演依頼が来た。当然ながら、事例報告から明らかになった事はこうした社会問題への対策という次元に進展して行かねばならない。すでに判明している事であるが、《未受診妊娠》が《受診妊婦》になったとしても解決しない問題点が多数存在する。その解決に踏み込むには関係者の情報の共有と継続支援が必要であろうという思いから大阪産婦人科医会として平成24年9月に『妊娠等の悩み相談援助事業』を開始した。その成果が出始めた(と信じたい)結果として、今回の報告書では大阪の《未受診妊娠》はピークを過ぎた可能性が示唆された。

 1 回目報告書(152例)においては、大阪府における未受診妊娠の発症率が初めて明らかとなり、〈社会的問題〉であると同時に〈医学的問題〉であることが数字で示された。

 2 回目報告書(148例)においては《未受診妊娠》と《児童虐待死亡事例》の背景因子が非常に類似していることが示された。さらに、未受診妊娠で出生した子どもたちがその後児童虐待を受ける事例が多数報告された。

 3 回目報告書(254例)においては、《未受診妊娠》と《児童虐待》同時発生事例の詳細が集積された。さらに報告事例数の大幅増が関係者を驚かせた。

 4 回目報告書(307例)においては《未受診妊娠》であっても、分娩に産婦人科医療機関が関与すれば、新生児の予後は格段に改善することが示された。

 このような段階を踏まえて、大阪では《未受診妊娠対策》が開始されている。保健・福祉行政と周産期医療関係者の出来る事から開始するという姿勢で今年度大阪府委託事業として、様々な未受診妊娠対策を実施した。今回の報告書(285例)では調査結果の分析とともに、これらの取り組みについても紹介した。

【目  的】

 報告事例数減少を期待した5 年目の調査であった。従って、事例数の推移は大きな目的ではあった。ただし、今回の調査では、対応・支援システム構築を念頭に置いた報告書を目的とした。中でも周産期医療と保健・福祉行政(要保護児童対策地域協議会等)との円滑な連携を意識した取り組みを紹介することを目的とした。

2 .調査方法

【調査対象】

 大阪府内の全産婦人科医療機関へのアンケート調査、個票調査を行う。

【調査対象期間】

 平成25年1 月1 日から12月31日までとする。
 紹介事例についても、対象期間に限定し、現場での対応が見えるような詳細報告とした。

【定  義】

 今回の調査に当たり、過去4 回と同様に未受診妊婦を以下のように定義した。すなわち

  1. 全妊娠経過を通じての産婦人科受診回数が3 回以下
  2. 最終受診日から3 ヶ月以上の受診がない妊婦

 のいずれかに該当する場合とした。

【医療情報の収集】

 大阪府内の産婦人科医療機関にアンケート調査依頼をした上で協力医療機関から詳細情報を得る。カルテベースで情報収集をはかる。その際個人情報について漏出無きよう徹底した。調査に協力頂けなかった医療機関は、過去に未受診妊婦を受け入れたことがなく、今後も受け入れないということで調査対象には入っていない。厳密にゼロであったか確証はないものの調査協力医療機関における今回の調査は大阪府内における1 年間の全数把握を反映しているものと考えてよいと評価している。

 具体的事例調査は今年度も調査期間を同じくした。これも個人情報について漏出無きよう徹底した。

【倫理審査】

 大阪府立母子保健総合医療センターにおいて倫理審査を受け、許可された。

3 .調査内容

【調査準備】

 調査は個人名や分娩日などの個人情報を伏せた形で行い、未受診妊婦の推定分娩週数、発生元医療圏、搬送先医療圏、搬送先施設名、分娩時年齢、経妊、経産、国籍、現在の居住地、現在の職業、婚姻の有無、最終学歴、パートナーの国籍、パートナーの職業、健康保険加入、既往出産時の異常の有無、今回妊娠での母子健康手帳交付の有無、母子健康手帳に関するコメント、受診回数、今回の妊娠での産婦人科初診週数、今回の妊娠での産婦人科受診回数、既往歴、合併症、常用薬、感染症、その他患者背景で特記すべき事項、初発症状、分娩様式、帝王切開の場合その理由、新生児体重、アプガースコア1 分後・5 分後、新生児合併症、新生児NICU入院の有無、出血量、分娩時合併症、その他分娩前後の特記事項、産褥合併症、母乳哺育の有無、ソーシャルワーカーの介入の有無、退院後の本人の行き先、母児分離の有無、退院後の乳児の行き先、家庭内の援助者、退院後の生活設計、助産券の使用、生活保護の取得の有無、退院時における要支援ケースとしての地域への連絡があったか、養育上の問題・課題、本人の言い分(未受診理由)、未収金について回答を求め、アンケートを開始した平成24年1 月から12月までのケースを集計した。

 問題事例に関しては、複数病院の医療ソーシャルワーカー(MSW;Medical social worker)と医師で話し合いの場を持ち、その結果から共通フォーマットで問題点の整理を図ることにした。

【調査内容】

  1. 医師記入項目
    年齢、妊娠回数、出産回数、流産回数、死産回数、今回の妊娠の状況、過去の妊娠・出産、上の子どもの発達、合併症、通院状況、初診妊娠週数、受診回数、感染症、初発症状、分娩週数、分娩様式、新生児体重、アプガースコア、新生児合併症、NICU入院、出血量、分娩時合併症、産褥合併症、母乳哺育等
  2. 医療ソーシャルワーカー記入項目
    ソーシャルワーカー介入の有無、国籍、居住地、居住形態、最終学歴、職業、婚姻状況、パートナー状況、家族構成、医療制度、福祉制度、収入、生活保護、助産券、未収金、母子健康手帳、未受診理由、アルコール・たばこ、薬物、生育歴、育児歴、母児の退院後の行き先、援助者・相談者、関係行政機関、生活設計、子どもへの想い、子育て不安、次回妊娠等
  3. 問題事例調査項目
    助産券、先天奇形、出生届、本人の理解度、居住地の問題、行政の問題、家庭内での虐待・ネグレクト、未収金、避妊、特記事項、施設の取り組み等

【調査実施機関】

大阪産婦人科医会内安心母と子の委員会において実施
 委員長 光田 信明(大阪産婦人科医会理事)
 委 員 高木  哲(大阪産婦人科医会会長)
 委 員 志村研太郎(大阪産婦人科医会副会長)
 委 員 谷口  武(大阪産婦人科医会理事)
 委 員 荻田 和秀(大阪産婦人科医会理事)
 委 員 北田 文則(大阪産婦人科医会理事)
 委 員 早田 憲司(愛染橋病院)
 委 員 中後  聡(愛仁会高槻病院)
 委 員 中村 哲生(市立住吉市民病院)
 委 員 岡田 十三(愛仁会千船病院)
 委 員 山枡 誠一(阪南中央病院)

 医療ソーシャルワーカー(MSW)&看護職員
 川口真理子(済生会吹田病院地域医療支援部)
 北出  泉(りんくう総合医療センター医療相談室)
 上原  玲(愛染橋病院医療サービス部医療福祉相談室)
 青木 興子(阪南中央病院医療福祉連携部)
 和田 聡子(大阪府立母子保健総合医療センター)
 斉藤 りさ(愛仁会千船病院地域医療科)
 田口眞規子(愛仁会高槻病院地域医療部医療福祉相談)
 中辻  潔(市立住吉市民病院)

4 .2013年度調査結果

【1 】回答施設

 大阪府内では、年間約7 万5 千件(最近では7 万3 千件)の分娩を約150の施設で行っているが、今回の調査でもその全ての施設へ調査依頼を行い、28の施設から計285件の未受診妊婦の報告が寄せられた。

 前年と比較すると22件の減少であり、未受診妊娠事例件数は頭打ち(底を打った)状況と考えてもよいかもしれない。1 施設からの最大報告数も54件から43件に減少していた。全体のうち272件(95.4%)はOGCS加盟病院(24施設)で、13件は一般診療所・病院( 4 施設)が取り扱っており、最も多い病院では、年間43例の未受診妊婦を取り扱っていた。OGCS加盟病院受入推移を見てみると、2009年:132/152(86.8%)、2010年:136/148(91.9%)、2011年:236/254(92.9%)、2012年:291/307(94.8%)であり、傾向的にはOGCSで受入が進んでいる事が今回も示された。居住地は昨年度報告書において不明が膨大(161/307(52.4%))で関係各位にご迷惑をお掛けした。従来、調査の限界としていたが、今回は再調査を実施し正確を期した。

 その結果、不明は6/285(2.1%)に出来た。他府県は15/285(5.3%)であったが、過去4 年分16/861(1.9%)に比して多い。これは、データの正確性を挙げたために浮き彫りになった可能性と、社会的リスクを抱えた妊婦さんの移動が増えた可能性がある。他府県からの未受診妊婦さんである場合には、市町村における妊婦健診公費負担、助産券等の行政サービスを受けにくい等の課題がある。

【2 】発生頻度

 今回調査でもおよそ250分娩に1 回(73000/285=256)の未受診妊婦報告があった。調査開始以来始めて減少した可能性をお示し出来たと考えている。但し、すでに指摘しているように報告数の多寡が本質的な問題ではない。《未受診妊娠》の減少は社会的ハイリスク妊娠対策としては進歩(成果)ではあるが、ゴールではない。むしろ健やかな成育環境への支援の始まりである。そのような視点に立てば、もし、未受診妊娠・飛び込み出産の減少が事実だとすれば、各種支援が及び始めた証しという検証も成り立つ。それらを明らかにしようとすれば、いずれにしても、次年度以降の推移にかかっている。

【3 】母体の背景(分母は不明を除いている)[ ]内は昨年の数字

 以下にお示しした調査結果のうち数字部分は[ ]内に昨年度のものを残しておいた。経年比較にと試みたが、驚くほど似通った結果であった。この点も確認いただければ、より理解が深まると考え併記した。未受診妊婦の平均年齢は27.1±7.7歳[27.6±7.7歳]であった。その分布も昨年同様13歳[13歳]から45歳[46歳]までと幅広く、未成年は50/285(17.5%)[57/300(19.0%)]であり、従来と大きな変化はなかった。

 さらに、従来と同じく、未成年(あるいは24歳以下)と35歳以降に二つのピークがあり、全体の分布も本邦の全体の分布に比して若年にシフトしていた。多産婦( 4 回以上)は31/285(10.9%)[37/300(12.3%)]であり、多産婦のうち35歳以上は18/31(58.1%)[19/37(51.4%)]となった。初産婦は117/285(41.1%)[124/300(41.3%)]であり、未婚は159/240(66.3%)[163/241(67.6%)]であった。家庭環境の複雑さや未成年等を反映してか未婚の多さは特徴でもある。分娩様式は帝王切開:16.1%[16.9%]、経腟分娩:8.8%[83.1%]であり、2009年:22%、2010年:20%、2011年:20%、2012年:16.9%という推移からみると、さらに減少していた。このことは、医療介入が早期に行われれば、医学的予後が改善する(帝王切開が減る)という現れととらえることも出来る。しかし、新生児の予後、現在の産科の方針からみれば医療介入があってしかるべき、あるいは医療介入があれば新生児の予後が変わったかもしれない事例は依然として存在している。

 母体の職業の有無は、正規雇用が確認出来たのは13/285(4.6%)[13/307(4.2%)]、非正規雇用を加えても、68/285(23.9%)[48/307(15.6%)]である。同様にパートナーの正規雇用も、42/285(14.7%)[29/307(9.4%)に確認されるのみで、30/285(10.5%)[41/307(13.4%)]は完全に無職であった。生活保護を受けていたのは、84/285(29.5%)[85/307(27.7%)]であった。助産券は、89/285(31.2%)[87/307(28.3%)]で取り扱われた。これらの経済的状況も大きな変動は無かった。経済的には貧困という問題は依然として存在はする。しかし、医療機関・保健・福祉による各種支援を拒否(忌避)するかのような事例も見られる。今後の課題は支援の内容もさることながら、母児との連携方法を検討しておかないと届かない支援で終わる可能性がある。

 推定分娩妊娠週数(分娩予定日が不明のため)は、推定( 6 件は不明のまま)[(31件は不明のまま)]したものでは49/279(17.6%)[50/276(18.1%)]が早産に終わっていた。外国籍は、5/285(1.8%)[7/307(2.3%)]であった。分娩前に母子健康手帳取得例は、186/285(65.3%)[167/307(54.4%)]であった。2011年:127/254(50.0%)、2010年:67/148(45.3%)であり、年々増加している。これは喜ばしい事ではあるが、逆のとらえ方も出来る。つまり、《未受診妊娠》から発生する諸問題への対応の困難さを示している。

 母子健康手帳を取得していれば、妊婦健診公費負担が受けられ、産科補償制度があり、出産育児一時金直接支払制度を利用することも妊婦さんは知る事が出来る。しかし、そのような状況が整備されていても、依然として本報告書に事例として出てくる事になってしまった訳である。母子健康手帳を取得しているにも拘わらず、未受診となってしまう状況を我々は考えなくてはならない。母子健康手帳を取得するためには、少なくとも1 回は行政の保健窓口には接点があった事になる。このことだけでも、保健行政と医療の連携に課題がある事は想像に難くない。こうした事態の意味する所は(正しくは分析出来ないが)、少なくとも、金銭的支援は問題解決には必須ではあるが、十分ではないということを意識しておく事は支援者側には必要かもしれない。

 未受診となった理由は、経済的問題がもっとも多かったが、それでも29%[29%]で例年と大きな変化はない。このことは前述の母子健康手帳取得状況の意味する所とオーバーラップする。医療・保健・福祉の連携が支援の要ということを強調しておく。

 「生まれた子どもに対しての感情」は、昨年と変わらず59%(不明を除くと87%)[56%(不明を除くと88%)]が「かわいい」と感じていた。しかし、「かわいい」と感じることの出来ない母親が依然として26/285(9.1%)[23/196(11.7%)]存在している。2012年:11.7%、2011年:14%に比べて減少傾向が見られ方向性としては喜ばしいと考えたい。おそらくは関係者の手厚い支援の成果の現れではないかと考える。

<未成年(19歳以下)妊婦の背景>

  • 「予定外の妊娠」:31/50(62.0%)[34/57(59.6%)]で、20歳以上の133/235(56.6%)[123/250(49.2%)]より高い割合を占める。予定外妊娠が未受診妊娠となる事はまだ理解しやすいが、予定通りの妊娠であっても未受診妊娠になってしまう事例はより複雑な背景を想起させる。
  • 「在学中」:13/50(26.0%)[14/57(24.6%)]
  • 「パートナーも未成年」:16/50(32.0%)[20/57(35.1%)]
  • 「主な未受診理由」:家族に言えず、どうしていいかわからなかった:14/50(28.0%)[10/57(17.5%)]

 この部分の結果も大きな変化はなかった。未成年の問題は経済的基盤がなく、家族にも相談できず、知識の欠如などが多く、成人とは別に対策を考えていく必要はあろうと感じる。教育関係者と情報を共有する必要性を強く感じるところである。いわゆる性教育の必要性ももちろんであるが、事実として妊娠して出産するしかない状況の未成年者に対しての支援策は別個のものが必要と考えられる。産まれてくる赤ちゃんの成育環境も考えなければならないし、母親となってしまった未成年が成人として成長していくための環境整備も必要である。この未成年(10代)の未受診妊娠対策は成人とは別個に考える必要性を感じてしまう。

【4 】分娩事象(分母は不明を除く)

 分娩様式は帝王切開:46例[44例]、経腟急速遂娩:16例[14例]、経腟:223例[203例]、不明: 0 例[46例]であった。帝王切開率は16.1%であり、帝王切開と急速遂娩は46+16/285(21.8%)[44+14/261(22.2%)]になる。これは少なくとも医療介入しなければいけない分娩が最低これだけということになる。

 妊娠高血圧症候群などの何らかの母体合併症は83/285(29.1%)[86/307(28.0%)]であり、今回の調査でも過去と同様の母体の精神疾患が20例と[29例]多く報告された。死産は5 例[ 6 例]で、調査期間中の周産期死亡率(出生1000あたり)は17.5[19.5]であり、依然として高水準であった。何らかの医学的新生児合併症は25/280(8.9%)[16/303(5.3%)]となり、昨年よりは上昇した。今後の推移を見てみないと評価は難しい。弛緩出血や子癇・産褥熱などの産褥合併症は19/285(6.7%)[17/307(5.5%)]であり、これも若干の上昇ではあった。胎児への影響が懸念される母体感染症は37/285(13.0%)[39/307(12.7%)]であり、昨年度とほぼ同様であった。

【5 】新生児事象(分母は不明を除く・双胎2 組含む)

 未受診妊婦生存児281例[303例]の新生児平均出生体重は2,800g[2,853g]、推定在胎週数の平均は37.8週[38.1週]であり、昨年と同様であった。アプガースコアは1 分後(≦ 7 ):32/281(11.4%)[25/303(8.3%)]、5 分後(≦ 7 ):11/281(3.9%)[7/303(2.3%)]であった。5 分後アプガースコア(≦ 7 )は2009年:13/137(9.5%)、2010年:14/148(9.5%)、2011年:8/251(3.2%)、2012年:7/303(2.3%)あったので高いレベルではないが、上昇していた。死産は5 例[ 6 例]、低出生体重児(<2500g)は55/251(22.0%)であった。NICU入院は2009年:43/137(31.7%)、2010年:40/148(27.0%)、2011年:57/250(22.8%)、2012年:59/303(19.5%)、2013年:73/281(26.0%)であった。これも、上昇していた。
 子宮内胎児発育不全などの新生児合併症(低アプガースコアと早産は除く)は2009年:46/137(33.6%)、2010年:11/148(7.4%)、2011年:17/250(6.8%)、2012年:16/303(5.3%)、2013年:25/281(8.8%)と漸次減少傾向が止まっていた。
 新生児の短期的予後を見ると、2012年までは毎年確実に改善していたが、今年度は上昇した指標もあった。

 昨年度の分析では『新生児予後の改善は妊娠・出産が本来内包している危険性が防止されたことになる。その主な要因は医療機関での分娩が行われたことや、たとえ分娩直近の受診であっても事前の妊婦健診が実施された結果と考えられる。このことは、妊婦健診の実施、医療機関での出産、事前の生活支援等の成果が現れてきた証左と捉えたい。』としていた。今年度の新生児指標の悪化については単年度の結果のみから判断することは方向性を誤ってしまうかもしれないので断定的には分析しにくい。しかし、早産でも49/279(17.6%)[50/276(18.1%)]と大きな変化がなく、多数がOGCS病院の取扱いということを考えれば、今年度は次年度の推移を見た上での分析を待ちたいと考える。死産件数は毎年1000出生あたり20前後で変化がない。その多くは、子宮内胎児死亡というよりは出産直近での死亡が見られる。医療機関の関与によっては予後の変化が考えられる部分であり、今後の課題としたい。

【6 】妊婦健診を受けなかった理由

 妊婦健診を受けなかった理由としては、複数回答可能として聞き取り調査を実施した。その結果は、例年通りであり、「お金がない」「失業し経済的に苦しかった」などの経済的な理由を挙げる者が最も多く29%[29%]であった。次いで、「知識の欠如」:18%[21%]、「妊娠に対する認識の甘さ」:13.0%[16%]、「精神疾患の悪化や犯罪で収監されている間に受診機会の消失」:11%[ 5 %]、「妊娠の事実の受容困難」: 8 %[11%]、「家庭事情」: 9 %[ 9 %]、「多忙」: 6 %[ 5 %]、「社会的孤立」: 6 %[ 4 %]であった。「精神疾患の悪化や犯罪で収監されている間に受診機会の消失」は5 %から11%と倍増している。詳細は調査の限界があるが、妊婦の心の問題が深刻化している事が危惧される。

5 .2009 から2013年度調査結果

 5年間の集計である。152+148+254+307+285=1146例が報告された。もちろん規模・期間において本邦で最大の調査となっている。昨年も増加(前年から53例増加)となっており、今年度の報告数は年度始めから関係者は注視していた。一部、医療機関から報告が漏れている可能性はあるものの、少なくとも事例数の増加は起きていないと考えてよさそうである。OGCS加盟病院受入推移を見てみると、2009年:132/152(86.8%)、2010年:136/148(91.9%)、2011年:236/254(92.9%)、2012年: 291/307(94.8%)、2013年:272/285(95.4%)であり、OGCS受入が定着したと考えてよい。この要因として考えられることは大阪産婦人科医会の各種取り組みが《未受診妊娠》問題への理解を進め、医療と行政の連携が地に着いてきた証しと考えられる。

 居住地別の報告数については、2009年:5/152(3.3%)、2010年:64/148(43.2%)、2011年:90/254(35.4%)、2012年:161/307(52.4%)という居住地不明の増加は調査の信頼性にも関わりかねない懸念もあった。今年度の重点項目と考え、再調査も加えた。その結果、不明は6/285(2.1%)であった。一方で、他府県は15/285(5.3%)であったが、過去4 年分16/861(1.9%)に比して多く報告された。これは、前述したようにデータの正確性を挙げたために副次的に出てきた可能性と、社会的リスクを抱えた妊婦の移動が増えた可能性がある。他府県からの未受診妊婦である場合には妊婦健診補助事業、助産券等の行政サービスが受けにくい等の課題もある。

 年齢分布については、従来指摘してきたように、19歳をピークとする若年層群と30歳代後半群の2峰性がある。事例数の増加のせいか2峰性がより鮮明になってきた。《未受診妊娠》対策は従来から個別対応の必要性を指摘してきたし、今後も変わらない。但し、未成年を中心とした一群と35歳以降の一群があることは一貫して見られており、支援体制の中で何らかの配慮が必要ではないかと感じる。特に未成年の場合、妊婦自身が生徒・学生である場合も多く、教育関係者との連携は欠かせなくなってくる。産まれてくる赤ちゃんの成育環境支援はもちろんであるが、母親自身の成育環境支援も同時に考慮されなければならない。そこで後述するが、大阪産婦人科医会では教育関係者対象の研修会も開催した。今後の支援策の開始と考えている。

 さらに、すでに指摘したところであるが、この2 峰性は児童虐待死亡事例との大きな類似性がある。さらに階層分布から判明していることは左シフト(若年側に山がある)していることである。0 日・0 か月児死亡事例の実母年齢(子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について第9 次報告)を以下に示す。

0日0か月死亡事例の実母年齢(子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第9次報告))

 従来の指摘通り、若年層と高齢層の2峰性の存在が似通っている。まったく同一ではないものの、症例数の違いもありやむを得ないと考えられる。ここからも“未受診妊娠”と”児童虐待”の背景の類似性が指摘できる。

 分娩様式については、おおむね帝王切開は2 割弱であった。本邦の妊婦の頻度からみれば平均に近いと考えられる。分娩週数の分布については、不明分がどうしても多くなってしまうので、早産率を正確に出す事は出来ないが、平均的と考える。未受診になった理由については、例年通り経済的支援の必要性は必須であるが、妊娠・出産の知識の啓発、支援体制、相談体制、支援窓口の紹介などの広報活動の必要性が見えてくる。今年度は、これらの支援体制構築を実現するために後述の研修会、ホームページ開設等の新規事業を推進した。

 本人及びパートナーの就業・家計状況については、妊婦あるいはパートナーのみで経済的に日常生活を成立させていく困難さを想像してしまう。生活保護、女性支援センター等の公的資金を主体に生活を継続している事例もある。その上、仮に周りが支援しようとしていても拒否したり、避けようとした行動が見られる事もあり関係者の苦労が想像される。

 助産券は、2009年:37/152(24.3%)、2010年:49/148(33.1%)、2011年:89/254(35.0%)、2012年:87/307(28.3%)、2013年:89/285(31.2%)の利用であった。これは大きな変化は見られなかった。

 母子健康手帳取得状況については、2009年:57/152(37.5%)、2010年:107/148(72.3%)、2011年:198/254(78.0%)、2012年:238/307(77.5%)、2013年:240/285(84.2%)であった。始めて、80%を超えたが、これに意味があるのかも今後の推移にかかっている。母子健康手帳を取得しているにも拘わらず、未受診妊娠事例として登録されるに至った状況がこの問題の本質の一面ということの反映かもしれない。

 母体合併症については、2009年:58/152(38.2%)、2010年:45/148(30.4%)、2011年:72/254(28.3%)、2012年:86/307(28.0%)、2013年:83/285(29.1%)であり大きな変動はないと考えられる。最大の問題は母体の精神疾患である。5 年間で101/1146(8.8%)が報告されている。ここでいう所の精神疾患は統合失調症、双極障害といった古典的精神科的疾患というよりは、パニック障がい、うつ状態、パーソナリティ障がいといったものが多い。このため投薬を受けていないとか、精神科受診しても精神疾患ではないと判断されるような場合もある。現在、医療現場のみならず、社会的に“こころの問題”が意識されている。産科領域では古くからマタニティーブルー、産褥うつ病等のメンタルヘルスケアが検討されてきた歴史がある。しかし、昨今の社会的ハイリスク妊娠の背景にある“いわゆる精神疾患”は診断、治療(対応)に効果的な対策が追いついていない状況がより鮮明になってきている。飛び込み出産が減ってくれば、未受診妊娠に対しては自ずと関係者は長期間妊娠中に対応することになる。妊娠中に関わる時間・期間が長くなればより充実した支援が出来そうであるが、このことがかえって“関係者のこころの疲労”を呼んでいる事例も見られる。今後は、医療機関、行政の支援関係者のこころの負担にも積極的に目を向けていく必要性を強く感じている。産褥合併症については、例年と大きな変動はない。本来健康な妊婦が多いので、医療介入後の問題はそれほど多くはない。

6 .2013年度個別事例調査結果

【事例1 】

 10代妊娠、未婚、母子家庭、パートナーとは連絡が取れない、乳児院 全くの未受診で、自宅出産し本人が救急要請、当院へ搬送された。分娩後母児共に身体的に問題はなかったが、未受診であったため児は小児科入院となった。

 搬送後すぐに助産師よりMSWへ連絡があり、介入となる。

 本人、母と面接。「赤ちゃんを育てていけそうか」との問いに本人は「無理」と即答、母は、基本的には本人の意志に任せるとのことであった。その時点での方向性は明確であり、児の預かり先について子ども家庭センターへ相談することとなった。MSWより子育て支援室・保健センターへ連絡、同日母が児の預かり先の相談と母子健康手帳の発行をしてもらいに行くこととなった。

 入院から4 日後、子ども家庭センターの職員が来院、本人・母と面接。本人は当初より気持ちが変化してきており、「将来的には育てたい。養子には出したくない。」との意思を示した。ただ、自分も働く必要があり、母に迷惑もかけられないので今すぐ児を連れて帰ることはできないとの判断をし、一旦は乳児院への入所を希望、受入調整をしてもらうこととなった。

 乳児院へ退院となるまで児は小児科にて入院扱いとした。

【MSWの所感・課題】

 母以外の身内がいない、社会的なつながりが希薄な家庭であったと思われる。しかし児の処遇について、本人は若年とはいえ現実的な判断をし、関係機関を受け入れる姿勢を示していたためMSWとしては介入しやすかったと感じる。

 課題としては、今回はたまたま日中の搬送であったため即対応可能であったが、分娩が休日・夜間の場合、MSWが不在であったり関係機関も休みであったりするので、助産師や主治医が対応困難となる点である。分娩の入院期間が短期間である上に、飛び込み出産のケースは事前情報が何もないため、分娩後に全て動き出さなければならず、このような点が今後の課題と思われる。

【事例2 】

 20代、知的障がい、特定妊婦、借金、暴力、手続き拒否、児童相談所、生活保護
 当院初診日に、保健師より、「前居住地から『特定妊婦』と移管があり関与していく」と連絡があった。児童福祉担当者からも、「受診翌日に保健師と自宅訪問したが育児物品は揃っておらず、助産制度申請手続きも夫婦では困難な印象」と報告があった。

 MSW初回面談において、本人には出産・育児イメージの乏しさ、理解力や判断力の乏しさが目立った。夫は、「収入不安定で預貯金なく、所持金も些少だから育児物品も産後に買う」と話す一方で、「産後すぐ転居する」とも話した。

 妊娠10か月に高血圧で入院が必要となったが、夫婦ともその場で判断できずに数日後に入院となった。入院中に育児物品の確認を保健師と医療機関とで行ったが、口頭では毎回夫の言う事が変わるので実物の確認を双方で行った。その結果、適切な物品を準備できていないことが判明したので、保健師・医療スタッフで指導を繰り返し、他の家族の協力も得て何とか準備を整えた。

 その後、本人・夫・家族とMSW面談。面談中、借金の話になったところで、夫が激昂し、家族に暴力をふるった。その後、夫から「無職となった」と聞いたので、保健師とMSWとで各々生活保護申請を再三促した。

 ベビーは出生数日後に治療が必要となり入院管理となった。入院中、本人はスタッフの見守りが欠かせないほど抱っこが危うく、調乳等もできない状況であり、夫には逆にベビーへの荒い手技が目立った。

 産後になって夫が生活保護窓口で相談したが、その後の手続きに拒否的になった。

 本人の退院後もMSWが数回面談した。生活保護申請を再度勧めた。しかし、これを拒否したため、生活基盤が整うまで乳児院に預けることを提案した。夫は頑なに拒否し、「育てられなくなったら俺が子どもを殺す」という返答もあった。児童相談所にこの状況を伝えた結果、ベビーは退院と同時に職権保護となった。

【MSWの所感】

 今回、市区町村からの情報提供も含め、その後のケースの把握・情報共有をスムーズに行うことができた。細やかな情報共有によって本人たちに統一した対応と援助ができたこと、問題や課題が経過の中で明確になりカンファレンスで児童相談所へも要点をまとめて伝えることができたので、連携がうまくいったのではと思う。

 この事例で知的障がいを抱えている親を取り上げたが、親が障がいを抱えていても、育児を適切に支援してくれる人が周囲にいて、支援を拒否することなく受け入れられる等の好条件が揃えば、育児に支障があると判断するものではない。知的障がい等の有無にかかわらず、この事例のように、経済的基盤が脆弱で社会的に孤立していることだけでなく、感情のコントロールが困難で非常な衝動性を持っていること、支援について拒否的であることこそ、むしろ重大な問題だと考える。衝動性の高さや易怒性のある親には、この事例のように暴力が背後に潜んでいることもあり、児の安全確保を考慮して方針をたて、援助することが何より重要と思われる。

【事例3 】

 30代、経産婦、未入籍、保険証なし、住居不定、感染症、
 近医より、前回帝王切開既往のある37週初診患者の受け入れ依頼、同日保健センター保健師からの相談が入り、外来受診。受診の結果、近日の出産が必要な状況と判断され、数日後に、入院・出産となる。

 反復帝王切開にて分娩:経過良好、感染症あり、両腕に注射痕があったが本人は点滴の痕と説明。

 今回のパートナーとは未入籍で、パートナーは勾留中。前児は、本人とは一緒に暮らしておらず、今は単身世帯。妊娠が判明した当初は出産への迷いもあったが、時期とともに、出産の意思はかたまり、いずれ家族で暮らせること望んでいると話される。住居が決まらないまま過ごしていたため、保険証が作成できず、経済的な問題もあり未受診となっていたが、しばらくの間、知人宅に世話になることができるようになり、保険証を作成し、出産できる病院を探し始めた。実家には帰らないが、育児用品は本人の実家で用意してもらえ、育児の援助は、本人・パートナー双方の実家に頼めるとの話であった。

 入院中は母児同室を行い、育児手技の問題はないことが確認でき、終始笑顔で入院生活を送ることができていた。助産師からの説明や指示は、聞いていなかったり覚えていないために実行していないことがあり、本人都合を優先する動きがみられることもあったが、児に危険があるレベルではないと思える範囲のものであった。

 退院直前には、退院後は実家で生活できるようになったとの話に変わり、1 週間健診・1 ヶ月健診の予約を行い、保健師への連絡と家庭訪問については了承された。外来診察時は助産制度の利用を希望されていたが、入院後は、保険証が手続きできたため出産費用の支払いは問題ないとの話に変わり、直接支払制度を利用して精算をされ、児とともに退院となった。保健師と居住地の児童福祉担当課に、児の退院の情報と養育に関し危惧される背景や内容の伝達を行った。

【MSWの所感】

 前回帝王切開の経過を持ちながらの未受診という状況は、医学的なリスクの問題だけでなく、本人自身・胎児についての命に対する考え方・認識の問題が大きいと思われる。未受診のリスクを理解できなかったとは思えない本人の言動とそれまでの経過や実際の行動には大きなギャップがあり、そこが、逆に懸念される部分であったと考える。

 育児の援助は頼めると言いながらも、未受診となっていた時期の住居や保険の状況からは、実際の援助の範囲の不明さと児のために生活環境を整える認識の低さを感じた。家族以外の男性面会者も多く、感染症の状況や注射痕、パートナーが勾留されている状況からは、表面的には確認できない本人の生活背景が存在する可能性はあり、不透明な生活状況は大きなリスク要素であると考えた。退院までには、経済的な問題も住居の問題も解決したので問題はなくなったとの話に転じたが、他者の介入を避けるための返答である可能性も否定できないため、保健師等の支援につながるよう寄り添った。

 背景には気になる点が多くあるが、育児手技としては問題なく、育児行動の面で少し危惧が残るという状況で、積極的な育児支援サービスにつなげることは、本人の希望がなければ困難なものとなる。本人の希望がない場合でも、支援が必要と判断するときにどう支えられるか検討し、様々な方法でアプローチしていくことが重要となるが、支え続ける資源の少なさにより、支援の継続が困難になることも現実として起こっている。そうであっても、察知できた違和感を支援につなげる大切さを多職種・多機関が共有しながら、児の安全のために関わりを持ち、見守り続ける必要性は変わらず、取り組まなければいけないと感じている。

【事例4 】

 20代、未婚、パートナーからのDV、被虐待児、PTSD、経済不安、自立支援センター、助産、生活?護、
介入拒否

<本人から情報を得た生育歴、妊娠までの経過>

 実母(精神疾患あり)からのネグレクトで幼少期より高校卒業まで児童福祉施設で育つ。一時期里子として養父母に育てられた経験あり。実父は特定できず会ったことがない。実母とは施設入所中も定期的に関わり、短期で実母と生活することもあった。本人が高校生の頃、母の自宅での出産(異父の実弟となる)に立ち会い、手伝った経験がある。パートナーとは小学校の時に施設で知り合い、年月を経て同窓会で再会し、交際、同棲するようになるが、当初より激しい日常的な暴力(骨折、火傷、性的な仕事の強要など)があった。前年に妊娠した時も自身は継続希望だったがパートナーの意向により中絶をさせられていた。今回の妊娠についてもパートナーから中絶するように勧められたが、本人は家族を作りたいと、妊娠継続希望が強かったが、パートナーからのDVがひどくなり警察に保護を求め自立支援センター入所になる。

<その後の経過>

 自立支援センター職員に伴われ妊娠18週に当院初診。派手な感じはなく、質問には的確に黙々と答える。妊婦健診では産科的な問題は特になかったが、動悸や耳鳴り、不眠の訴えあり。当院の心療内科受診し愛着障害、トラウマ体験によるPTSDと診断され、漢方の処方を受ける。パートナーからのDVや過去の自身の職業について語るときには嗚咽をあげていた。

 初診時にMSWと面談を行い、自立支援センターのある市に住民票を移し母子手帳を受領、助産、生活保護を申請する。

 妊娠21週までの3 回の妊婦健診、心療内科受診される。当院で受診する際は必ずプライマリースタッフが対応し個別でできるだけきめ細やかな対応に心がけた。母児ともに経過は順調であり心療内科でも落ち着いていたが、妊娠21週時の健診以後、突然自立支援センターを無断退所され行方がわからなくなり未受診になる。そのため、当院保健師が以前パートナーと同居していた居住地のA市保健センター、実母の居住地のB市保健センターに情報を提供し連絡を待った。

 妊娠7 か月頃、パートナーの父宅があるA市に居住していることが判明(パートナー、パートナー父、パートナー妹と同居)、どこの病院にも受診していなかったが、本人は元気にしているとA市の地域保健師より情報が入る。ただ本人も含めパートナー家族が保健センター職員、児童相談所職員からの介入を拒否され、妊婦健診を促すなど直接的な関わりが難しい状況であった。

 妊娠8か月、本人より当院のプライマリー助産師に電話連絡あり、「近くのA病院に受診したいから検査結果を送って欲しい。今、彼と一緒に住んでいる。」との訴えがあった。

 母児の状態を心配していたことを話し、早期に妊婦健診に行くように念を押した。本人の同意確認の上、A病院の外来看護師に直接電話し事前に受診することを連絡し、看護サマリーを同封し、検査結果を指定された病院に送付した。また、当院保健師からA市保健センターの保健師に情報提供行い、見守りを依頼した。しかし、受診当日同伴していたパートナーが、診察する医師が男性であることを理由に受診を拒否、妊婦健診を受けなかったことをA病院看護師より連絡を受ける。

 その当日、本人より当院での受診希望の電話連絡が入り、本人はパートナーの妹と一緒に来院され妊婦健診を行った(妊娠9か月)。母体に貧血はみられたが母児ともに順調に経過していることを確認。パートナーからの身体的なDVの痕跡などはなし。自立支援センターを無断で出たのは「つまらなかった、自分が自分でなくなる気がしたから」と話す。今はパートナーからの身体的な暴力はないが、色々ともめることがあり、一度もめると説明するのが大変とのこと。本人は眠れているし精神的にも落ち着いているため心療内科は不要と話す。本人に対して、心配していたことを伝え、2ヶ月間も健診を受けずに母として無責任であることも伝え、健診の重要性を説明した。妊娠に対しての気持ちを問うと「赤ちゃん欲しかった。お母さんになりたい」と流涙しながら訴えられた。当院での健診、出産を希望するが、当院としても残念であるが居住地から当院までかなり遠方であり、母児の安全を考慮すると、近医の病院での管理が望ましいと産科医師より説明され、本人は納得された。近所である受診しなかったA病院が最適であると本人と話し合い考え、A病院看護師長に電話連絡し女性医師の初診の日で予約をとってもらうように依頼した。本人は、病院をまた変更することをパートナーへどうやって説明しようかととても悩んでいた。「もう彼ともめたくない」と話されたため、医療スタッフから説明しようか? と促すと、「自分で話す」と言われた。そのことからパートナーからの精神的なDVは継続していること、本人側のサポートがない中で、育児困難が予測された。当院保健師からA市の保健師に連絡し、当院での受診状況報告、今後の継続的なサポートを依頼するが、A市の保健師から“本人がすごい剣幕で拒否するのでどうしようもない”と困惑している情報が得られた。

 しかしその後、予約を取っていたA病院には受診されなかった。受診はされなかったが飛び込み出産ケースになった場合、A市立病院で出産する可能性が高いため、その際の対応を依頼、了承を得る。

 妊娠9 か月時、本人より当院に「違う病院にするから検査結果を自宅に送って欲しい」と電話連絡あり。病院宛てに送付するため病院名について尋ねたら、最初は拒否的だったが、教えてくれた。だが、検査結果は自宅送付を強く希望される。その時の電話は、少し話しにくそうな、早く電話を切りたい印象があった。検査結果とともに“必ず早期に受診すること、心配していること、いつでも相談に乗らせてもらう”という内容のメッセージを添え自宅に送付する。

 その後、A市保健師より、本人が話していた病院には行かずに近所の助産院で無事に出産したとの情報を得た。産後1日目で希望退院、パートナーの父宅で子育てしているとのことだった。

 A市の助産院、担当した助産師に直接電話し、状況はどうだったのかと尋ねる。助産師からは本人、パートナーについて何かわからないが社会的なリスクを抱えたケースであると感じ、注意して対応したこと、またパートナーのDVを危惧する場面があったとことなど情報あり。もし、事前に本人、パートナーの情報が分かっていれば対応が違ったかもしれず、事前に情報が欲しかったと話された。

 生後数日で、本人は突発的に児を連れてパートナー宅を飛び出て行方不明となる。A市保健師より、もし本人より当院に連絡があるようなことがあれば連絡が欲しいと当院保健師に連絡が入った。本人は友人の車中で数日児と一緒に過ごし、その後パートナー宅に戻られた。母児ともに特に異常はなかったとのA市保健師より情報を得た。

 産後1 か月、本人より当院プライマリー助産師に「産まれたことを伝えようと思って…」と電話が入る。無事に生まれたこと、パートナーとは離婚したこと、児は一時期パートナーに取られていたが今は児と一緒に実母宅のB市にいること、パートナーからのDVの危険はもうないこと、児は可愛いと思うこと、精神的に落ち着いていることを話された。しかし、今までの経過から本人と実母の関係は良いとは言えず、本人も実母は育児サポートにはならないと理解している。しかし、実母宅しか本人、児ともに居場所がない現状と思われる。今後も衝動的な行動が考えられ、また社会的に孤立してしまうことを危惧した。本人から当院に連絡があったのは当院を頼る気持ちがあると思われ、いつでも電話し相談してほしいと伝えた。また、地域保健師の介入を拒否している状況は変わりないが、当院保健師からB市の保健センターに保健師に情報提供を行い、母子の継続的な支援を依頼した。

【所感】

 当院プライマリー助産師と関係が築けた矢先の突然の未受診に戸惑った。本人へ連絡する術がないことや、本人に関与する人が少なかったため、アプローチの方法にも苦慮した。

 本人が実母の自宅出産を手伝っている経験があることから、未受診のまま医療機関に受診せず一人で出産に至る可能性を心配し、本人が姿を見せそうな市の保健、行政に働きかけ継続を依頼した。結果的に医療機関への受診が確認でき、その後の追跡もできたので児の安全を見守ることが、今はできているが、非常に危険なケースであった。

 介入が途切れてしまう恐れもあった今回のケースには医療、保健、福祉の連携が必須である。経過の中で時間的な余裕もなかった。連携の課題として医療、保健、福祉の担当者が顔の見える関係になり、スムーズな連携を目指したい。

【関係機関が介入したことでよかったこと、今後の関わり】

  • 本人が行方不明になった際、当院保健師が迅速に本人の関連する市の保健センター(A市、B市)へ連絡をし、情報を提供。転居先が解った時、早期に妊婦健診の受診を勧めるとともに母児へのサポートを依頼することができた(ただし本人は関わりを拒否された)。
  • 本人の生育歴などを考慮すると他者をすぐに信用することは難しく、関係性を確立することが困難と感じた。同じスタッフ(プライマリー)が本人の気持ちに寄り添うことを大事に、時間をかけて関わった。そのため多少なりにも信用してくれ、本人から当院に定期的に連絡が入ったのではないかと思う。
  • 当院での健診を希望され、当院でも継続して関与したいケースであったが、距離的な問題を考えると母体の安全のため、居住地に近い医療機関へつなげることが優先された。医療機関どうしでの実務レベルでの情報のやり取り(担当者が次の担当者へ直接情報提供するなど)がスムーズに行えるようなシステムが必要だと感じた。
  • 保健センター、児童相談所の介入は本人の激しい拒否があり難しかった。医療機関だけが本人の拒否にあわずに関わりを持てた。たくさんの関係機関がある中でどれか一つでも本人から拒否されずに継続的な関わりができる機関があることが必要であると思った。
  • 本人の生育歴などから児童相談所、実母やパートナーの保健センターではそれぞれに情報を持っていると思われる。しかし、個人情報保護条例があるため、医療機関、地域、福祉などそれぞれに情報を持っているが共有できないジレンマを感じた。
  • 当院保健師がA市及びB市の保健師に情報提供を継続的に行ったことで、本人からの拒否はあるが地域が親子の存在を把握できたこと、また関わりが途切れることのないように母児のサポートを依頼できた。

【事例5】

 10代、近親姦、自殺企図、家出、母子家庭、生活保護、助産、ネグレクト、児童相談所、DV
 妊娠21週、実母と地域保健師と一緒に当院初診。パートナーは親族で30代(服役歴あり)。本人中学生時に中絶、流産歴あり。本人は小学校から喫煙しており、中学校は不登校で家出を繰り返し、リストカット多数、ガス管をくわえたこともある。実母は高血圧、鬱、適応障害で病院に通院中。実母から本人の弟(小学校2年生、2歳)へのネグレクトが指摘され児童相談所が介入している家庭で、生保保護受給家庭である。本人は家出を繰り返してはパートナーと同棲する。本人への激しいDVもあったため、彼宅から逃げ実家に戻った。

 妊娠20週までに1 か月に1 回ペースでそれぞれ別の病院を受診。周りから中絶も勧められたが、本人の妊娠継続への思いは強かった。初診時より地域保健師の同伴があったため、当院保健師はじめ産科スタッフで情報の共有することができた。本人、実母に、必ず妊婦健診を定期的に受診すること、未成年であるため、必ず受診時は実母が付き添うことを説明し同意を得た。

 子ども相談所、保健センター、子育て支援室、生活保護課と当院の産科主治医、当院保健師、プライマリーの助産師、外来・病棟の看護師長、MSWとのカンファレンスを行った。各機関の情報を持ち寄ったが、母、本人ともに話している内容が機関ごとに食い違っており、各機関に自分たちの都合のいいように話をされていることがわかった。まず情報を整理し、問題点を考え、各機関で行える役割について話し合った。自然陣痛発来し、実母立ち合いのもと無事に出産。出生後から児に対してかわいいと発言、すぐに抱っこするなど愛着は良好。ただ、本人が「母乳を頑張りたい」と希望するため指導するも、話を聞きながら携帯電話をいじっている。結局、説明してもやる気がないため実際に行動しない。育児技術は問題ないが携帯電話をずっといじっており児をみていない。哺乳瓶も使用したまま洗わず放置し、自身のオーバーテーブルやベッド周りは汚く片付けられない。清潔への意識は低くシャワーはなかなか浴びなかった。面談では退院後、子ども相談所、地域保健師、子ども支援室が1 週間毎に訪問し母児の状況確認を行うことを了承してもらう。児の2 週間健診時は実母と一緒に来院し、児の体重増加もよく綺麗で元気にしていたが完全ミルク栄養。1 か月健診でも同様に母児ともに元気にされていた。

<関係機関が介入したことでよかったこと、今後の関わり>

  • 初診時より当院に地域保健師が同行、早期に情報収集ができ対応することができた。
  • 本人への虐待と、生まれてくる児への養育を危惧し、出産前に医療・福祉・保健機関の発信カンファレンスを行うことができ、情報と問題点の整理が行え、各機関がおこなっていく役割を考えられた。
  • 実親に親としての役割が期待できないこのようなケースに、地域などで親役割になって支援してくれる機関や人の確保に苦渋したケースであった。

【事例6 】

 生活保護、助産、虐待、第1 子施設入所
 今回3人目。前夫との子(第1子)は、現夫の虐待により児童施設入所中。現夫の子(第2子)との3人暮らし。現夫は第1子への虐待により、当院初診時の半年前に刑務所の拘留から戻ったばかり。虐待通報した近隣住民が嫌で当院のあるA市に引っ越してきたため当院を受診。

 初診時、妊娠21週まで未受診だったことについては「妊娠はわかっていたが忙しくて受診できなかった、母子手帳もない」とのこと。当院保健師、MSWとすぐに面談。母子健康手帳の早期受領、また助産申請の説明、初診時の医療費については分割払いなどの手続きをする。情報を収集しようと本人に話を聞くも2回同じ質問をしなければ答えられないことが多かった。DVスクリーニングでは7点とリスクはなかった。妊娠8か月頃より、未受診が増えるようになる。本人に電話をし、受診を促すも「病院までのバス代がないから受診できない。」との訴えあり。その後間もなくして、無事に出産。本人母児ともに問題なく退院となる。病棟では、家族の一員として児を大事にしている様子が本人も夫にも見られた。産後2週間健診に来院されず、本人・夫の携帯電話に電話するも不通。保健センターに連絡し家庭訪問してもらう。「ミルクを買うお金がない。」とのこと。地域保健師より当院に情報あり、新生児科の受診を理由に母乳外来受診しフォロー。その後、1 か月健診ではミルクも補足し児の体重増加は問題なく、清潔で元気にしていた。社会的なリスク、今後の体重増加を含む児の成長が心配であるため2 ヶ月健診を予約するが来院されず。電話はやはりどの番号も不通だった。保健センターに連絡を来院されていないことを報告し、家庭訪問、地域での健診などでのフォローをしていく。

<関係機関が介入したことでよかったこと、今後の関わり>

  • 初診時にMSWとの面談を行い、助産申請、当院医療費を本人、夫が負担に思わないように分割払いなどにし心配の軽減をはかれた。
  • 初診時に当院保健師との面談を行い、地域保健師に情報を提供。妊娠期から地域保健師が家庭訪問することができた。引っ越して間もない本人家族と地域との関わりが妊娠期よりでき産後も継続してサポートを受けることができる。
  • 受診時、本人だけでなく夫へも関わりをしっかり持っていたため、未受診になった時にも本人だけでなく夫へも直接受診を促すことができた。
  • 未受診、連絡の取れないときは保健センターに情報を提供。すぐに家庭訪問、本人の状況を確認、受診を促してくれた。また妊娠期より家庭訪問し地域保健師と関わりを持っていたため、本人、夫の地域保健師の受け入れもよく頼りにされていた。
  • 当院は、スタッフ皆で情報共有することにより、母児だけでなく家族も含めた医療・看護を提供することができた。どの場面でも児(胎児期も含む)への愛着を促すようなケアを本人だけでなく夫にも十分に働きかけを行った。

【事例7】

 未婚、2回の未受診、経済リスク、助産券、家族背景複雑、風俗業、居住地不定

 妊娠10か月初診で来院。それまで未受診。前児出産後、間もなく風俗業再開あり。児の父親は定かではない。妊娠に気づいていたのかははっきり言及されず。しかし診察室では「今回の妊娠が分かった時は何も感じなかった、健診面倒。」の発言あり。前児は保育所通園中。母子手帳確認すると健診、予防接種も予定通り実施されていた。

 実家で両親と、妹弟複数の同居生活あり、本人は母子手当受給。今回はサポートが実母で、産後の準備などもスムーズに進む。出産前に両親が離婚し、本人の実生活地も変更する。実父、実母の居住地を行き来し、保健師訪問など地域の介入を拒否し始める。児のために保健師の介入を強く勧めていくが拒否的。予定日超過で分娩。退院時には本人はすぐに仕事復帰を望んでいた。退院後は、当院から電話訪問を行い、新生児科の診察予約を入れて見守りを強化する。

 避妊についてIUD(子宮内リング)を勧め、2 ヶ月後にリング挿入済み。育児は実母により行われており児の安全確保、予防接種など必要行動はとれていること確認する。最終地域保健師に上記報告、児の継続フォローを依頼する。

【所感】

 短期間の間に2回の妊娠、2回とも妊娠10カ月まで未受診は異例であり、2回目の来院時はスタッフ一同ショックを受けた。1回目出産後、次の妊娠について、また避妊について熱心に指導したつもりだったが、本人の意識には届いていなかった、またそれを評価出来なかったことが残念である。1回目の妊娠時の異常な生活関係にもっと踏み込み、本人含め家族に生活が常識的でないこと、改善するように具体的に働きかけできなかったことも因子の一つと思われる。MSW、PHNと協力し、本人含め家族に生活が常識的でないこと、改善するように具体的に働きかけできなかったことも、本人はこちらの言うことには結局耳を貸さなかった。しかし、産後実家のサポートが得られることになり、両親からの愛情に飢えた生育歴や、経済困窮による風俗からも本人は常に追い詰められていたのではないか、妊娠することだけが逃げ道だったのではないかとも考えられる。センターへ受診し始め妊娠中は健診を欠かさないことより、親身になってくれるスタッフに愛情を求めていたのかもしれない。私たちが1回目の周産期を通しての関わりに反省が残る事例だった。しかし、1回目の妊娠期にプライマリーナースはじめ多くの産科スタッフが、妊婦健診のたびに声をかけ関わりを持ち、電話訪問するなど親身になって働きかけたことが、2回目の妊娠期に再度当院に頼ってきてくれたことにつながったと思いたい。また、産後の次子妊娠を予防するための手立てとして当院での避妊(リング挿入)も導入させた。今後の事例にも活かしていきたい。

【事例8】

 未入籍、元彼からのDVから逃れるため未受診
 元彼からのDVから逃れるため、現パートナー実家へ避難していた。そこへも元彼が現れ暴力あり、パートナー宅より出られず未受診になった経緯あり。実家は大阪、実母には連絡し、早く受診することを勧められていたが、実父に反対されることを恐れ、現パートナーの実家に避難していた。受診が必要なことは分かっていたが、怖くて外出が出来ず未受診になっていた。元彼からのストーカー行為あり。元彼より殴られ、警察沙汰になり、接見禁止令が出て自身の安全が確保された。

 予定日不正確、IUGR、羊水過少、母体肥満あり。初診時10か月とし、MSW、保健師面談、助産師プライマリー担当を決め、詳細確認を行う。パートナーとは入籍予定あり。大阪に異動後、パートナーはバイトで収入を得、2人でアパートを借り生活。出産の準備などはまったく出来ておらず、助産申請などもされていないため、初診日にそのまま役所に行くことを説明した。数日後、お金がないので受診が出来ない、交通費もないと連絡ある。その日に妊娠高血圧症候群の進行あり、入院管理となった。初診時MSWより説明されていた助産申請はできていなかった。

 パートナーは初診の1週間前に本人から妊娠していることを聞かされ、もっと早く言ってくれれば受診も行かせることが出来たかも、と話す。実父は厳格な性格で結婚前の妊娠が許せず、反対されていた経緯あり。

初診、入院中にも保健師面談し、産後児の養育能力について検討する。退院後、地域訪問も入り、実家での育児はうまくいっている。

【所感】

 本人の妊娠に至るまでの経緯や、元彼のDVからの避難についての説明には辻褄の合わない部分がある。同居していた現パートナーに妊娠していることを知らせず疑問の残る生活状況だった。初診時には妊娠高血圧症候群も出現し、母児ともに危険な状態にさらされる可能性は高かったが、医療機関がかかわれたことは相談事業の成果の一つではないかと思う。

【事例9】

 未婚、無保険、生活保護、精神科、特定妊婦
 妊娠初期、本人に自覚がなく「便秘だと思ってずっと下剤を服用していた」とのこと。やがて近医を受診して妊娠が判っても、経済的困窮によりそれ以降受診しないままであった。保健センターの紹介を受け、妊娠8か月で当院初診。パートナー(30代、無職)宅で同居、入籍して生活保護世帯となる。

 パートナーは、精神障害者保健福祉手帳を所持。精神科クリニックに通院、睡眠薬と精神安定剤が処方されていた。窃盗による収監歴があり、2回に及ぶ偽装結婚も経験していた。

 本人と実際に接した者の殆どが、異口同音に精神疾患を疑った。生活保護が決まったため、経済的不安はひとまず解消した。
 MSWは地区の担当保健師との連携を強化した。保健師も複数回の訪問・面接を経て、虐待リスクが決して低くないことを確信していた。早期に要保護児童対策地域協議会にあげて、本人が特定妊婦であることを主張。出産する前に個別ケース会議を院内で開催し、児童相談所の担当者も招いて迅速に退院後の対策を練る必要があった。ケース会議は産後1日目に開催されることになった。

 会議では、MSWと助産師、保健師らが中心になって、本人とパートナーの関係性について説明した。
 生後7日目に母児ともに退院となった。

【所感】

 制度につなぐだけで、真に問題が解決したと思ってはならない。―これは、MSWがもって瞑すべき、肝に銘ずべきいわば“鉄則”である。
 未受診妊婦が擁する典型的なリスク要因として、無保険、経済的不安、支援者の不在等があげられる。これらは確かに時間さえあれば、諸制度の利用を紹介して、ある程度解決に導くことはできる(時間のない場合にはまた、別の問題が生じることになる)。しかし、真のリスク要因は、制度等では解決できない類のものが大半なのではないだろうか。

 この事例では、本人が既に生活保護を受けていたパートナーと入籍し、その世帯に加わったことで、ひとまずの解決を得たと言える。しかし、真のリスクは本人とパートナーの人となり、関係性そのものにあった。特に本人は、精神疾患を疑いたくなるほど言動に奇矯な面が見られた。

 この事例においては、早期から病院と同じ方向性を共有できた担当保健師の存在抜きには語ることができない。本文では、保健師による「複数回の訪問・面接」としか記さなかったが、本人たちへのアドバイスを繰り返し、問題点を指摘しながら彼らがペアレントフッドを獲得できるように根気よく導いていったことは、まさしく尊敬に値する。いくら未受診妊婦のリスク要因を正確に抽出できたところで、病院のできることには限界がある。実際に地域でそれを受け止め、血肉化してくれる存在がなければ、すべては虚しいのである。産後1ヶ月健診で再会した児は体重増加も順調で、決して「着せ替え人形」のようには扱われていなかった。地域との連携の重要性をあらためて認識させられる事例であった。

【事例10】

 自宅分娩、乳児院、未婚
 第1 子も未婚、ほぼ未受診で、他院で出産された経緯あり、地域で継続支援を受けていたケース。第1子に対し、母からは「子どもが泣いたらイライラしてタオルをかぶせてしまう」などの相談が寄せられ、重点的なかかわりが多くの機関にて、きめ細やかに継続されていた。第2子妊娠については、周囲には早期から気づかれており、本人に問いかけるも、強く否定。しかし、妊娠の可能性があるとして地域関係機関が重点的に訪問を継続していた最中、保健師が家庭訪問したところ、既に数時間前に自宅出産したことを告白。母児は保健師の手配により、無事救急搬送され、NICU入院となった。本人は親とも同居しているが、「親に怒られると思って」言えないでいたとのことだった。児は養育環境が整うまで乳児院入所となった。

【MSWの所感】

 地域での見守り体制があっても、本人が妊娠を否定すれば、大人である母に対してそれ以上どうしようもない現実がある。しかしこのケースでは地域関係機関が交代で注意深く訪問を継続し、信頼関係を作っておられたことが奏功し、母児を無事保護することが出来た。もし元々の関係性ができていなければ母にドアを開けてもらえなかった可能性もあり、最悪の結末にならなくて本当によかったと感じた症例であった。
地域の思いある支援体制が母児を救った症例であった。

【事例11】

 未婚、内縁関係、DV、生活実態不詳、特定妊婦
 第1 子も未婚 未受診でほぼ飛び込みで他院で出産している。第2子は当院で飛び込み出産。当院から特定妊婦にて通告。調査の結果、上の子へのネグレクトも認め、地域で要保護児童対策協議会、保育所等で見守りが行なわれることになった。

 第3 子妊娠については、保育所にて母との関係が出来ていたため、そこでキャッチされ、地域の連携により、母の受診に関係機関が同行。しかし最初に受診した病院では初診が遅いことをとがめられたと母は感じてしまい、医療機関への受診に拒否的になった。しかし、関係機関が粘り強く関わりを持ち、以前出産した当院へ同行受診され、妊婦健診を継続され、無事出産することができた。

【所感】

 受診も本人任せにせず、しっかり確認、できていなければ同行までの支援をして頂いたからこそ無事出産が出来た。こういった活動をするには時間も手間もかかるが、実際こういう支援を必要としているケースは増加しているため、地域で関わる人員体制が強化されることが望ましいと考えている。

【事例12】

 10代、初産、無保険、母子健康手帳未取得、未入籍、孤立、貧困、風俗、パートナー不明、住所不定、生
活保護、母子寮、乳児院
 妊娠3 か月頃に他院を1 度受診したが、妊娠8 か月まで受診なし。妊娠8 か月に腹痛で救急搬送され、切迫早産として入院管理となった。風俗のアパートで暮らしながら生計を立てていたが、以前に友人の保証人になったことでかなりの借金があり、貯金はほとんどない状況であった。住所不定、無保険であり、頼れる家族も不在、パートナーも分からない状況であったが、本人は養育の希望があり、また少しの間でも児と離れるのが嫌とのことで、母子寮への入所を希望された。切迫早産のため、出産までの入院が長かったこともあり、出産前から生活保護(緊急入院保護業務センター)への相談を行い、面接を行い、本人の入院時より生活保護を認めてもらえることになっていた。母子寮への入所希望も伝え準備を行っていた。児の出生を緊急入院保護業務センターに伝え、母子ともに生活保護適応してもらうことになった。出産後5日目に本人と役所訪問、母子健康手帳取得、出生届提出、近所のベビー用品店で育児物品を一式そろえた。出産後7日目に母子同時に退院し、母子寮へ入所となった。1ヶ月健診時、児への愛着も見られ、生活のペースもつかめてきている様子であった。また児の発育についても特に問題はなかった。出産後2か月に風俗の仕事に復帰し、子どもは託児所に預けてしまった。その後、役所の子育て支援室より連絡があり、児はひとまず乳児院へ強制保護したとのこと。

【MSWの所感】

 入院期間が長かったこともあり、本人との関係も築きやすかったことと、生活保護などの手続きがスムーズに行えたことで、退院までは順調に進めることができたが、退院後しばらくして、児は乳児院へ保護となってしまった残念なケースであった。もともと、本人の生育歴として、両親の離婚、実母からの虐待、自らも施設入所していた経緯があり、児を養育していくことに不安を感じるケースであった。家族や親類とも疎遠で、全く支援が受けられない状況であることや、保険や住居もないことから、いくら養育の意思はあっても、養育させる方針で良いのかどうか最後まで悩んでいた。結果的には、児を託児所に預けた上で仕事には行っていたが、放置、ネグレクト等の虐待にもつながりかねないケースであったと考える。今後は、養育の意思があっても、客観的に不安な要素がある場合に、養育と施設入所等とどちらを選択するべきか、判断していく必要があると考える。

7 .結果の考察

 今年度の未受診妊娠調査は継続するかどうかをまず協議した。すでに、過去の調査結果からかなりの社会病理としての本質は明らかに出来たと考えていたからである。今年度は対応策を実施に移す段階と考えていた。最大の動機は事例報告が増えたままでは終わりたくない、終わらせないという思いであった。そこで、調査は続行するが、正確さを目指して行うこととした。社会病理として考慮した点は以下のことである。

  1. 未受診妊娠と児童虐待が同時発生している事例は問題が複雑化している。
  2. 経済的問題が主因の未受診妊娠は既存の支援体制でもかなり対応可能である。
  3. 若年未受診妊娠は母親自身が成人になっていくという成育の問題がある。
  4. 多産未受診妊娠はパートナーも多数である場合が多く家族構成が複雑化している。
  5. 結果的に、養育不可能事例への対応として、新しい養育環境整備が必要である。
  6. 児童虐待を受けた児童が未受診妊娠の当事者となっている。

 以上の項目を念頭に置きながら、今年度の対応策を大阪産婦人科医会《安心母と子の委員会》内で検討した。
その結果から、以下の事業が計画された。

  1. 未受診妊娠調査
  2. 大阪産婦人科医会会員への研修会
  3. 教育関係者への研修会
  4. 行政(保健、福祉等)関係者への研修会
  5. 《大阪にんしんホットライン》ホームページ作成
  6. 《大阪にんしんホットライン》紹介冊子
  7. 《妊娠等の悩み相談窓口》プレート作成
  8. 《妊娠等の悩み相談窓口》協力医療機関調査
  9. 学会参加
  10. 委員会を毎月開催

【1】大阪産婦人科医会会員への研修会(2013年9月26日)

 安心母と子の委員会は大阪産婦人科医会内の委員会であり、今までの未受診妊娠報告書も全て大阪産婦人科医会会員の協力でできたものである。報告書は配布させていただいていたが、研修会までは至っていなかった。そこで、他職種に先んじてまずは大阪産婦人科医会会員への研修会を企画した。60名の参加をいただいた。

【2】“10代の妊娠について考える”−大阪における未受診妊婦実態調査報告会−(2013年11月9日)

 未受診妊娠のうち若年層のかなりは生徒・学生であり、学校関係者への研修会は必要と考えた。大阪府内の中学校534校、高等学校282校、支援学校40校に案内を送った。その結果90施設から137名の参加を得た。初めての試みであり、我々としては広報活動から試行錯誤であった。大阪のすべての中学、高校を網羅したつもりである。講演内容の詳細は48ページの案内チラシを参照いただきたいが、1 .未受診妊婦実態調査報告2 .にんしんSOSの取り組み3 .SACHICOの取り組み4 .行政の取り組みとした。当日、125/137(91.2%)ものアンケート回収率であり、我々の目標は達せられたのではないかと感じた。以下に簡単に紹介するが、我々の今後の活動に大いなる示唆を与えてくれた。今回は初回であり、次年度事業にも何らかの形で《10代の妊娠》対策を盛り込みたいと考えている。

1 .この講演会をどこでお知りになりましたか?

情報源回答数パーセンテージ
学校への案内86 69.4%
友人からの紹介 64.8%
大阪府からの案内18 14.5%
その他1411.3%

    

2 .講演内容は興味の持てるものでしたか?

興味回答数パーセンテージ
とても興味があった 11595.0%
普通65.0%
あまり興味を持てなかった 00.0%

 

3 .今後もこの様な産婦人科医会の講演会があれば参加したいですか?

今後の参加回答数パーセンテージ
参加したい 9981.1%
内容によっては 2318.9%
あまり気乗りしない 0

 0.0%

  【3】行政(保健、福祉等)関係者への研修会(2014年1 月9 日から2 月6 日)

 この研修会は特に行政の福祉・母子保健担当者を対象とした内容であったので、実効性が期待出来るものであった。大阪産婦人科医会、大阪府福祉部及び健康医療部の連名で、医療機関と市町村に案内文書を送付した。都道府県単位でのこのような規模の研修会は全国的にも珍しいと考えられる。毎回100名を超える参加者があり、その内訳を以下にお示しする。

医療関係者福祉関係者保健関係者合計
1月9日432436103
1月16日402932101
1月23日424041123
2月6日524328123
合計177136137450

 さらに各種アンケートも実施した。その概略を以下に示す。

保健関係者
職種1月9日1月16日1月23日2月6日
保健師28283414104
助産師522514
事務01001
心理士00011
合計33313620120

興味1月9日1月16日1月23日2月6日
とても興味があった2623291391
やや興味があった777728
あまり興味をもてなかった00000
興味はなかった00000
回答なし01001
合計33313620120

 

福祉関係者
職種1月9日1月16日1月23日2月6日
保健師344415
看護師00202
医師00011
事務135514
心理判定員11114
ケースワーカー111341139
保育士231814
家庭児童相談員127212
社会福祉士10203
その他22206
合計22282832110

興味1月9日1月16日1月23日2月6日
とても興味があった1617242582
やや興味があった594624
あまり興味をもてなかった00000
興味はなかった00000
回答なし12014
合計22282832110
  
医療関係者
職種1月9日1月16日1月23日2月6日
医師812314
看護師446216
MSW444214
助産師410101337
保健師01001
事務10001
その他12003
合計2222222086

興味1月9日1月16日1月23日2月6日
とても興味があった1615181362
やや興味があった554620
あまり興味をもてなかった00000
興味はなかった00000
回答なし12014
合計2222222086

 

全体
職種人数
医師15
保健師120
助産師51
看護師18
MSW14
CW39
心理士5
社会福祉士3
保育士14
家児相12
事務16
その他9
316

興味パーセンテージ
とても興味があった74%
やや興味があった23%
あまり興味をもてなかった0%
興味はなかった0%
回答なし

3%

100%

4 回の研修会でのアンケートから多数の具体的な貴重なご意見を頂いた。代表的なものを以下にお示しする。
有り難いご意見ばかりで、我々の方向性が間違っていなかったという思いを再認識出来たことを感謝したい。

問 講演の中で特に印象に残った内容は何ですか?

医療関係者

  • 今まで介入が必要な人の対応にはMSWにまかせて行っていたが、今回どのような流れか把握できた。
  • 未受診妊婦の実態と予防のためのアセスメントの方法が具体的でわかりやすかったです。ハイリスクでの捉え方が異なるということを知りませんでした。
  • 未受診妊婦と虐待と結びつくという内容。行政と保健の立場で言葉の意味に大きな差があるという点
  • 未受診における虐待のリスクの高さを改めて実感したが、防ぐための働きを各機関が行っている中でより連携の重要性が理解できた。
  • 病院で関わって気になる人をどのように対応しつなげていけばよいのかわかった気がする。

保健関係者

  • 医療機関、保健、福祉の窓口が情報をきめ細かく共有していくことが大切。
  • 特定妊婦、要保護児童の通告後の流れと内容について。早くからのかかわりで、分娩時リスクを下げることができること。
  • 医療と行政が連携するための課題について、医療機関の方がどの様に感じておられるかを知ることができ、行政側の問題点・課題が見えました。
  • 産婦人科医の先生方が連携の事について大切と感じておられることに、心強いなという思いを持ちました。
  • 病院スタッフ(助産師、MSW)からの報告。実際の取り組みが聞けて良かった。時間があればもう少し事例を聞きたかった(うまく地域につながらず困った事例など)。

福祉関係者

  • 未受診妊娠が妊婦健診受診をしたとしても根本的解決にはならないということ。普段の業務では産婦人科と連携する機会が少ないので、もっと風通しが良くなるといいと思った。
  • 周産期以前からの支援の必要性。産婦人科の関係者の方々が参画して頂けると大変心強いです。
  • 医療機関・医師が真剣に取り組んでいる姿。教育現場での啓蒙が非常に重要である。避妊・性教育の重要性。
  • 医療側から見たハイリスクケースの対応の課題、0日、0ヶ月死亡やその後の家庭や子どもを守るためにも、医療・保健・福祉の連携が必要な事をとても感じました。
  • 行政側が感じている要支援や虐待の事例と、病院側の心配している事例との差がなくなってきているのを感じました。以前はこの差が大きかったように思います。

問  今後、行政機関と医療機関との連携をより一層密にするためにはどのような働きや工夫をすればよいと思いますか?

医療関係者

  • 定期的に地域の会合をしたらいかがでしょう。誰がどのような職種でどこまで介入の権限があるのかを知ることができるとよいと思います。
  • 今回のように多職種連携での研修会等。
  • 行政の人員をまず増やす。動ける人が少ないのが問題であると思います。まずは、時間はないだろうが顔を合わせる機会(例えば勉強会)が持てれば良いと思う。フィードバックも大事。
  • どんどんケースカンファレンスすべき。ケースを通して連携の必要性がお互い深まると思います。
  • 今、実際に取り組みを試みていることとして、行政と連絡を密にしてまず関係をとっていこうとすること。実際に地域の担当者に病院に来てもらい、面談をしたり、出向いたりと情報関係の構築が大切かと思います。

保健関係者

  • 関わっていく中で、お互いに相談しやすい関係を日頃から築けていけたらいいと思う。
  • 行政側としては、関わったケースについては結果を報告していくことを今後も心掛けていきたいと改めて思いました。
  • 市町村単位で連絡会議がもてれば良いのではないかと思う。入院中のカンファレンスができればよいかと思います。
  • 各支援機関の虐待に対する意識のズレを少なくするために、共同の研修会等を通してリスクアセスメントの視点を共有したい。
  • 要対協のケース検討会議等に特定妊婦ケースの担当の産婦人科医の先生に出席していただき、一緒に協議すること。

福祉関係者

  • 顔の見える支援。行政が病院を訪問させてもらう。医師に行政主催の会議に出てもらう。行政と医師が顔見知りなじみになる。
  • 母親本人の関係機関への連携の了承をとれなくても、どんどん情報を共有して重篤な事にならないように、関係機関で情報共有して連携していった方が良いと思う。
  • 全ての出産できるクリニック等が、行政機関との連携について知ってもらい、特定妊婦が漏れないような仕組みになれば良い。
  • 地域でもっと医療機関と顔の見える関係づくりの為にも、我々行政から出向いていって挨拶(要対協の説明など)ができれば、そのような機会を作っていただければと思いました。
  • 個人情報の枠にしばられてしまわないようにしたい。連携する為には伝え合う事は大切。

問 連携で困っていることやうまくいかないことがあればお聞かせ下さい。

医療関係者

  • 連絡、報告後のフィードバック、経過の連絡がもっとほしい。
  • 特定妊婦として保健センターにあげても件数が多いためか、なかなかケースカンファレンスの日程調整が困難。
  • 個人情報の取り扱いについて。診察情報提供書の提出について、同意が得られない時。精神科疾患合併の場合の対応について。

保健関係者

  • 各機関での虐待に対する温度差。
  • 医療機関によって対応の方法、意識に差があるため、統一していければと思う。
  • 妊娠の最初の受診として、特に若年など総合病院でなく近くのクリニックなどに行かれる場合が多いと思うが、その連携がなかなか進まない。
  • 個人情報の関係でHPから受診情報等教えてもらえないことあり。
  • 本人の同意のない上での情報の取り扱いや周知の徹底。

福祉関係者

  • 医師・医療機関は大変忙しい現場であると思うので、連絡する事をついつい遠慮がちとなってしまう。
  • 医療という分野のくくりでは精神医療分野との連携の困難を感じています。
  • 飛び込み出産や未受診出産の妊婦の出産病院を探す時に難しさがある時がある。
  • 10代前半の妊娠が多いこと。赤ちゃんはかわいいですが、育てることの大変さを10代の人もわかってほしいです。
  • ハイリスク妊婦に対応できる病院がもっとあればと思います。助産施設も増えてほしい。

8 .まとめ

 ここ数年に亘る《妊娠中からの児童虐待予防》というフレーズは受け入れやすい、説得力のある、実効性のある言葉として認識されている。確かに、妊娠前は何の問題もなかった家庭において、妊娠中、育児過程で児童虐待が新規に発生する場合もあろうかとは思う、しかし、少なくとも未受診妊娠事例を通して見た児童虐待は妊娠以前から社会的問題を内包し、顕在化していた。むしろ、児童虐待で要支援・要保護児童であった人たちが妊娠して浮かびあがってきた問題が未受診妊娠なのではないかとさえ感じる事例もある。そのような連鎖からうまれた未受診妊娠は解決策の見いだせない袋小路(迷路)に入ってしまう場合が多い。その一方で、妊娠しなければ、平穏な日常生活を送っていたであろうと思える未受診妊娠事例は比較的対応策がある。たまたま妊娠してしまった中学生・高校生、あるいは不倫関係を秘匿していた場合、貧困で出産を迷っていた場合、あるいは中絶費用がなくて妊娠継続した場合などは現有の支援策で対応が可能な場合が多い。経済的支援、家族等の人的支援があれば、健やかな育児環境を構築できるし、継続出来る。それに対して、妊娠以前からDVを受けている、虐待歴がある、支援者・家族がいない等などの複合的社会的リスクを背負った人が妊娠した場合には問題解決の糸口さえ見えない状況になってしまうことがある。こうしたとらえ方は“未受診妊娠”問題の中でどのくらいを占めているかは分からないが、我々の目指すべきは《未受診妊娠》の減少ではなく、母児にとっての健やかな家庭構築と維持であろう。

 未受診妊娠問題から産婦人科医療機関が取り組み始めた妊娠等の悩み相談窓口事業は緩やかに浸透し始めている。
 下記に一部医療機関( 5 医療機関)の取り組み状況をお示しする。

20092010201120122013
総合周産期母子医療センター(2施設)要支援連絡票通知数と行政連絡数219313429539599
院内処理263249256251277
児童相談所介入
地域周産期母子医療センター(2施設)要支援連絡票通知数063314333346
院内処理5981242322323
児童相談所介入00125
一般病院(1施設)要支援連絡票通知数21141141
院内処理117140158
児童相談所介入013

 これらは統一形式で集計していないし、施設毎に集計項目が異なっている。そのため、個々の数値には明確な意味づけを行いにくい。ここで、ご理解いただきたいのは

  1. この1から2年で相談件数が爆発的に増加している
  2. 分娩数(表示せず)からみれば、2から3割の妊婦に相談(支援)が必要である
  3. 要養育支援用紙の用い方(行政との連携方法)は医療機関によって随分異なっている
  4. 妊婦を特定妊婦とするルールがない
  5. 妊婦への児童相談所の介入、要保護児童対策地域協議会の関わり等は地域、施設によってバラツキが多い

 といった部分である。


それらを理解した上で、今後は、

  1. 院内的には虐待防止委員会、MSWの導入をどこまで行うか?
  2. 医療機関と行政との連携方法(要養育支援者情報提供票、電話等)をどうするのか?
  3. 社会的ハイリスク妊娠をどのように見つけるか?
  4. 医療機関の支援範囲はどこまでとするのか?
  5. 要保護児童対策地域協議会における特定妊婦の対応体制はいかにあるべきか?

 というような課題に取り組んでいかねばならないと考える。現実にこれだけの事例に面接し、行政に連絡して、支援していくということは想像を超える業務になっている。さらに、妊婦は関係者からの支援をすべて歓迎し受け入れるわけではないので、行政から医療機関への紹介もそれほどスムーズに事が運ぶわけでもない。医療機関にとっても、特定妊婦として連絡すれば終わりではなく、始まりである。事実、今回紹介させていただいた医療機関においては“未受診妊娠”事例は減少している。しかし、支援件数はお示ししたように上昇の一途である。

 妊婦への相談支援を積極的に行うと表明していただいた医療機関はすでに83施設にのぼる。多いか少ないかという視点からは決して多いとはいえない。しかし、この事業は実際相当の労力、ノウハウを要する。未受診妊娠の報告施設は28施設であり、その3倍の自主的支援施設が名乗りを上げていただいた事は、今後の大阪の方向性に希望を持てると感じる次第である。この83施設と妊婦、行政窓口を連携しやすくしたものが《大阪にんしんホットライン》である。パソコン、スマートフォン、携帯から容易に連携できる。以下にホームページとQRコードをお示しする。このサイトの紹介冊子を大阪府内の全ての自治体窓口で配布する予定である。年間およそ10万枚を予定している。

大阪にんしんホットライン(外部サイト)

 次年度はこれら医療機関が行政とともに実効性のある妊婦さん支援を展開していくことになる。医療機関と行政も“顔の見える”関係構築が進むと思われる。このように妊婦支援体制・システムは次第に構築されていくが、運用体制は未知数である。周産期における体制整備が出来たところで、周産期医療関係者のみではその後の育児環境を見守って行く事は出来ない。円滑な子育て支援への橋渡しには膨大な課題が見えてきた状況を感ずる次第である。

9 .報告書を終えて

 今日は3月の始めです。毎年の事ながら締め切りに追われる毎日でここまできました。年度末でもあり、各種委員会出席の合間をぬって日夜取り組みました。今年はまず、『安心母と子の委員会』各位に御礼を申し上げたい気持ちで一杯です。今まで、研修会の企画運営などしたことのない委員各位でした。場所をおさえ、機材の準備、案内状送付、当日の設営、受付、片付け、まとめ等々をすべてボランティアで行っていただけました。ホームページ開設、冊子作成等々にも各自分担業務をこなしていただきました。これもひとえに、高木 哲会長、志村研太郎副会長のご指導と感謝する次第です。さらには大阪府健康医療部保健医療室健康づくり課母子グループの皆様にも大変お世話頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。毎年の調査にも拘わらず、事例報告をしていただいた大阪産婦人科医会の先生方、妊婦相談窓口に参加していただける先生方にも改めて感謝する次第です。さらに、この委員会を暖かく応援していただいている全ての大阪産婦人科医会の先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。何もない所から未受診妊娠調査を開始し、5年目を終え、新たな課題が見えてきています。今後はお母さんと赤ちゃんのために、より一層支えとなれるように精進していきたいと思います。皆様、有り難うございました。今後ともよろしくお願い致します。

大阪産婦人科医会
安心母と子の委員会
委員長 光田 信明

このページの作成所属
健康医療部 保健医療室地域保健課 母子グループ

ここまで本文です。


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