連載コラム「大阪のだし」  第16回 (平成25年4月18日掲載)

更新日:2017年6月30日

「大阪産(もん)の野菜と大阪料理」                  お話いただいた方 : 北野 博一 さん  

 

                                                                                       

 河内長野市を中心とする大阪南東部の緑豊かな山麓エリアを「奥河内」と呼ぶようになったのは最近のことだ。その言葉の持つ美しい響きどおり「奥河内」には、岩湧山(いわきさん)、金剛山、滝畑四十八滝など、山歩き(トレッキング)に最適な美しい自然もあれば、高野山への参詣道として平安時代より栄えた高野街道が通い、古刹・名刹、古民家、歴史ある温泉など、情緒あふれるスポットも数多い。
 
 「奥河内」の玄関口である南海高野線河内長野駅には、大阪市内から電車で約30分で到着する。駅前の広いロータリーを出て1、2分も歩くと、懐石・日本料理の「喜一」の暖簾をくぐることができる。
 
 店主の北野博一さんは、大阪で6年、京都で10年修行した後、平成2年に故郷の河内長野市で独立開業した。以来、大阪産の食材にこだわりながら、本格的な、しかし、肩のこらない懐石料理を提供し続けている。
 
 「僕は、料理には食材が一番大事、と思ってるんです。京料理は京野菜があってこそであり、大阪料理には大阪の野菜が必要なんです。このあたりでは、勝間南瓜(こつまなんきん)、鳥飼(とりかい)なす、大阪千両なす、毛馬胡瓜(けまきゅうり)など、多くの大阪産(もん)の野菜が栽培されているんですよ。大阪千両なすは、皮が柔らかくて、焼いても揚げても美味しい。毛馬胡瓜は、河南町で作ってる人がたくさんいて、奈良漬や浅漬けにすると美味しいんですよ。」
 
 「野菜以外には、大阪湾で獲れたものを積極的に使っています。これからの季節だったら、アナゴ、スズキ、鯛、タコなんかが美味しい。あまり使われていないようですが、僕は、舌平目も本当に美味しいと思いますね。」
 
 北野さんは、自分たち料理人が、地元大阪の食材を工夫して美味しく料理することで、大阪の農家の人や漁師さんが儲かってくれればうれしいと言う。
 
 「厳しい状況で頑張ってる農家の人たちが一杯いらっしゃるんです。でも、私が売って歩くわけにはいきませんしね。自分の仕事を通じて、大阪産の野菜をアピールして、陰で農家の人たちを支えられれば、と思ってるんです。」
 
 大阪の素材をふんだんに使って北野さんが作るのは、京料理らしさと大阪料理らしさを独自に組み合わせた懐石料理である。
 
 「14代続く京都の老舗料亭での修行が長かったもんですから、京料理がベースにあるんですが、自分らしさを出したいと思って、いろいろ工夫してます。」
 
 「京料理は、ごく薄味で、素材を活かした公家さん向けの料理。お吸い物なんかも、一口目は『ちょっと水っぽいかな。』と思うくらいなんやけど、最後まで飲むと、『ああ、旨かったな。』と思うような味。それに比べ、大阪は、商人の街なので、一口、二口目で、『ああ、旨いな。』と思うような、ちょっとしっかりした味が特徴ですね。」
 
 だしをとる昆布も、利尻昆布や真昆布などいろいろなものを使い分け、節も、枯れ節、花かつお、まぐろ節、さば節など、用途によって使い分けをしているそうである。
 
 「うちは、仕出しもやってますんでね。出来上がってから2時間後、3時間後に食べていただく仕出しを、お店の料理と同じ味付けにすると、味がぼやけてしまいます。しっかりしただしで煮炊きしておかんとあきません。」
 
 ということで、「喜一」では、毎日、4種類のだしをひいて、料理ごとに使い分けているのだそうだ。まずは、「一番だし」。
 
 「お吸い物に使う最上級のだしです。利尻昆布と、枯れ節と血合いを抜いたマグロ節を使っています。」
 
 次いで「二番だし」。一番だしをとった後の昆布や節を20分ほど煮出し、最後に追い鰹をして味と風味を足す。旨みは薄めだが、ボイルした野菜を、この二番だしに浸してから一番だしに漬けると、味が乗って深みが増すのだという。
 
 「手間はかかるんですが、この味の深みは他の調味料では出せないんですよ。野菜のおひたしなんて、どうという料理ではないんですが、お客さんも“美味しかった”と喜んでくださる。以前、若いもんが忙しいからと手を抜いて、いきなり一番だしに漬けたことがあって、怒ったんですよ。食べればすぐにわかります。」
 
 3番目は「八方だし」。二番だしをベースに清酒と味醂を加えて煮込み、最後に、やはり追い鰹で旨みと香りを足す。竹の子などの野菜を煮るときに使うそうである。
 
 そして最後は、「ご飯だし」。
 
 「炊き込みご飯用のだしです。一番だしで炊いたご飯では、仕出しに入れて冷めたときに、物足りないんですよ。」
 
 ご飯だしは、真昆布を前日から水に漬け込み、そのまま火にかけて、沸騰する直前に、荒削りの鰹節とサバ節を加えてとったものである。
 
 「だしとりは一生ですわ。昔、京都で修行していたときに、そこで40年以上も働いている大先輩がおって、その人が休みのときには、同じ昆布、同じかつお節を使わせてもらってだしをひくんですけど、何回やっても同じ味が出ませんでした。その人のだしの味は、今も舌に残っているんですが、今でもなかなか同じ味は出せませんね。」
 
 特に昆布の扱いは難しいのだそうだ。季節によっても水温によっても、昆布から取れるだしの味は全く異なるという。
 
 「最上の昆布でなくても最高のだしがとれることもあるし、雑味が出てしまうこともある。気候を肌で感じて、昆布のエキスを見極める。料理人の腕、感性というんですかな。」
 
 京都の修行時代は、お客さんからも多くのことを教えていただいたと、北野さんは言う。
 
 「昔は、食道楽の、いわゆる旦那衆という方がたくさんおられました。鮎を食べて、これはどこそこで獲れた鮎やな、と当てはるような人たちです。そんな旦那衆が来られるという日は、朝から料理人はまな板削って、ぴりぴりして準備したもんです。怖かったですよ。あかんかったら怒られるし。そやけど、よかったらご祝儀をくれたりもする。料理をわかってくれる人がいるからこそ、料理人の腕もあがるんやと思います。」
 
 北野さんは、今やほとんどの家庭で、だしをとって料理していないことを、すごく残念に思っている。
 
 「今、日本料理は、世界遺産の登録を目指していますよね。そんな凄いレベルにある日本料理を、もう一度皆さんに見直してもらいたいんです。それは、ご馳走やグルメや、と外で食べることではなくて、家でちゃんとだしをとったお吸い物やお味噌汁を飲んで、炊きたてのご飯を食べることやないか、と思うんですよ。美味しいだし、炊きたての白いご飯、お漬物、そんなものを家で食べるほうが、本当は美味しいんちゃうか。みんながそうしたら、僕ら料理人なんていらんのちゃうか、と思いますね。」
 
 確かに、家で作っても、ちゃんとだしをとれば、びっくりするほど美味しい料理にができる。それでも、と私は思うのだ。旦那衆に鍛えられた腕で、地元の食材をふんだんに使った北野さんの日本料理を、お店や仕出しで気軽に食べられる「奥河内」の人たちが羨ましいなぁ、と。
 
 


 
  
  
  
 
 
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    北野 博一 さんのプロフィール

北野博一さん写真

北野 博一(きたの ひろかず)
 
「喜一」店主。
 
大阪の数々の和食店で6年、京都南禅寺の老舗料亭で10年間、板場修業にあけくれた後、南海高野線河内長野駅前に平成2年に「喜一」を開業。
 
山里の野趣と都の風雅をあわせもつ料理が特徴で、懐石膳や、慶弔膳など幅広く供し、地元から絶大な信頼を集める。
 
「ミシュランガイド京都・大阪・神戸・奈良2013」では一つ星を獲得。
 
地元の食材に造詣深く、生産者との交流も盛んに行っている。

大阪料理会メンバー
http://www.amakaratecho.jp/osaka-food/
 
 
 

「喜一」
〒586-0015
 大阪府河内長野市本町11−30
電話 0721-56-3065
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
                      

           

        

お吸い物写真        

一番だしを使った白魚とこごみのお吸い物。
 
  
 
 
 
 
 
 おひたし写真
いかなごと水菜のおひたし。野菜のおひたしは、二番だしに漬け込んだ後、一番だしに漬けて、だしの旨みを十分に含ませる。
 
  
 
 
 
 
 
 
 野菜の炊き合わせ
 河内長野産の竹の子とフキと飯蛸(イイダコ)の炊き合わせ。八方だしを使って煮含める。   

            

           

                    
              
                
               
               
            

             
           
               
             

                

                文=日下部貴美子  写真=山田泰常

このページの作成所属
府民文化部 都市魅力創造局魅力づくり推進課 魅力推進・ミュージアムグループ

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