第39回人権啓発詩・読書感想文入選作品 読書感想文の部門【中学校(中学部)の部】 P.60

更新日:令和3年3月25日

平和の大切さ                                   堺市立津久野中学校 1年 寺田遥菜

 原爆。それは多くの尊い命を奪ったもの、そう私は思っていた。八月六日、九日。どれほど多くの命が失われたか。原爆は怖く、もう二度と起こってはいけないもの、そうも認識していた。
 けれど、私はこう思っていた。怖いっていうのは分かっていても、見た事がないんだよな・・・、と。私の小学校では戦争の話などを聞く集会はあったが、写真、絵はなかったため、わかりにくかったのである。皮膚が垂れ下がっているというのも、よく分からなかった。
 だが私は、ある一冊の本で原爆とはどんなものかを思い知らされる。『平和のバトン』だ。私はその本の中にある絵を見て絶句した。私の頬に一筋の涙が伝った。なんて惨い有り様なのだろうか。人が、人ではないように思えた。原爆はなんと恐ろしいものかと、改めて分かった日になった。
 私はこの絵を描いた高校生の皆様が凄いとも思った。これはフィクションではなく、ノンフィクション。本当にあった出来事だからこそ、難しいのではないだろうか。だってそうだろう。本当に体験している方々にそって絵を完成させないと、それはただの嘘となってしまう。そんなことが、許されると思うか。いや、到底思えないだろう。被災された方の目で見た光景を何も知らない高校生が絵にする。すなわち、被災された方の目とならないといけないのだ。だが、そんな難しいことを何度も何度も修正して写真かと思わせるような絵を描いてくれた高校生に私は深くお礼申し上げたい。原爆をしらない子たちでも、絵を見れば伝わる。これから先、こんなことが起こらないようにしようね。ずっと平和でいたいね。そんな会話だって出来る。そんな、原爆を絵にしてくれた高校生の方に私は感謝している。
 けれど、私はこの本を通してこう思った。何故、思い出したくないであろう思い出を語ってくれたのだろう、と。この本で証言された方の中には友人、家族などを失った人だっているだろう。そんな思い出を、どうして語ってくれたのか。辛い思い出は胸の中にそっと残しておいた方がいいのではないだろうか。私は考えた。その時、小学校の戦争の話を聞く集会でこんなことをおっしゃっていたことを思い出した。
「私がこんな話をするのは、平和のためです。みなさんにも原爆がどれほど恐ろしく、今の世がどれほど平和で幸せか分かってほしいからです。」
私はこの時、この本で証言された方もそうなのではないかと思った。辛く、言いたくなくても平和のため。そう思って証言されていたのではないだろうか。私たちのために。平和しかしらない、私たちのために。なんと有難いことなのだろうか。このような心優しき方々がいつまでもこの日本にいてほしい、そう思った。
 今の世の中は平和だ。そんな平和な日本をつくってくれたのは紛れもなく被災された方だろう。これから生まれて来る子どもたちには、同じ思いをさせたくない、そういった思いがあったのではないだろうか。これから先、証言される方がいなくなったら、もう原爆の記憶を消し去ってもいいのか。私たちは確かに、原爆が落とされた光景を実際には見ていない。私たちは見てないし、別にいいじゃん。そう思っていた時期もあったが、この高校生を見て、百八十度意見が変わった。見ていなくたって、体験していなくたって出来ることがあるかもしれない。残念だが、今の私に出来ることは思い付かない。だが、この高校生のようになって、これから生まれてくる子どもたちに分かってほしいのだ。原爆とはどういうものかというのを。けれど、私たちとは関係ないと思ってほしくはない。今でも後遺症が残っている人がいるのだ。そのことを考え、原爆と向きあってほしいと思った。もっともっと未来の日本でも、八月六日、九日は原爆が落ちて、尊い命が奪われた日。そう思ってほしいと、強く強く私は願う。原爆という二文字がみんなの心に残ってくれますように。


『平和のバトン』
著 弓狩 匡純
くもん出版


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府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ

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