西側の調査区からは、溝で区画された奈良時代の建物跡が見つかりました。発見された建物跡は一般集落とは異なり、掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)が整然と配置されていました(写真上)。
奈良時代の建物跡より約50センチメートル下層からは、古墳時代前期(約1700年前)の墳墓に伴う周溝(しゅうこう)と堤跡(つつみあと)の一部を検出しました。これまでの調査で60基以上の墳墓が検出されていますが、今回検出された部分は、以前検出された最大規模(墳長(ふんちょう)約32メートル)の前方後方形墳(ぜんぽうこうほうふん)の後方部(こうほうぶ)の一角にあたります(写真下)。他に、土坑墓(どこうぼ)も見つかっています。墓には、人骨がそのままの状態で残っていました。
また、東側の調査区からは、古墳時代前期の貯木施設と考えられる遺構や「敷葉工法(しきばこうほう)」と呼ばれる、当時の最先端技術を駆使した古墳時代の堤を備えた溝が検出されました。これらの遺構からは、木棺や木製容器・建築部材など多くの木製品が出土しました。
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教育庁 文化財保護課 調査事業グループ
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