連載コラム「大阪のだし」  第20回 (平成25年7月4日掲載)

更新日:2017年12月28日

「煮干のだしは昆布と同じやり方で。」           お話いただいた方 : 片山 実 さん  

                                                                                       

 私の故郷は、三重県北部である。母は毎朝、煮干でだしをとり、お味噌汁を作ってくれた。大阪では、だしといえば「昆布とかつお節」が有名ではあるが、一般家庭では、「煮干」は使わないのだろうか。
 
 そこで、大阪生まれ、大阪育ちの知人10名ほどに、子どもの頃、家では何でお味噌汁のだしをとっていたのかと尋ねてまわると、なんと、「昆布とかつお節」という答えより、「昆布と煮干」という答えのほうが多かったのである。お吸い物(おつゆ)にはかつお節を使っても、お味噌汁のだしには、安い煮干を使っていた(いる)のだ。
 
 ならば、煮干について教えていただこうとお邪魔したのが、大阪市福島区で、煮干・昆布・かつお節など、だし材料を専門に扱う「徳島屋」である。
 
 野田阪神の駅を降りて、住宅地と商業地の間の小道を5分ほど歩くと、「徳島屋」の看板を見つけるより先に、ぷーんと、魚介系の乾物の美味しそうな香りが漂ってきた。

 
私たちを出迎えてくれた、代表取締役の片山実さんは、
 
 「そうですか。もう、僕は鼻が効かなくなってて、全然判らないですねぇ。」
 
と微笑んだ。
 
 片山さんが、14年前に父の晴雄さんから引き継いだ徳島屋は、昭和29年創業。業務用のだし材料として、煮干・昆布・かつお節など各種の乾物を、北海道から沖縄まで、更には海外にも出荷している。

 
まずは、煮干の種類について、片山さんに教えていただいた。
 
 「煮干とは、小魚を煮て干したものなんですが、その材料としては、カタクチイワシ、あご(トビウオ)、アジ、ウルメイワシ、エソ、小鯛などがあり、そして、干し海老や干し貝柱も、茹でてから干すので、煮干の一種といえますね。」
 
 なかでも、生産量が一番多くて、最も一般的なのは、カタクチイワシで作った煮干である。ちなみに、おせち料理のごまめ(田作り)は、カタクチイワシを生のまま干し上げたものが使われる。
 
 「瀬戸内産の6cm前後のカタクチイワシで作った煮干は、魚臭さがなく、上品で優しい味がします。」
 
 光沢があって、背中が黒味がかって目が白く煮上がったものがよく、特に、背側が盛り上がって「くの字」に盛り上がっているものは、鮮度のよい魚を加工したものなんだそうである。
 
 「讃岐うどんのだしは、もっぱらこの煮干を使います。今や、東京では、讃岐系のうどんが主流になっていますし、全国的に讃岐うどんが流行るにつれ、全国でこの煮干が使われるようになりましたね。」
 
 「大阪のうどん屋さんでも、隠し味として煮干を使うところがありますが、昔ながらのところは、基本的には昆布と節です。大阪ほど、うどんのだしにお金をかけるところはありませんよ。」
  
 「ただ、最近、全国的にも流行っている『煮干ラーメン』や『魚介系ラーメン』などには、長崎や千葉の九十九里浜で作られる、11cm前後の大きめのカタクチイワシの煮干が使われます。背黒(黒口)と呼ばれるこの煮干からは、力強くて濃厚な味のだしがとれるんですよ。」
 
 今や、ラーメンは、日本食のひとつとして海外に広まっており、徳島屋でも、オーストラリアや北京・香港などに、ラーメン用として煮干などを出荷しているそうである。
 
 煮干イワシの生産量全国一は長崎県だが、瀬戸内産のものは、主に、香川県、愛媛県、広島県、山口県で作られているという。大阪産の煮干はないとのこと。
 
 
大阪湾でもたくさんカタクチイワシが獲れていると聞いたことがあるが、それはどうなっているのだろうかと疑問に思った私は、帰って、本やインターネットで調べてみた。すると、意外な事実を発見したのである。
 
 農林水産省の統計によれば、大阪府の漁獲量ナンバー1は、カタクチイワシ。全漁獲量(重量ベース)の約39%を占める。第2位は、シラス。これは、主に、カタクチイワシやマイワシの稚魚である。(平成24年漁業・養殖業生産統計)。
 
 大阪で獲れたカタクチイワシは、大部分がハマチ養殖のえさになってしまうらしい。片山さんの言うように、煮干は作られていない。
 
 しかし、60年ほど前には、大阪でも盛んに煮干が製造され、「泉州だしジャコ」「泉州煮干」として名が通り、近畿圏に広く出荷されていたらしいのだ。
 
 昔から大阪湾で豊富に獲れたカタクチイワシは、泉州では、「手々噛むいわし(新鮮で手に噛み付くようないわし、という意味)」という売り声で鮮魚としても売られていたが、主には、江戸時代には、河内や和泉で盛んだった綿栽培の肥料として利用され、戦前から戦後にかけては、煮干の原料として利用されたらしい。
 
 昭和30年代には、堺以南に100軒以上の煮干加工場があったといい、春から夏に獲れる脂分の少ないイワシを、浜で釜茹でしてむしろに干す光景は、泉州一帯の夏の風物詩であったそうだ。(参考文献:平成9年大阪府漁業史編さん協議会編集発行「大阪府漁業史」)
 
 ところが、化学調味料の普及や、他の産地のものに押され、20年ほど前には、大阪の煮干加工業は廃れてしまったという。
 
 さて、話が少々ずれてしまった。片山さんのお話に戻ろう。
 
 次に片山さんに教えていただいたのは、煮干のだしのとり方である。
 
 「煮干のだしのとり方は、昆布と同じと考えてもらえばいいです。」
 
 ええ? 実家では、ぐらぐらと煮出してましたけど?
 
 「そうすると、魚臭さが出てしまうんですよ。昆布と同じやり方のほうがいいんです。しばらく水に漬けて、沸騰する前、できれば60度から70度くらいで引き上げると、臭みも出ず、上品な味のだしがとれるんですよ。」
 
 昆布の水出しと同様、一晩水に漬けておくだけでもよいという。
 
 「こういった方法なら、瀬戸内産の小さい煮干であればほとんど臭みも出ないので、頭も腹わたも取らなくて大丈夫ですよ。」
 
 「煮干には、旨味成分であるイノシン酸が、グラムあたりでいえば、かつお節なんかよりずっと多く含まれているんです。簡単ですし、安いものですし、ぜひ、もっともっと気軽に使ってほしいですね。」
 
 徳島屋では、煮干以外にも、昆布や鰹節などの各種の節を扱っており、それぞれを個別に出荷するほか、各お店の要望にあわせたオーダメイドの業務用だしパックも作っている。キッチンが狭くて、だしを濾す場所の確保や、だしを濾すのに使う「ネル」生地の衛生管理が難しいお店などに、大変好評だという。
 
 「煮干の味をもっと効かせて、とか、お店ごとのご要望にあわせて、だし材料を調合します。パックのサイズも、お店の鍋の大きさにあわせて、10L用とか20L用とかいろいろ作っています。一度作ってしまえば、毎回、均一のだしがとれますから便利だと思いますよ。」
 
 うどん・そば・ラーメン店を開業したい方、既に営業している方を対象に、テストキッチンを無料で開放し、だしの基本を教えたり、オリジナルのだしの調合の相談にものっている。
 
 家庭向けのだしパックは作っていないのかとお尋ねすると、
 
「小袋専用のラインを作らないといけないんでねぇ、、、。」
 
 ということで、作っていないそうである。
 
 そんなこと言わず、業務用だしのノウハウを活かして、大阪人向けのだしパック、とか、各地の好みにあわせた家庭用のだしパックを作ってほしいなぁ、と元来不精な私は、わがままにも思ったのであった。
 
 
 
 
 

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  片山 実  さんのプロフィール
 

片山実さん

片山 実 (かたやま みのる)
   
有限会社 徳島屋 代表取締役
 
1961年大阪府生まれ。
父の晴雄さんは、徳島県出身で、大阪の昆布屋での丁稚奉公を経て、昭和29年に独立し、徳島屋を創業した。
その父の後を平成10年に継いでからは、工場の拡大やテストキッチンの開設・無料開放を行うなど、業務用のだしの製造・卸として、積極的に、うどん、そば、ラーメン店などのサポートを行っている。
 
 
「有限会社 徳島屋」
 
〒553-0002
大阪市福島区鷺洲3−7−9
TEL:06-6451-6930
FAX:06-6451-6958
http://www.e-tokushimaya.com/

                              

           

   

各種煮干

いろいろな種類の煮干(左上から時計回りに、アジ、カタクチイワシ(瀬戸内産)、エソ、カタクチイワシ(九十九里浜産))


 
 
 
 
 
 
 
 
     

画像です。瀬戸内産のカタクチイワシ煮干

   瀬戸内産のカタクチイワシ煮干
  
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


   煮干の袋詰め作業風景

    カタクチイワシ煮干の袋詰め風景

  
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    文=日下部貴美子  写真=谷 秀樹

このページの作成所属
府民文化部 都市魅力創造局魅力づくり推進課 魅力推進・ミュージアムグループ

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