○自然環境の保全と回復に関する基本方針

昭和四十九年九月十八日

大阪府告示第一四六三号

大阪府自然環境保全条例(昭和四十八年大阪府条例第二号)第十条第一項の規定により、自然環境の保全と回復に関する基本方針を次のとおり定めた。

自然環境の保全と回復に関する基本方針

目次

第一 自然に対する考え方

第二 府域の自然環境状況認識

第三 自然環境の保全と回復に関する基本構想

第四 規制地域認定の方針

第五 自然公園法その他の法令に基づく自然環境の保全と回復に関する施策との調整

第六 今後特に配慮すべき事項

第一 自然に対する考え方

 人間は、大気、水、土壌、生物などの微妙なかかわり合いの中で生存しており、この自然環境を離れては生き続けて行くことはできない。環境を現在のような状態に維持している自然のバランスは微妙なものであつて、その全体の仕組みを解明することは容易でなく、将来の人間活動と自然の関係もまだ明確には予測されるには至つていない。

しかし現実には、無秩序な工業化、都市化が自然環境を破壊し、人間自身の生存を脅かすまでに至つてきたことは否めない事実である。

これは人間の歴史で初めて経験する状況であり、この事態が続いた場合の我々の未来は決して明るいものではない。この時点において、我々のなすべきことは、未来に明るい希望をつなぐため、人間活動を自然のバランスに影響しない範囲内にとどめるべく努力することである。すなわち自らの生活を取り巻く自然環境の変化を注意深く見守り、人間生存の盤としての自然を目先きの利己的要求のために破壊しないよう注意し、我々の子孫が永久に良好な自然環境のもとに生存できるように適切な手段を講じる責任がある。

 この目的を達成するためには、自然環境の保全と回復を社会的、経済的活動等すべての人間活動の中で優先して考慮しなければならない。

第二 府域の自然環境状況認識

 府域十八万ヘクタールの自然環境は、北に北摂、東に金剛生駒、南に和泉葛(画像)城の各山系を巡らし、その内部に肥沃な大阪平野、中央に淀川の河口デルタを配してよくまとまつた半同心円構造をもち、その豊かな自然の恩恵によつて古代以来、畿内文化の中心地帯を育ててきた。かつては、周囲の山地と山麓丘陵地帯は深い森林におおわれ、一方淀川河口デルタは広大な湿原地帯を成して、淀川・大和川流域から運ばれた土砂・塵芥を沈積し、自然の浄水場として大阪湾の富栄養化を防いでいた。

しかし、長い畿内文明の歴史を通じて、平野は耕地化し、山地の森林も大部分はマツ林を主とする貧弱な二次林や人工林へと変化したが、人口密集地域の自然環境の崩壊を辛うじて防いでいる。

しかしながら貧弱とはいえ、現存する自然は、農業者を中心とした地域住民の長年にわたる努力の積重ねによつて守られてきたことを忘れてはならない。

淀工河口デルタの湿原地帯では、浪速の津への人口集中に応じて、次第に埋立てが進行し、海岸線が前進して、かつての河口生態系の機能は失われた。浪速の後身である今の大阪市及びその周辺の大都市圏は、極めて緑の量の乏しい劣悪な自然環境と化した。大阪平野の高い生産力をもつ農地も、大都市域の拡大によつて盛んに侵蝕されつつある。また、大阪市を中心として、既に府域の二分の一近くが市街地ないし市街化されつつあり、住局地・耕地・林地の等面積配分が望ましいとする環境保全のための理論は、既に大阪府では適合しがたい現状である。

大阪に穏やかな気候と交通の便とをもたらしてきた大阪湾は、今も昔の姿に変らないが、海況は大きく変化した。河口生態系の消滅と人口集中によつて汚濁した各河川の水は、大阪湾の富栄養化を加速度的に進めている。海岸線の大規模な埋立ても、海の汚染を促進した。水深二十メートル程度の府域の沿岸部では、海底にヘドロと塵芥の集積が著しく、海の生物相を一変させた。いわば府域の環境破壊の総決算の結果ともいうべき大阪湾の水質悪化は、府の自然環境の現状を訴えているものというべきである。

 特に近年に至つて、府域の自然環境は、急速に悪化の一途をたどつており、この勢いをそのまま放置すれば府民の生活に重大な影響を与えるおそれがある。例えば、赤外線航空写真による概況観察は、緑の量及び活性度の著しい減退、汚濁海域の著しい拡大を実証している。また周辺山地を中心に生息する鳥獣や植物、平野の河川の魚類など、いままで残存してきた生物の種類も大幅に減少する傾向にある。

地形・地質的には、山地開発地域で斜面の安定がくずれ、表土の流亡と崩壊が見られる。

大気の汚染は、平野の全域にわたつて植物に影響を与えるほど進行しており、田園地域への工業の進出や農薬の使用などに伴つて、はなはだしい土壌汚染の例さえ生ずるに至つた。

 このような状況のもとで、府域は現に八百万府民の生活の場となつており、今後も相当数の人口が増加するものと推定される。土地は経済効率に重点を置いて利用され、専ら短期的な経済利益追求のための商品として扱われる傾向にある。このような風潮が開発のエネルギーを増幅し、土地の経済的利用への要求と自然環境保全のための要請との間に大きな矛盾が生じる結果となつている。

府域には、学術的に貴重な自然がそれほど多いとはいえないし、また、経済的な土地利用がおしなべて排斥されるべきでないことももちろんである。しかしなおここで、身近なありふれた自然の保全と回復に努め、自然のバランスの維持に向かつて努力することが緊急に必要となつている。人間の豊かな生活の実現は、その基礎をなす自然環境の保全なしにはありえない。

 自然を守るには、長い年月と多くの費用が必要である。したがつてその実行には、行政の努力はもとより企業体並びに府民の自然についての理解とそれを守る意欲の積重ねにまつところ大である。

また、全域の保全の実効をあげるには、地域地域に適応した自然環境保全のための効力が必要である。

その中にあつて行政の果たす役割は、自然環境保全の立場から、土地利用その他のあり方を再検討して、これをすべての施策に反映させ、自然環境の保全を軽視した開発を抑制するとともに、自然を守るための負担の公平化に努め、更に近年とみに盛り上がつてきた府民の自然環境保全への働きかけに協力して、その目的達成を助けることである。

第三 自然環境の保全と回復に関する基本構想

 以上のような認識に立つた府域の自然環境の保全と回復の基本目標は、次のとおりとする。

(一) 府域の三分の一以上を森林等の緑被地として確保する。

(二) すぐれた自然地域及びその付近の自然環境保全上必要な地域を保全地域に指定し保護する。

(三) すべての開発は、自然環境保全の立場を優先し、自然環境の破壊を必要最少限にとどめる。

(四) 現存する自然の質を高め、より環境調節力の強い自然度の高い状態への改良を図る。

(五) 市街地、荒廃地など自然環境の乏しい地域は、地域植生に見合つた緑化を推進し、積極的に自然環境の回復を図る。

(六) 農林漁業が自然環境の保全に果たしている役割を重視し、現にその安定を阻害している要因の除去と積極的な振興施策の推進に努める。

 府域において保全すべき自然は、人間とのかかわり合いの大きな地域が多いので、それぞれの地域の実態に応じて保全を図るものとするが、基本的には次の考え方に立つものとする。

(一) 自然地域、すぐれた自然風景地、貴重な野生動植物生息地、野外レクリエーションに適した自然地域、歴史的文化的遺産を含む地域

府域に現存する山林、池沼、海岸その他は、古くから人間とのかかわり合いが強く、歴史的に著名なものが多いが、それだけに開発の絶好の対象地となつている。しかし、この地域は、府域の自然環境のバランスを回復せしめるため最も重要な地域であり、大半を開発規制地域として指定し、適正な保護、整備を図るものとする。

また、この地域に含まれる既に破壊された部分は、自然環境回復地域として指定するなど、早急に回復を図るよう努める。

(二) 農林漁業地

現に農林漁業が営まれている地域は、食糧その他の供給面のほかに自然環境保全の役割を高く評価するとともに、それが継続されるための適切な措置を講じるよう努める。特に市街地にある農地は、市街化を図る区域とされているが、その環境保全、都市空間としての機能を重視し、市街化を進める場合であつても、可能な限り、これを保全するよう留意する。

また、農業は、現在の化学偏重農業の弊害を無くすよう努めるとともに、自然の循環に適応した技術を高める必要がある。林業についても自然環境を重視する施業が望まれ、適正な比率での針葉樹・広葉樹の混交を図るものとする。

漁業については、漁業資源の確保という意味からも養殖方式の拡大に努める。

このほか、農林漁業地に生息する野生動物についても抜本的な保護対策を検討する。また、この地域の役割として、レクリエーション空間としての意義も見出し、そのための方策を検討する。

(三) 市街地内樹林地、池沼

市街地内樹林地等は大気浄化、気象緩和、無秩序な市街化防止、公害、その他の災害の防止等に大きな役割を果たしており、市街地全体の構成上からも必要なものである。府域では絶対量が足りないので、現存のものは保全に努力するとともにその拡大を図り、特に社寺林、古墳林等は、その学術的意義をも考慮して、これを積極的に保護育成するものとする。また、府域に散在する無数の池沼は、既に大阪平野の風土の一部となつているが、農業水利上の価値が薄れても、気候の緩和・豪雨時の雨水の一時貯水・水質浄化・水生生物保存などの機能が大きいので、その有効な保護活用を考慮する。

(四) 河川

淀川、大和川を始めとする河川、水路は単に治水の役割のみならず水資源としての利用や自然環境のバランス保持にも重要な役割を持つているので、この保全について十分考慮する。

特に河川の管理に当たつては、生物の生存環境を破壊することのないよう十分配慮する。

(五) 

海域は、大阪の自然の重要な位置を占めているが、環境浄化機能、景観等の価値を軽視した汚水の放流や大規模な埋立造成が行われたため、全面的に荒廃してきている。

この広大な海域の環境回復は至難のことであり、長期的にみて陸上の環境汚染の排除なしには達成することができないので、水質、海底、海岸等の浄化に努めるとともに、関連施設の整備を図る。

埋立てについても、大規模な工業用地として埋立ては原則としてこれを禁止するとともに、その他の用に供する用地についても極力これを抑制し、海域の環境に十分配慮する。

 保全すべき自然地域の指定と併せて自然の利用の仕方で特に問題となる公共開発等のあり方としては、それが自然環境に与える影響について事前に十分調査を行い、更に住民の理解を得るとともに、次のような制限を加え、自然環境の全域的なバランスの維持に努める。

(一) 公共開発

公共開発は、公益を目的とするものであるが、必要な自然を破壊してはならない。規制区域での扱いは、次のとおりとする。

 教育施設、福祉施設、医療施設、供給・処理施設等は特に自然環境とのバランスを十分配慮して設置する。

 大規模な住宅、産業開発は行わない。また小規模の開発も自然環境とのバランスを十分考慮して行う。

 道路、ダム等の防災用、地域住民の農林漁業用、生活環境整備を目的とするものであつても、その実施については、自然環境保全に十分配慮する。

(二) レクリエーション利用

レクリエーション需要は大きく伸びており、人間生活の重視から、これに対応することは重要である。特にこれの対応の仕方として過密人口を持つ大阪としては、日常生活圏内でのレクリエーションの場の提供を積極的に図り、長距離移動型の現在傾向に歯止めをかけ、新しい野外レクリエーションのあり方を検討する。しかし府域山地部のレクリエーション利用に当たつては、次のことに留意する。

 遊園地型の施設は局部にとどめ、自然環境との調和を図る。

 自動車道路の建設は原則として山麓までにとどめる。

 清掃・防火施設の整備を図る。

 農林漁業との共存を図る。

(三) 資源採取等

木材、土石、鉱物等の資源を採取し、又は廃棄物を埋立処分する場合は、行為地の地形・地質等に応じた跡地の回復計画をたて、適切な回復を図るとともに、広域に自然破壊が波及しないよう努める。

 府域における自然環境は、市街地の緑不足や山地部の無秩序な利用が大きな問題となつているので、緑化事業を積極的に進める。

緑化事業の推進に当たつては、地域植生に見合つた緑化を図り、早期に地域の自然環境が回復するよう努める。

この基本構想を実現するためには、長年月にわたる物心両面の大きな負担を伴うが、これらの負担は行政、企業体、府民がその役割と能力に応じて、公平に分担されるよう努める。

第四 規制地域設定の方針

自然環境の保全を図るには、府全域の自然環境保全のためのゾーニングを必要とするが、府域のほぼ全域が都市計画区域である特性から、地域ごとの将来の発展方向をふまえて作業を進めるものとする。この中で自然環境保全条例に規定する府自然環境保全地域、府緑地環境保全地域等の指定基準及び地域内施策の基本事項は、次のとおりとする。

 府自然環境保全地域の指定方針

(一) 人間の活動による影響を受けやすい弱い自然で、破壊されると復元困難な地域

(二) 自然環境の特徴が特異性、固有性又は稀少性を有するもの

(三) 当該地域の周辺において開発が進んでおり、又は急激に進行するおそれがあるために、その影響を受け、すぐれた自然状態が損なわれるおそれのあるもの

を対象とし、保護対象を保全するのに必要な限度で他の施策との調整を図り、指定に当たつては、広く関係住民の意見を十分に聞くものとする。

 府自然環境保全地域の保全施策

(一) 特別地区及び普通地区を指定する。

(二) 地域内において自然環境に損傷が生じた場合には、状況に応じすみやかに回復を図る。

(三) 地域が小面積の場合には、地域外と接する部分の取扱いに注意を払い、必要に応じて樹林帯等を造成し、保護を図る。

(四) 適正な管理を図り、必要な保全事業を実施する。

(五) 国土の保全その他の公益との調整、住民の農林漁業等の生業の安定及び福祉の向上に配慮する。

の各事項を進める。

 府緑地環境保全地域の指定方針

(一) 樹林地、水辺地等を含む土地の区域で、その自然環境を保全することが特に必要なもの

(二) 歴史的文化的遺産を含む土地の区域で、その歴史的、文化的遺産と一体となつてその自然環境を保全することが特に必要なもの

を対象として、府自然環境保全地域に準じて指定する。

 府緑地環境保全地域の保全施策

保全地域の保全対象の状況に適応した保全を図り、必要に応じ損傷の回復を図る。

その他、府自然環境保全地域と同等の施策を行う。

 自然環境回復地域の指定方針

自然環境回復地域は、著しく自然環境が破壊された地域で次のものを対象として指定する。

(一) 自然環境の回復を図ることにより、災害の防止が図られると認められるもの

(二) 自然環境の回復を図ることにより、その隣接地の自然環境の保全が図られると認められるもの

(三) 自然環境の回復を図ることにより、都市における緑地空間の確保が図られると認められるもの

 自然環境回復地域の対策

回復事業計画の策定に当たつては、市町村長及び土地所有者等の関係者の意見を聞き、また、地域住民の福祉の向上に配慮するとともに、その実施についても積極的に援助し、管理面にも十分配慮するものとする。

 保全地域外の対策

府域の自然環境のバランスを維持するため、市街地を含めた全地域について、自然環境の保全と回復のための措置を講じるものとする。

第五 自然公園法その他の法令に基づく自然環境の保全と回復に関する施策との調整

自然公園法、都市緑地保全法、近畿圏の保全区域の整備に関する法律その他自然環境の保全と回復に関する諸法令の運用に当たつては、自然環境保全法第二条に規定する基本理念にのつとり、それぞれの法令の目的が十分に達成されるよう努めるとともに、関係法令が相互に有機的な関連を保ち、全体として府域の自然環境が保全され、回復されるよう努める。

特に地域指定に当たつては、目的、規制内容等が類似するものは、極力重複を避けて、いたずらに制度が複雑化しないよう留意する。

また、各地域の特性に最も適した利用と自然環境保全を行うため、適用法令の再検討を考慮する。

一方、都市計画法、砂防法、宅地造成等規制法その他自然環境に影響を及ぼす他法令の運用に当たつても、可能な限り、自然環境の保全と回復が図られるよう努めるとともに、特に必要がある場合は、国に対して法令の改正をも求めるものとする。

第六 今後特に配慮すべき事項

自然環境の保全と回復を図るため、府は次の措置を早急に講じるよう努める。

 自然環境の保全と回復のために必要な損失補償、土地の買取り、緑化事業等に要する経費については、所要の財政措置を講じるとともに、国に対しても税財政上の適切な措置を講じるよう要望する。

 自然環境の保全と回復の必要性について、府民の理解を深め、自然保護思想の高揚を図るため、教育活動、広報活動その他適切な措置を講じる。

 自然保護行政の円滑な推進を図るため、行政体制を充実し、関係行政相互間の調整を図るとともに、市町村との緊密な連携を図る。

 自然環境の保全と回復に関する施策の策定、実施に資するため、試験研究に対して助成を図るとともに、そのための施設整備を行う。

 自然環境の保全と回復のための諸施策を実施するに当たつては、農林漁業がこれまで自然環境の保全に貢献してきたことを考慮し、地域住民の農林漁業等の生業について、その振興を図るとともに、福祉の向上のための措置を講じる。

 自然環境を利用する場合、その保全と回復が確実に実行されるための負担制度について検討する。

自然環境の保全と回復に関する基本方針

昭和49年9月18日 告示第1463号

(昭和49年9月18日施行)

体系情報
第4編 環境保全/第2章 自然環境の保全
沿革情報
昭和49年9月18日 告示第1463号