人権問題に関する府民意識調査検討会委員
神戸学院大学文学部教授 神原文子
今回の「人権問題に関する府民意識調査」を実施するに当たり、私たち調査検討会委員と大阪府との間で、調査によって何を明らかにするのかという調査目的について、また、調査項目について、さらに、分析の仕方について何度も意見交換を行いました。その中で、大阪府から、分析課題として7つの視点が提案されました。このことは、調査主体である以上当然、と言えば言えるのですが、非常に意義のあることだと評価したいと思います。報告書(基本編)(分析編)全体を通じて、調査会社等に半ば丸投げの形で委託してまとめがなされたものでも、私たち研究者が自分の問題意識や関心のみに沿って分析したものでもないからです。
大阪府が主体となって行う調査であり、私たちは人権問題と社会調査の専門家として協力するという立場を明確にし、調査計画段階から調査票の作成、集計と分析、報告書の取りまとめに至るまで、データ入力や単純集計においては業者委託がなされたものの、大阪府と調査検討会委員が協議しながら進めてきたことを、押さえておきたいと思います。
今回の人権意識調査は、調査内容にみられる特徴としては、内田龍史や奥田均による人権意識調査のタイプ分け、すなわち、「A:部落問題を中心とした調査」、「B:部落問題にウェイトをおいているが他の人権課題についても取り上げている調査」、「C:様々な人権課題を並列的に取り上げている調査」に従うならば(内田2007、奥田2008)、「B」に相当します。
この分析における大きな特徴の一つは、人権意識と差別意識を測る尺度を作成し、分析に用いたことです。
従来の人権意識調査では、人権や差別に関する項目を多数用意して回答を求めるものの、それらの項目ごとに、基本的属性とのクロス集計がなされたり、項目間のクロス集計がなされたりしているために、人々の人権意識を測る上でどのような項目が有効なのか、人権意識が高くなれば自ずと差別意識は低くなるといえるのかどうか、人権や差別に関するいずれの項目が人権学習や人権啓発の効果を測るバロメーターとして用いることができるのか、といった問いに、明確な答えが与えられてはいません。しかも、人権意識と一言で言っても、人権意識はどのような標識(特性)から成り立っているのか、人権意識を一つの尺度で測ることができるのかどうかなど、解明されていない点が少なくありません。差別意識についても同様です。
そこで、調査票の作成段階から、従来の人権意識調査で用いられている調査項目を参考にしながら、できるだけ多くの項目を調査票に組み込んだ上で、それら多数の項目を個々に分析に用いるのではなく、それらの項目への回答結果をもとに、主に「因子分析」の手法を用いて人権意識を測る尺度を作成しました。このような手法のメリットとして、人権意識や差別意識を作成している複数の要素を探ることができること、人権意識や差別意識を測る上で有効な項目と有効とはいえない項目をふるいにかけることができること、有効な項目を組み合わせて人権意識や差別意識を構成する性質の異なる尺度を作成することができること、それらの尺度を用いて人権意識や差別意識と関連する諸要因を可能な限り探求することができること、また、人権学習や人権啓発の効果を測定することができることなどを挙げることができます。
人権意識や差別意識を測る尺度として、「排除問題意識」尺度、「体罰問題意識」尺度、「人権推進支持意識」尺度、「被差別責任否定意識」尺度、「差別容認否定意識」尺度、「結婚排除否定意識」尺度、「反忌避意識」尺度を作成しました。
また、同和地区のイメージについて、「反集団優遇イメージ」、「人権交流イメージ」の尺度を作成しました。
さらに、自己評価を測る尺度として、「自己肯定感」尺度、「自己充実感」尺度、「被受容感」尺度を作成しました。
今回は時間的な制約もあって、これら尺度相互の関連については十分に検討し切れなかったのですが、府調査データの分析結果と市調査データの分析結果から、尺度について、以下のような共通の知見を得ることができました。
○「排除問題意識」は、年齢では低いほど、学歴では高いほど、高い傾向がみられる。 |
人権意識にせよ差別意識にせよ、非常に複雑な社会事象です。それだけに、単純な分析手法だけでは、意識の高低に関わる諸要因を明らかにしたりメカニズムを探求したりすることには大きな限界があります。そのため、尺度化の手法にせよ要因相互の関連を検討するにせよ、「多変量解析」の手法を用いていますが、複雑な社会事象には複雑で高度な分析手法を用いざるを得なかったということをご容赦いただきたいと思っています。
作成した様々な尺度を用いることで、今回の調査データから明らかになったことは少なくありません。併せて、今後の施策における多くの課題も
えてきました。
以下、府調査データの分析結果と市調査データの分析結果から見出された共通の知見を、〈視点〉ごとに整理しておきます。
〈視点1〉過去の人権学習が現在の人権意識にどのような影響を与えているか
○何らかの人権学習を受けた人は、受けていない人よりも「排除問題意識」や「被差別責任否定意識」が高い傾向にある。 |
なお、特に役に立った(一番印象に残っている)人権学習を問う設問に対する回答からは、どこで受けた、どんな内容や形式の学習が、人権意識を高めたり差別意識を低くしたりする上で効果があったといえるのか、という点について、一般化できるような結果を得ることはできませんでした。
長年にわたって様々な人権学習や人権啓発の取組みがなされてきたわけですが、効果を上げてきた側面と、反対に、期待されるほどの効果を上げることができていなかったといわざるを得ない側面も少なくありません。結婚排除意識や忌避意識の根強さ、同和地区に対する「反集団優遇イメージ」の低さ、また、「体罰問題意識」の弱さなどが、さらなる課題として明らかになってきました。
〈視点2〉同和地区に対する差別意識が形成される要因は何か
○身近な人々からの情報は「反集団優遇イメージ」を低くし、公的な啓発は「人権交流イメージ」を高める上での影響がみられる。 |
同和問題に関する講演会・研修会や府・市町村の広報誌等を通じ、「集団優遇イメージ」を払拭し、「人権交流イメージ」を高めるような、より一層の啓発が必要であることが示唆されます。また、被差別当事者の方々との直接的な関わりが人権意識、反差別意識を高める上で何よりも有効な学習方法であることが確認されました。
学校での同和問題に関する学習においては、差別の現実について認識を深める内容だけではなく、差別をなくすことのできる取組みについての紹介やアイデアをより積極的に子どもたちに伝える取組みを期待したいと思います。
また、今回の調査では、何よりも、育ちの中での「差別の社会化」の影響の大きさを示す知見、また、何らかの人権学習によって、それらの影響を除去することは容易ではないことを示す知見が得られました。
○「差別の社会化」を経験して「賛同」した人ほど人権意識は低く、差別意識は高く、反対に「反発」を感じた人ほど人権意識が高く、差別意識は低い傾向にある。 |
「差別の社会化」を阻止する人権学習や啓発の取組みと、差別の社会化による影響を除去し得るような人権学習の工夫が重要な課題であることを、改めて指摘しておきたいと思います。
なお、今回の分析では、人権意識と自己肯定感や被受容感との関連が明らかになりませんでした。このことは、自己評価を高める取組みが無意味ということではなく、これらの取組みが人権意識とどのように関連するのか、さらに検討が必要であることを示唆しているといえるでしょう。
〈視点3〉同和問題に関する人権意識と他の人権課題や差別に対する意識との間の差異はあるか
○人権意識の高い人ほど「反集団優遇イメージ」は高い傾向にある。 |
従来の人権学習において、「人権推進支持意識」や「被差別責任否定意識」を高める効果は認められているのですが、これらの人権意識が高くなっても、「反忌避意識」が高くなるとは限らないのです。この知見は、人権学習や啓発における新たな課題を提起しているといえるでしょう。
さらに、体罰は問題であるという「体罰問題意識」は、様々な人権意識の中でも相対的に低く、他の人権意識と強い関連がないことから、従来の人権学習や人権啓発に加えて、子どもの人権尊重という観点から、また、子どもの虐待防止策としても、「体罰問題意識」を高める学習や啓発が重要課題であることを強調しておきたいと思います。
〈視点4〉同和問題に関する差別意識がなくならない理由と同和問題を解決するために効果的な方策との関係性
同和問題における現状認識として |
ここでは、これまでに作成した様々な人権意識尺度を総合的にとらえるため、「人権意識度」という尺度を考え、人権意識度の高い人々と高いとはいえない人々との間で、差別意識がなくならない理由や同和問題の解決策のとらえ方にみられる違いを検討しました。
人権意識度の高い人々が、差別意識がなくならない理由として挙げている項目は、以下のとおりです。
・差別落書きやインターネット上での誹謗(ひぼう)・中傷など、差別意識を助長する人がいるから
・同和問題を解決するために行ってきたこれまでの同和対策の必要性が十分に理解されていないから
・同和地区の人々の生活実態が、現在でも困難な状況におかれたままだから
・差別をしてはいけないと規制する法律がないから
・昔からの偏見や差別意識を、そのまま受け入れてしまう人が多いから
また、人権意識度の高い人々ほど効果的と評価している施策や対応は、以下のとおりです。
・差別を法律で禁止する
・戸籍制度を大幅に見直す・廃止する
・同和地区住民の自立を支援する取組みを一般の対策ですすめる
・学校教育・社会教育を通じて、差別意識をなくし、広く人権を大切にする教育・啓発活動を積極的に行う
・同和問題に悩んでいる人たちが、差別の現実や不当性をもっと強く社会に訴える
・行政だけでなく、民間の人権団体も課題解決に取り組む
・同和地区と周辺地域の人々が交流を深め、協働して「まちづくり」を進める
同和問題解決のための取組みにせよ人権施策にせよ、人権意識が高い人の意見を、施策を講じるに当たっての一つの判断基準としてはどうかという提案をさせていただきます。
〈視点5〉人権問題に対する意識と実際の行動との関係性
○「排除問題意識」、「人権推進支持意識」、「被差別責任否定意識」、「差別容認否定意識」、「結婚排除否定意識」、「反忌避意識」、「人権交流イメージ」が高いほど、誰かが差別的な発言をした時に積極的な態度を取る傾向にある。 |
人々の人権意識を高めることが差別発言などの人権侵害を阻止することにもつながることがわかります。それだけに、人権意識の高い人々が人権侵害を阻止するような行動を起こしやすくするための支援、たとえば、ロールプレイなどによって人権侵害の阻止の仕方を学ぶこと、人権侵害について相談・調整・救済できる機関を立ち上げることなどが重要であるといえるでしょう。
〈視点6〉結婚における問題意識と他の差別事象との関係性
○「排除問題意識」、「反忌避意識」、「人権推進意識」の低い人々ほど、結婚相手を考える際に「学歴」、「職業」、「家柄」、「離婚歴」、「相手やその家族に障がいのある人がいるかどうか」、「ひとり親家庭かどうか」、「国籍・民族」、「相手やその家族の宗教」、「同和地区出身者かどうか」が気になる傾向にある。 |
次の図は、これまでの分析結果を踏まえて、とりわけ、同和問題に焦点を当てるならば、なぜ差別はなくならないのだろうかという点について、要因相互の関連を描いたものです。
長年、学校、職場、地域において、同和問題や人権問題についての学習がなされてきました。その効果として、学習経験のある人ほど、「差別は今も残っている」という認識が広がったこと、また、「差別は差別される側の責任である」と考える「被差別責任意識」が弱くなったことを指摘できます。しかし、予期せぬ“効果”として、学習経験を積むほど、「就職差別や結婚差別は将来もなくすことは難しい」という悲観的な意識が広がったということも指摘しておかなければなりません。
他方、家庭や地域など、身近な人間関係における「差別の社会化」の経験によって、同和地区の人々に対する差別意識として忌避意識や結婚排除意識を身に付けると、その後に人権学習や人権啓発を経験しても、忌避意識や結婚排除意識はなかなか弱まるものではないことも明らかになりました。しかも、就職差別や結婚差別をなくすことは難しいという認識を持ってしまうと、同和地区に対するマイナス・イメージが維持され、それだけ、忌避意識につながりやすいという悪循環のメカニズムがみえてきました。
このような悪循環を断ち切ることは容易ではないのですが、みんなの努力によって、少しずつでも部落差別をなくしていくことができるという希望を持てるような人権学習や人権啓発を期待したいと思います。
図 同和問題・人権問題学習と差別の社会化“効果”
〈視点7〉住宅を選ぶ際に同和地区の物件を避ける意識を有する者と同和問題に関する差別がなくならない理由との関係性
○「同和地区の地域内の物件は避けると思う」理由としては、「治安の問題などで不安があると思うから」、「生活環境や文化の違い、言葉の問題などでトラブルが多いと思うから」が多い。 |
どんな人が同和地区を避ける傾向にあるのかを検討してみると、同和地区や運動団体による活動に対してマイナス・イメージを持っているほど、同和地区を避ける傾向にあると解釈できそうです。
同和地区や運動団体による活動に対するマイナス・イメージ自体が、同和地区やその住民との直接の関わりから得られたものというよりは、間接的で曖昧な、しかも、同和地区に対する差別や偏見に満ちた情報によって作られている場合が少なくありません。同和地区との関わりの必要性が重要であることは言うまでもないのですが、誰が何のために、同和地区やその住民についての差別的で偏見に満ちた情報を流すのか、さらに明らかにする必要があるといえるでしょう。
最後に、これまでの分析で明らかになった変数相互の関連を図に示しておきます。ただ、この図の中に、今回の分析で作成した尺度間の関連について詳細に明示することはできていません。
この分析結果を、今後の施策につなげていただければ幸いです。大いに期待したいと思います。
引用文献
・明石市2011『明石市人権に関するアンケート報告書』
・内田 龍史 2007「レビュー/部落問題・人権問題意識調査の動向」『部落解放研究 』(174), 75-80.
・神原 文子2011「これからの人権教育・啓発の課題は何か−近年の地方自治体における調査結果から−」『部落解放研究』193号、64-84.
・佐藤 裕 2002 「部落問題に関する人権意識調査のあり方と「差別意識論」の課題--大阪府2000年調査の経験から」(後編)『部落解放研究』(146), 56-69.
・奥田 均2008 「人権意識調査の動向と今後のあり方(特集 人権行政を考える視点)」『部落解放研究』(181), 46-61.
このページの作成所属
府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ
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