大阪府教育基本条例案に係る維新の会と府立学校長との意見交換会 議事録

更新日:平成23年10月19日

○出席者

 大阪維新の会 約50名

・執行部

浅田議員、大橋議員、松井議員、宮本議員、青野議員

・条例案作成チーム

紀田議員、置田議員、岩谷議員、横山議員

・教育常任委員

池下議員、奥野議員、中野(隆)議員、古川議員、堀口議員、阿部議員、西野(弘)議員

   ほか約34名 計 約41名

 府立学校長 7名

  鈴木たまがわ高等支援校長、山田西成高等学校長、前金剛高等学校長、中原和泉高等学校長、秦寝屋川高等学校長、兵庫天王寺高等学校長、山口茨木高等学校長

   府教委事務局 

  中西教育長、川村教育監、藤井教育次長、津田教育振興室長、角野市町村教育室長、大西教職員室長

≪議事録≫

(大橋議員)

校長協会の先生方に出席いただきまして、ありがとうございます。大阪維新の会議員団提出予定の条例案について、意見交換会を開催する。今日は忌憚のないご意見をいただきたい。まず幹事長からごあいさつする。

(松井議員)

こういう時間帯に意見交換する場をつくっていただき、また出席いただき、ありがとうございます。我々の教育基本条例、今、様々な議論をしていただいているが、考え方はごくごくシンプル。教育というのは、誰のためにあって、何の目的のためにあるのかということ。今、議会開会中で、この条例について、さまざまな意見がある。教育は誰のためにあるのか。それは児童生徒、子どもたちのためにある。何のためにあるのか。それは、その子どもたちに生き抜く力を持ってもらうため。この教育基本条例については、拙速にやるものでもなく、もっとじっくりと時間をかけるべきものだという意見もある。議論の中身は熟議をしていきたい。しかし、今の日本に時間をかける余裕があるのかというのが正直な気持ち。知人で中国の学校に通っている子どもの親が、子どもが中学校に行くのに悩んでいる。日本の学校か、中国の学校にいくのか、アメリカの学校にいくのか。子ども自身は日本の学校に行きたいという。なぜだと親が聞くと、楽だからという答え。今日の本会議でも英語の授業の話が出たが、中国では小学校1年生で5時限、英語教育がなされている。何も特別な学校ではなく、ごくごく普通の中国の学校、普通の世帯の子どもの話。今、世界経済が変わってきている。ここにいる議員の多くは、日本国内で内需拡大で、働く場所がある時代に生きてきた。これからの次の世代は、グローバルスタンダードの中で競争していく。子どもたちが生き抜く力をつけるために教育があるのだ、というシンプルな考えから、条例によって大きく学校現場を変えていかなければならない。決してみなさんの今までのご努力を否定しているわけではない。世界はすごく速いスピードで変わってきている。今、日本で大学を出て6割しか就職できていない。日本のトップ企業は、一人一人の能力でもって世界から人材を求めている。日本の次の世代に、そこで生き抜く力をつけてもらう。そのためには、今日お見えになっている教育現場のみなさん方の力が必要。教育現場のみなさんをしっかり支えていける、そういう制度をつくって行きたいというのが、この教育基本条例。完璧だとは思っていない。現場のみなさんの声を聞かせていただくために、こうして意見交換会を開いた。ぜひ忌憚のない意見をいただき、お一人お一人が目標をもって、それを遂行できるような教育現場を作り上げたい。

(大橋議員)

本日進行の大橋です。本日は浅田議長も参加されている。それでは、委員会の方から藤井次長、進行をお願いする。

(藤井次長)

まずは、冒頭に教育長からごあいさつ。

(中西教育長)

みなさん、こんばんは。教育長の中西です。冒頭に一言だけごあいさつさせていただく。9月16日に意見交換をさせていただき、本音の議論で、ありがたかった。その中で、条例案が学校現場の実情とあまりにかけ離れているということを申し上げたが、今日はそういう意味で、学校現場の代表である校長先生方のご意見を聞いて頂ける場をもっていただき、感謝。今日は7名の校長が出席。学校のタイプがかたよらないように、また、民間人校長、支援学校長、女性校長など、できるだけ多様なメンバー構成にしたつもり。条例案に対する意見、考え方も違うが、どなたも、府立学校長として、大阪の公立学校教育をリードしていただいている方。先日、若干の打ち合わせをしたが、私からは、それぞれの校長としての思い、考え、信念を率直に話してほしい、教育委員会のことを、気にしていただかなくて結構とお願いしてある。教育委員会事務局も同席し、特に、現在、事務局に在籍している校長経験者7名も参加して、議論に加わらせていただくこともある。有意義な意見交換になるようよろしくお願いしたい。それぞれの校長先生の発言にあたっては、冒頭に学校名とお名前と自己紹介をしていただく。どうかよろしく。

(奥野議員)

始める前に、ちょっと。今、教育長から多種にわたって校長先生に来ていただいたとあったが、本来なら校長協会の会長に申し入れて、そこでどんな方に参加していただくかということをアンケートなりとって、来ていただくのが妥当。今回の人選をどのようにしたのか。校長協会から来たいという方の要望はなかったのか、聞きたい。

(中西教育長)

大橋政調会長から、人選は好きにやってくれとの話だった。率直に言うと、中原先生には入って欲しいという要請があり、あとはフリーハンドで選んで欲しいとのこと。できるだけ重ならないように多様なメンバー構成になるように、校長協会会長の山口先生の意見を聞きながら。現場に詳しい教育監とご相談していただいて決めた。

(藤井次長)

本日7人の校長が出席しているが、テーマごとに発言する。まず、1点目に定員割れの問題と学区廃止に関連して、公立高校の役割について。2点目に任期付校長の公募について。3点目に学校の組織論と人事評価について。この3つに分けて、それぞれ発言いただき、テーマごとに先生方からご質問いただき、答えさせていただく。場合によっては、事務局の校長経験者からも発言させていただく。では、1点目の公立高校の役割について、前校長から。

(前校長)

金剛高校校長の前です。最初に、現場の校長にこのような機会を与えていただいたことに大変感謝。私の学校は7学区の南に位置する創立33年目の新しい学校。グローバルな視点が必要というのは、全く同感。この厳しい世界を生き抜いていく、課題山積みの中で社会を生き抜く力を、生徒たちにつけていきたいということは、私たちの願い。学校は2つの役割を果たすべきと考える。成績中位層、ボリュームゾーンの子どもたちを預かる者として、1つめは、地域で根を張って活躍できる人の育成。2つめは、個人が持っている力を最大限に伸ばして、幸せを追求する力をつけていく人の育成。私が懸念するのは、本校の子どもたちのような中間層を形成していくようなところが非常に厳しい。35歳の中核を担う人たちの年収は、10年前に比べると、200万円くらい減少している。中間層が崩壊の危機。本校では、まず生き抜く力をつけるように日ごろから言っている。そのためには、まず学力の向上。すべての生徒がすべての先生の授業アンケートを年2回実施しているが、今年はそのポイントが上がった。課題と考えていた、家でしっかりと学習できる力をつける、学びに向かう授業づくりの結果が良かった。どこの校長もそうだが、自校の課題が何なのか、どんな生徒を育てるのかということを明確にしている。また、今回の震災があり、地域の絆、つながりあっていく力の大切さが見直されている。資料(金剛高校通信)をご覧いただくと、昨年度、こころの再生府民運動で優秀校に選ばれたことを掲載してある。これは一見、学力につながらないように思われるが、PISAが言っている学力は、課題を見つけて知識や技能を活用していく力、多様な他者とコミュニケーションしながら共同して課題解決していく力である。こんな学びが社会での学びにつながり、生徒のモチベーションにもつながる。そんな学校だが、今年度6人の定員割れをした。7学区は、後期の出願が始まる前から、募集人数が中学3年で残っている生徒よりも少なかった。そんな中だが、受検者の評定の平均は過去最高だった。本当に来たいと思っている生徒が入ってくれた。地元率も上がった。富田林市からは50%に近づいた。もちろん定員割れは学校がもっと工夫し、食い止めるべきこと。本校がこころの再生府民運動で優秀校になっており、ハートでは一番ということは、塾では宣伝してもらえない。ただただ定員割れということだけで、この学校はなくなった方がいいというのではなく、中身も検討してほしい。

(山田校長)

西成高校の山田です。松井先生の誰のためか、何のためかというお話があったが、私も全くその通り。この条例案について、3点意見を述べる。1点目は、公立高校の将来像と西成高校のミッションについて。大阪府では、全・定・通を合わせると後期中等教育の進学率は97%。つまり、小学校や中学校で課題となっていたことがすべて高校に入ってくるということ。高校では、選抜によって濃縮される。グローバルリーダーを育てる高校、社会的に底支えする高校、ボリュームゾーンを伸ばしていく高校。

高校授業料の無償化があったが、西成高校では、最も困窮している層はあまり変わらなかった。従来から授業料減免、生活保護による援助など、福祉的な援助を6〜7割の生徒が対象となっている。そのような現状で、西成高校では、社会に役立つ人を送り出したい。たとえば、社会を支える納税者として送り出したいという思いがある。生徒の実態から言うと、ひとり親家庭が5割を超えており、家庭に自分の机もないという子が5割を超えている。子どもたちが家庭の状況にとらわれず、学校で学び、自立して社会に出ていくことが我が校のミッションと考えている。2点目は、公私の競争と定員割れについて。23年度入試において、本校は90名の定員割れ。ここ6〜7年は、ずっと1.1倍程度を維持してきたが、後期入試になったことも影響。私学の無償化と定員割れが一直線に結びつくかどうかわからないが、保護者たちの大阪的な受け止めとしては、公立が14万4千円の授業料がタダ。私学は50万円がタダになった。どっちが得かという発想になると、同じタダなら50万円の商品をというように考えたのではないだろうかというのが私見。3つめは、大阪の中学3年生の通塾率は73%で、神奈川県とほぼ同じで全国1位で、本校は18%。23年度入試で、塾はどう動いたのか。事前相談、早期合格出しがかなりあったと聞いている。公立の公正な選抜では、そういうことは絶対にないこと。府教委の方針では、「入れる学校から入りたい学校。そして、入ってよかった学校」へというキャッチフレーズがある。しかし、西成高校は、入りたい学校になっていない。「西成高校は、面倒見がいいから、行ったらどうや」と中学校の教員や保護者からすすめられてきている子どもが多い。本校では、そういう子どもたちに、たとえば毎年20名以上ヘルパー2級の資格をとらせて卒業させている。就職内定率もここ2〜3年は、ほぼ100%に近い状態で、未定者も10名未満に下がってきた。多くの生徒たちは、入ってよかった学校と思って、卒業していく。入りたい学校にはなっていないが、卒業時には、入ってよかったと思わせることが我々の使命。セーフティネットの高校から見て、定員割れ3年で統廃合というルールは、非常に学校の努力以外のものがあまりにも大きい。条文にある改善というのは、どう改善していけばいいのかと困惑する。

(紀田議員)

西成高校の校長に伺いたいが、このご時世で就職率100%の内定率とはすごい実績だが、このことは中学校3年生には魅力だと思うので、その情報が広まれば定員割れはないように思えるが、その点どう評価しているか。

(山田校長)

そういうのは地味な仕事。一応、WEBページも含め一生懸命に広報し、中学校に年間で、のべ150校〜200校訪問している。ただ、高校卒業生の5割が大学進学希望という時勢。大学卒業生の6割が就職内定できないという状態を想定するなら、高校で就職をするという、適正な学歴があるのではないかということを、進路指導している。しかし、地味で浸透しにくい。本校の就職先は、地元の中小企業が6割を占めているので、派手さを欠くところもある。

(西野(弘)議員)

卒業率の状況は。

(山田校長)

年によって違うが、240名募集で、170〜180名卒業。

(青野議員)

小中学校の課題がすべて高校に濃縮されるということだったが、中学校の進路指導と高校とのコミュニケーションは、日々どんな関係か。

(山田校長)

中学校との関係は非常に大事。常に意識し、情報を流し、情報をいただいている。ただ、選抜の壁があるので、なかなかそれ以上の密接な関係はむずかしい。それほどツーカーで話をできる状態ではない。小中のことがすべて濃縮されるというのは、たとえば、児童虐待であるとか家庭の状況のしんどさが、高校になって初めて始まるわけではないということ。年間多い時は、児童相談所に20名くらい相談に行くこともある。面倒見はいいけど、まだ子どもたちが喜んで行く学校になれていない。

(松井議員)

今、二人の先生から、生き抜く力が必要とあったが、校長先生方は、その力をどうとらえているのか。ヘルパー2級は、生き抜く力につながると思う。前先生の学校の英語のTOEIC Bridgeも生き抜く力に直接つながる。定員割れは仕方がないという状況の話だが、それは入試の制度、システムの話。それは教委で、公私の競争の中でこれから変えていけばいい。公どうしの競争も必要。学区も撤廃し、公立どうしも競争していけばいい。6名の定員割れなら、学区撤廃により対象が広くなることで、出願者も多くなるはず。先生の思いが伝われば、必ず定員割れは解消できますよね。それは必要と我々は考えているが、いかがか。

(山田校長)

西成は3学区の1番西の北の端。木津川を渡れば大正区。学校を中心にコンパスで円を描くと、ほとんどが学区外。一定弾力的な通学区域の広がりは、私は大事だと思う。以前勤務していた岬高校の場合、一番近い隣の学校は和泉鳥取高校だったが、通学定期の差は3年間で30万円違う。学区を撤廃すれば、確かに子どもたちが選べる範囲は増えるが、選ぶ条件に経済的条件もからんでくるのではないか。

(松井議員)

選ぶ経済的背景と学区撤廃は別の問題。そもそも無償化になる前は、公立高校も年間14万程度の授業料をいただいていたのだから。それがごくごく普通の状態だった。子どもたちがその学校のそれぞれの魅力に合わせて選べるシステムを作ればよい。そうすれば、先ほどの金剛高校の6名くらいの定員割れだったら、魅力があれば違う学区から来る。なぜ、学区が必要との主張があるのか、わからない。学校に生きる力をつける自信があれば、学区に縛られない方がプラスになると思うが。

(前校長)

自分の学校のことだけを思えば確かにそうかもしれない。本校は7学区の西の端で、急行1駅で隣の学区。そういう意味では、調整等の措置で1駅くらいの隣の駅からは、来ていただきたいなと個人的には思う。今の学区というのは、議論に議論を重ねて最近固まったもの。今、府民にニーズがあるかどうかというと私はちょっと判断できない。

(松井議員)

スピード感が必要。つい最近、教育の現場でいろんなことが変わった。公立も私立も無償化になった。その変わったという状況をぜひ理解していただき、個性のある学校を作っていただいて、そこで生き抜く力をどのようにつけていくのか。そのことには大賛成と言っておられるのだから、今までの組織論に縛られず、理想論でこうしたいということを教えてほしい。

(大橋議員)

1点だけ端的に。どちらも定員が割れているが、仮に入試の関係で、1.5次とか2次とか、時期を遅らせた入試が可能ならば、回復、克服できるのか。

(前校長)

正直言って、成績中位層の生徒は、早く決めたいという思いが強い。公立は負けたのではないかと一般的に言われるが、実際には前期の学校は、文理科以外も倍率は高かった(1校除いて)。本校は普通科総合選択制と言って、前期の中にあって、まさに中位層の生徒が来るところだったが、中学生で言うと卒業式後に、これから入試だというところは、どちらかと言うと勉強に対してそれほど執着がない層については、しんどかったと思う。私学には1.5次もあるし、根こそぎいなくなった後での勝負になり、入れ物の方が大きい状態になっていた。

(松井議員)

それは制度、システムの話。システムさえ変えていけば、十分競争に耐えうる教育を現場ではしているということですね。それなら、私学との競争もそうですし、公立どうしの競争もありですね。

(前校長)

いい意味で、競い合い高め合っていくことが大切。

(大橋議員)

先生のお話では、高校の数が多いような印象を受けたが、どうなのか。みんなが殺到した後、草刈り場状態で、入試が遅くなったら生徒が来ませんというように聞こえたが。

(前校長)

私は新聞見ていて、私学の志願者は定員の数の2倍近くあった。しかし、ほとんど全員合格している。要は、定員以上にとっておられる。それがなければ、こんな13校中5校しか充足しないという状態は、なかったと思っている。

(大橋議員)

結局、高校無償化と私学助成の拡充がいっぺんに来すぎ、浸透できてなかったということ。

(前校長)

塾の先生に事前相談してくださいとよく言われるので、本校の教員にも相談に乗るように言っているが、私学なら、今のこの成績なら入れるかどうか言ってくれると言われる。言ってあげたいし、そこで囲い込んでおけば、確かにとれるのかなと思うが、それは許されないこと。また、私学では、広報に1千万かけるというような手法の違いもあるので、不利なところもある。

(橋本議員)

すべての校長先生方に聞きたいが、学区制撤廃の率直な見解は。私の頃は、学区制がきつかったが、やっと今の高校生は自分で選んで行けるような時代になるのかと条例を見て思っている。今まで大人の都合で子どもたちを縛ってきていた。先日も教育委員会の方が、学区制の撤廃に反対していたが、その理由が全くわからない。子どもたち、受験生には選択する自由があってしかるべき。

(鈴木校長)

たまがわ高等支援学校の鈴木です。4学区制になって、かなりの数から学校が選択できるようになり、それほど年数が経っていない。教員としては、すべてのニーズに合うように学校を選択できるようにしてやりたいという思いはあるが。今回の定員割れの問題は、公立の定員発表後に私学の無償化が決まったということもあるので、今年の数字だけでは、この問題は話せない。前先生が言われたように、がんばっても私学に、子どもがもう行ってしまっていて、いなかった。だから、来年私学と公立が同じ条件になったところで出たデータを基に考えるべき。学区の撤廃の問題も同じ。

(山田校長)

現状を変えなければいけないとは思っていない。半数の高校はどの学区からも行けるし、調整もある。たとえば、3学区は50校から選べる。さらに全学区で選べる学校もあるので、選択の幅の制限はあるものの、極端に狭くなっていない。

(前校長)

通学可能なところの調整でやっていただければ、大丈夫。

(中原校長)

私は賛成。理由は生徒や保護者の利益になるから。これだけ国際化がすすみ、もしかしたらインターナショナルスクールみたいなところや、海外、他県に行ったらいいんじゃないかという選択肢がある中で、狭い大阪の中で、1区の中でというように視野を狭くするのではなく、選択肢を広げる方が生徒や保護者のためになる。

(秦校長)

基本的に自由競争論者ですが、このテーマに関しては懸念の方が大きい。なぜなら、対象が中学生だから。中学生の選択が、どうしても早い時期に決めたいというのは、現場での実感しているところ。4つの学区の中で適切な情報を与えて選ぶ方が、今はいいと思う。

(兵庫校長)

学区があるのは普通科だけ。文理学科、専門学科、工業高校などについては、学区はなく大阪府全域から行ける。普通科については、先ほども議論があったようにその学区の中で、中学校との連携などを密にしていくことが必要。選択幅については、学区が広がって、その中で十分選択が可能になっている。境界のところについては、調整という手法でもう少し弾力化すればよい。

(山口校長)

私も同じ考え。4学区になって、それほど時間が経っていない。保護者や生徒、中学校の教員にとっても、学区が広くなれば、その学校がどういう学校か知る必要もあり、進路指導に負担が出てくる。そこに登場してくるのが塾の存在。塾はたくさんデータを持っているので、中学校はかなわない。塾が進路指導の中心になってしまっている。

(大橋議員)

では次長、次のテーマを。

(藤井次長)

では、2つ目のテーマで、校長の任用のあり方について、こちらの方からお二方、兵庫先生と中原先生の方から。

(兵庫校長)

兵庫でございます。よろしくお願い申し上げます。先ほど幹事長がおっしゃったように、教育に対する思いというのは皆さん方とほぼ共有できるものだろうと私も強く思っている。その時に、校長というのは1つの学校を責任を持って運営していくということなので、そこに通っている生徒たち、本校だと約1,000名の生徒いる。その生徒たちをどういうふうに育てていくのか。1年、2年、3年と通してどう育てていくのかということになると、やはり高い教育的な情熱と高い識見というものがいるんだろうと思っている。それと、先ほどからお話になられたように、全体をマネジメントして、組織的に運営していく能力も当然いるだろうと思うので、その2つを兼ね備えた人材が学校現場にはふさわしいのではないかと思っている。入学してから卒業するまで、生徒の学びと育ちをしっかり促していく、カリキュラムマネジメントというが、要するに教育課程をどういうふうに組み上げていくのか、1年生、2年生、3年生とどういうふうに教科を配置していくのか、そして課外活動をどういうふうにやっていくのか、あるいは部活動の位置づけをどうするのか、というふうないわゆる専門的な知見と見識がいるだろう。その上で例えば教職員をチームとしてそれぞれがしっかりと学校の校長の示す学校の教育ビジョンを実現するためにどう共働性を発揮していくのかという意味では、当然マネジメント能力もいるだろうと思っている。その2つのものを兼ね備えて学校を運営していく責任があるのだろう。学校というのは、子どもたちの教育を担っており、失敗したというわけにはいかない。子どもたちにとって一生のかけがえのない時期を学校で生活するわけだから、それをきちっと指導していくためにはそのような見識がいるだろうと思っている。残念ながら今回お示しになられた内容で言うと、「マネジメント能力の高さを基準として」としか書き込まれていないので、是非ともそういう所で教育というものの内容をしっかり踏まえたものにしていただければさらにありがたいと思っている。次に、任用・公募制についてだが、校長にふさわしい人材をしっかり広く募るということについてはまさに同じ思いをしている。現在も皆さん方ご承知のように、民間からの任用、あるいは行政職からの任用というものを教育委員会の制度としてやっているし、民間から任用された方はここにもいらっしゃるし、しっかり学校で活躍していただいているということであろうと思う。ところがすべてを任期付にする、あるいは公募にするということになると、教員からも手を挙げることができると書いていただいているが、現在も教諭・行政職から校長の特別選考が行われており、この制度で今年度も府立学校で校長職に就いておられる、来年また就かれるということだが、そういうふうに教諭から任用していくという管理職選考の中で工夫できるのではないかと思っている。現場で先生方を見ていると、やはり任期付となると、任期が終わった後「私どないなんねん」という不安がある。任期間は校長職だが任期が終わったあと教諭に戻れるのかといえば、それは違いますよということになると、若い先生であればあるほどなかなか手を上げにくいという思いをするのではないか。現場でかなり若い先生方もこの間入ってきている。非常に熱心である。昼夜を問わず生徒をしっかり指導していこう、教材研究をしていこうということ。その中には将来この人は管理職ができるのではないか、やはり管理職になれる人材はいると思う。現場にこそ将来、明日の教育を担える人材がいるのだろう、その人材をしっかりと育て上げていくというシステム、熱意を高めて育て上げていくシステムをどう構築していくのかという、そのような議論をしていただければと思う。若手教員に夢を与えて、しっかりやっていこうと、例えば主任から首席、あるいは教頭・校長へというふうに、経営的なセンスをだんだん身に付けていくように、研修あるいはそれにふさわしい処遇をきちっと与えていくことが必要であると思う。若手の先生方をしっかり、次のステージでは大きい視野と広い視点と立場で学校を見ていこうと意欲の湧くものを作っていただければ、大阪の教育は非常に充実したものになるだろうと私は思っている。

(中原校長)

和泉高校の校長をしている中原と申します。私は去年の4月から1年半、民間人校長として就任して、今和泉高校の校長をしている。まず今回、教育基本条例に関する総論的な意見と、その後各論的な意見をお話しさせていただきたい。まず総論としては、議員の皆さんが構成している議会と、教育委員会を中心とした教育行政が十分に機能しあっていないという印象がある。どういうことかというと、そもそも教育基本条例を議員の皆さんが作ってきた土壌というのは、やはり先ほど公立高校定員割れという話があって、もちろんそれは入試のタイミングであったりとか他の要素もあるとは思うが、公立高校の努力が足りないというところはある。現に私の和泉高校でも、まだまだ先生をはじめ、私自身を含めてやれるので、まだまだ努力の余地がある。そういう中で公立高校もっと頑張れという府民の皆さんの叱咤であり期待が、こういう定員割れという形、あるいは議員の皆さんにもっと教育改革をしてくれという声につながっているのだと思う。ましてやそういう状況に追い打ちをかけるように国際競争力がどんどん低下しているし、それに加えて不運にも大震災をこの国が受け、復興に例えば10年かかるとすると、その間かつて開発途上国と言われた国々がどんどん追い上げてきて、この10年でもしかしたらどんどん日本を追い抜いて行く国が出るかもしれない、そういう大変な国の状況の中でとにかくこれは教育しかないなということで、公立高校を中心に頑張ってくれと、そういう率直な府民のみなさんの叱咤であり期待が反映された条例だと思う。だから、そういう声を議会が拾ってきているということ、つまり大きな方向性を行政組織が汲んで、ただし一方で行政組織は現場をよく知っているので、そういう方向性では時間がかかりますよ、かえって効果がないですよということを議会に指摘していくべきであり、あれはできないこれはできない、これは嫌だあれは嫌だと言っていたら、既得権益の保護集団というふうにみなされてしまうと思う。それは、私も教育行政の一員だが、我々の本意ではないから、そういう形で見られないようにしなければいけない。そのためにはどうしたらいいかというと、やはり民意を反映して出してきた話に対して、批判したりできない理由を探すだけではなくて、こうやったらもっとうまくという、必ず批判を1つ出したら解決策を1つつける、それが私は行政の仕事だと思っているので、そういう補完関係というものが今できていないというか、何か論争することに意味があるというか、案を出したら批判、また案を出したら批判ということをやって、最後は否決するという形になると、本来のいい案が上がってこないと思うので、議員の皆さんにはそういった解決策に耳を傾けていただくと同時に、反対に教育委員会を中心とする我々教育行政は、批判するなら必ず解決策を1つ出すと、そういう根本的な所では皆さん同じ思いであるというのであれば、そういうことをしていかなければいけないと思っている。各論であるが、最初は公募制について。これは私の理解が間違っていたら正していただきたいが、現職の先生、いわゆる言葉は悪いが平教員、それから教頭、校長すべてにチャンスがあるということと理解している。そして外の民間の人にも、どんな人にも、もちろん年齢制限等はあるだろうが、要するに広く門戸を開放して、いい人材を集める可能性を広げると、そういう趣旨で理解している。そして、1期務めたら次はダメかというと、いい結果を残した、あるいは可能性のある人材には何期でもやってもらえると、そういうふうに理解している。先ほど兵庫先生から、いったん校長をやってみたが自分には向いていないのでやめたい、あるいは校長をやってみたがちょっとあなたは無理だという判断をされて校長を降りた場合に、平教員に戻ることができないというお話だったが、これは本当にそうかなという思いがあって、例えば中央の省庁からどこか他の違う組織に出向という形をとるにしても、いったんその省庁をやめて出て行ってまた戻るということが現実にあると思うので、それは制度の問題で、そういうことを確保してあげれば、むしろ今とかくこの公募制というと民間人校長が400人になるのかというような話がされるが、それはあくまでもいい人を採るための選択肢を広げたアイデアであって、極論を言えば民間人校長が1人もいないということだってあるわけである。公募制にすると教員が手を上げないとかいう、いかにも情けない話が聞かれるが、先ほどお話したように、教育を何とかしなきゃということをみんなが思っていこうという時に、任期が外れて平教員に戻るんだったら嫌だとか、そんな小さいリスクを考えているようなガッツのない先生の集まりではないと思うので、公募制は十分に機能すると思う。それから民間人校長を採用する場合だが、これは教職員から上がってきた校長を含めてだが、待遇面で今私が去年初年度大体830万位だったが、私がほしいと言っているわけではなくて、今どうせ上げても私の任期の間は間に合わなくて、私には反映されない。私がほしいと言っているのではない。ただやはり830万、900万の金額というと、特に教職員からなってくる人はいいが、またさっきお話ししたように制度として平教員に戻れるならあまりリスクはないと思うが、民間企業で就職している人、あるいは別の公務員として他県で仕事をしている人がいったん職を辞してということになると、800万900万というのは府民の皆さんからすると高いと思うかもしれないが、そこはもうちょっと給料の面で反映させないと難しいかなというふうに思っている。それから今校長の権限、予算権、人事権などいろいろな所を権限強化しているが、これは必ず応募する人に伝わらないと、募集という意味がないと思うので、そこの宣伝・告知にも力を入れないといけないと思っている。

(紀田議員)

まず先ほどの中原校長のお話だが、概ね全部前提に置かれたことはその通りになると思う。給料だが、これは私自身の個人的な思いだが、任期付公務員の採用に関する条例で定められている最高額の給料は1,500万程度になると思うが、校長にふさわしいのはその額ではないかと考えている。再任できるのはその通りだが、再任されなかったときに戻れるかどうかだが、確かに制度上国の公務員は地方自治体に来るときに一回辞職してきているし、裁判所に出向するときもみな辞職して行っているが、それはまたすぐに戻ってきている。退職金も支払わないで、繰り延べというのをしているが、今回の条例でそれを認めるかどうかはちょっと議論があるところと思うが、できないことはないと思う。

(中原校長)

今のお話で、そういうことができるということであればいいなと思うが、そう言うと府民の皆さんは、800万900万だって結構な額じゃないか、それがもっと上がる、財源をどうするのかということになると思うが、これは同じ教育システムの中で解決できると思っていて、50代の先生だと7〜800万位もらっていると思う、800万を超えている人もいると思うが、その中でも本当にこの給料で、民間の感覚からしたら1,000万以上払っても全く恥ずかしくないという素晴らしい先生もいる。半面、絶対どう考えてももらいすぎだという、サボっている人もいる。その辺の評価をきっちり分けて、サボっている人の給料を減らして、ボーナスを減らしたりして対応して、そこで財源を作っていけば、先生の数と校長の数は比率が違うので、先生の方が多いから、それは財源の確保にはなるかなと思う。

(松井議員)

今中原先生と兵庫先生のお話を聞かせていただいて、学校をマネジメントしていくというのは、今日お見えの校長先生方はみなそれをやらなければならないと思われている。今中原先生から話があった。そのためには権限がいる、財源がいると。今先生の人事権、それから報酬等の権限は教育委員会が持ってやっている。校長がマネジメントする中で、今の校長権限で各学校のマネジメントは本当にできるのか。中原先生が、それだけやる先生にはそれだけの報酬、対価が必要であるというのはよくわかる。でも今の制度ではできない。やれない。逆に言うと、その権限を渡してもらえるなら自分たちで責任をもって学校をマネジメントする、という話ということで今のお2人の話を聞いたが、そう捉えていいか。

(中原校長)

もちろん、今の制度のままで絶対に不可能かというと、努力をして可能性はもちろんあると思うが、これは確率の問題で、どうやって制度をよくして府民に対する教育をよくするかという話だから、普通は校長の権限を強化した方が校長のマネジメントをしやすくなるということで、いい教育が実施される確率が上がるとは思う。

(松井議員)

確率と、やはり責任の所在をはっきりしてもらわなくてはならない。マネジメントする限りは、マネジメントする者が責任を持ってやってもらわないと。

(中原校長)

どちらかと言うと権限は校長はあまりない、一方責任については失敗すると名前が顔出しで出てしまうという、そういう意味でちょっとバランスが悪いと思う。

(兵庫校長)

校長の権限については、昨年組織運営に関する指針が改訂され、またいろいろな施策を出していただいたので、私個人としては十分やれていると思う。校長のビジョンを、先ほど皆さん方のお手元にあるように経営計画を示して、これはこうだよということを教職員に周知しているので、それに従った形で校内を運営している。ただ人事・財政については別の議論があると思っている。現在で十分私に与えられた権限において校内の人事権、運営、財政についてはしっかりやれている。

(奥野議員)

教育長、冒頭で申し上げておきます。引用とはいえ、本会議場で「民間公募をしたらろくな人材が集まらない」ということは追ってまた訂正をいただきたい。先ほど定数割れが3年続くと廃校に追いやられるという話もあったが、一定定数の見直し自体も考えていかなくてはならないのではないか。これは意見として言っておく。中原校長先生、今権限の話があったが、校長権限の中には例えば学校の中の学年主任だとか、いわゆる校務分掌と言われる、質問をしている内容なので聞いておられると思うが、府内の学校の中には投票をしてそのデータに基づいて決めているというのも聞いている。これは民間にとっては、先生の名前を順番に投票して1票2票と書いて、これだけ教育に対して一定のお考えをお持ちの、教育長をはじめとする校長先生方が、大阪府の高校でこういった実態があるということは驚いて仕方がない。中原校長先生、いわゆる学年主任だとか学年のあり方だとか、あるいは施設長だとか進路指導だとか、その長の方々をお決めになるときにどうお決めになったか、ちょっと教えていただきたい。

(中原校長)

まず前提として、学年主任だとか教科主任という人に対しては権限を強化している。これは民間と感覚が違うが・・

(奥野議員)

時間がないので、決定方法だけ。

(中原校長)

決定方法は、まず自分たちで信頼できる人を選んでくれと。そのかわりその人には権限と責任が強くある。その仕事できちんと結果を出したら、それは人事評価の所でしっかり評価する。ただし、そこで選んだ人がやはり何かおかしい、いい人が選ばれてない、あるいは中途で結果が出せないとなったら、途中でも私が替えるという権限を留保した上で進めている。

(奥野議員)

ありがとうございました。素晴らしいと思う。一定この辺のルールを大阪府下全部で、投票でいろいろ決めるようなことは、一度教育長、見直していただきたいということを申し入れておきたい。もう1つ、先ほど兵庫校長先生のお話の中で、経営的センスの話があった。ここに一応経営計画というのを書いておられるが、今日本を挙げて財政難というのは皆さんご承知の通り。一定マネジメントの中には、財政的にどうかとか人事的にどうだという配置の仕方、これもしっかりと校長先生と把握しなければならないと思う。国で定められた、一般に言われる標準法の中で、全校長先生にお伺いする、現在の学校の正職・非常勤・再任用の人数と、標準法で定められた人数の差異があるかどうか。人数が分からなかったら差異があるかどうかをお答えいただきたい。

(大橋議員)

(奥野先生)

この後でまた参考資料を出してもらう。

(藤井次長)

それはもう出している。

(奥野議員)

校長の任用ということで、マネジメント能力というのはそういう所にあるんじゃないかなという質問をしただけ。前に進んでいただいて結構。

(兵庫校長)

今ご質問のマネジメント能力ということだが、校長は校内人事、主任・担任・分掌の配置、これはすべて、私の場合には私が決める。その際にどういうふうに先生方が考えるかについては、それぞれの考えがある。例えば、教科とか、担任の継続性とかいろいろ要素がある。そういった事柄についてはアンケート調査を行っている。そのアンケートの内容は私しか見ない。全て校長の権限と責任の中でやる。それがこの運営指針というふうに述べられている内容だと思っている。

(松井議員)

そのマネジメントの中でも、先ほどもお話があった学年主任を決める、その権限を渡しているというふうに言われている。その権限とはどのようなものか。

(兵庫校長)

本校の場合だが、学年主任という立場は、担任9名+学年団3名だから12名、それを取りまとめて、校長の示す方針、本校の場合には天高育成プログラムというのがあるから、各学年でどのようにやっていくのか、育成プログラムをどのように実現していくかということを運営委員会に報告して、それを実施していく、その責任を主任が担っている。

(松井議員)

その12人のチームのトップを選ぶということか。そうなると、どの位のチームができているのか。

(兵庫校長)

学年の場合は12名。1学年、2学年、3学年がある。本校の場合は縦に分掌がある。教務、生指、進路、保健、本校の場合は企画渉外というのがあるが、そのような分掌の構成を決める。一概に10何名ということではないが、その中の割振りは全て校長が最終的に決める。

(奥野議員)

先ほどのデータは結構だから、そのような数字を把握して今校長先生としてマネジメントが行われているかどうかだけ、イエスかノーかで答えていただきたい。

(大橋議員)

ではすいません、挙手お願いします。データを把握してマネジメントができているという方は挙手を。(7人とも挙手)ありがとうございます。次案件があるので次のテーマへ・・・はい、中原先生。

(中原校長)

すいません、45秒くらいで終わらせるので。さっきの教員たちで話し合わせているのはおかしいんじゃないかとか、あるいは職員会議で、昔からいろいろ問題になっているが挙手がどうだっていうのも、私は最終決定権がちゃんと校長にあって、それに不合理に従わない人に対してイエローカード2枚3枚でレッドカードだという制度がきちんとできて、あるいはそれが給与だったり分限処分につながるということがきちんと整備されたら、あまりそれをいじめないでほしい。今、私は和泉高校の教員に職員会議で挙手してもらっている。ただしそれはアンケート、意向表明・意思表明であって、決議ではないということでやってもらっている。やはり多くの教員が心底できないと思っていることには何らかの理由があるので、そういうのはあまり締め付けると風通しのいい職場にならないので、そこはちょっとお考えいただきたい。

(奥野議員)

それは分かっている。十分普通に機能しているが、そうでない機能の仕方、校長先生や教頭先生だけが孤立するような体制になることを懸念しているだけで、もちろんいきなりなって誰を指名とか分からないから、そういうふうな形にしたのは全然OK。

(大橋議員)

次のテーマを。

(秦校長)

寝屋川高校の秦です。民間出身で校長になって8年、皆さんには「元民間人校長」と言っている。民間では直近6年間、人事に携わり、年功序列型から成果型の処遇体系への切り替えのためのビジョンづくりや実務を行ったという自負がある。こういった経験を生かし自分なりに府立高校でも様々な改革に取り組んできたが、「教員の文化がこうであればもっと成果があがるのに」と思う部分もある。そういったことも踏まえてお話ししたい。まず、一つめ、民間がよくて学校が悪いという前提は間違っているというのが実感。民間には優秀な人がたくさんいるが、そうでない人もいる。学校には優秀な人が非常にたくさんいるが、民間と違うのは、民間は優秀な人がリードするが、学校では、反対派の人が全体をリードするようなところがある点。みんなが改革に反対ではないが、なかなか校長に賛意を示せないことがある。二つめ、学校は組織、教員も組織人でないといけないが、その辺りの育成が全くできていない。

皆が個人事業主でここまできているから、力を合わせることができないし、外部に発信することもあまり得意でない。今までと同じことをしていたら、同じ人を作ってしまうので、教員の育成体系についても改めるべきところがある。三つめ、変革の時代にあって、学校はやはり変革を恐れがちなので、校長は経営者でどんな学校を作る、どんな生徒を育てるのかといったビジョンは私が出す、あわせて、校長一人ではできないから力を貸してくれと言ってきた。その時のベクトル合わせの行動基準、判断基準は「それは生徒のためになりますか」ということ。それを共有しようということで、うなずいてくれる教員はたくさんいる。最初は恐れるが、一回成功すると、優秀だからどんどん進んでいく、動き始めに力が要ると思う。条例に対する改革プランにまとめると、まずは組織人を育成するという観点を入れていくということ。教育センターでの研修や、各校での人材育成の中で、組織人として、発想、行動できる人材の育成体系を構築すること。二点目、教員には昇格試験がないこと。一度教員採用試験に合格すれば、ほぼ定年まで皆平等に昇給が保障されている。校長とそれほど変わらない処遇の教員がいる。立派な教員も多くいる、これは理解してほしい。が、甘えている教員がいるのも事実。私は少なくとも首席までの間に2回くらい昇格試験を受けてもらって、いま、おっしゃっている評価を昇格候補者の要件や合格基準に入れてもらう。試験を受けない人、あるいは合格しない人の処遇は一定で据え置き、その分を合格した人に原資として回す。そうすれば、集まらないという懸念よりは、外部からでも内部からでも集まるのではないか。今、30歳代で教員の採用がなく、民間で働いている優秀な人が多くいる。この人たちを採用してほしいと常々言っている。ただ、今の給与体系は民間で頑張っている人には魅力的ではない。逆に行き詰っている人には魅力的。そういう意味で処遇の見直しは必要。人事評価について、相対評価、絶対評価は考え方の問題。そこは議論して決めていただければいい。民間でも絶対評価しているところもあるが、逆に、絶対評価は難しいので、相対評価で20:60:20という人材の正規分布に準拠してやっているところもある。A・B・Cという3段階ならできるが、5つの段階で、特に、SやDを評価するのは難しい。だから、企業はSはAの内数、DはCの内数でやっている。学校の現場でも、内数で、校長が義務でなく権利でつけたらいいと思う。民間で学んできた改革の手法というのは、悪い点をたたくというよりは、頑張っている人をサポートすること、そういう仕組みを作るということと、現場の裁量を増やすということ。そういう意味でこれからもがんばっていきたい。

(鈴木校長)

たまがわ高等支援学校の鈴木です。今日は、支援学校の特殊性をお話しするというよりは、総論的に、学校の組織と人事評価について話したい。学校はこれまで、よく「なべぶた型組織」と言われてきた。対して「ピラミッド型組織」という言葉が使われ、相反するものとされているが、実際に、学校の組織の特性を考えた時、どのような組織がいいのかはよく考える必要がある。仮に5段階なりの職階を作ったとしても、圧倒的に教諭が多いため、軸が縦長の組織になる可能性が高い。通例、基本的には、校長と教頭以外は、全教諭が授業を担当する、同じ量の同じ内容の仕事をこなしていくなかで、職階をつけていくということが可能なのか。そういう意味で、学校にピラミッド組織がいいのかどうかと考える。元民間人校長の秦校長の前ではあるが、企業にも、機能別組織と事業別組織があり、それぞれメリット・デメリットがあるとのこと。そう考えると、学校では、理科の教師は理科の授業しかできないわけで、いくら優秀な社会の教師でも国語の授業は出来ない。どうしても各教科のグループができる。一方で、生徒指導、進路といった分掌組織がある。二重の組織ではあるが、自ずと機能別の組織にせざるを得ない。小学校を除けば、自分の専門教科があるからそこに専門性がついてくる。となると、小さいピラミッドがたくさん並んでいるのを集めてきて校長がマネジメントしないといけない。学校は自ずと、なべぶた型になるのが自然とも言える。が、一つひとつのピラミッドの中で、人材を育成したり、質を高めることで大きいピラミッドにすれば、より「肉厚の」なべぶた組織になるだろうと考える。あくまで私見だが。専門教科ばかりしていると分離してしまうので、例えば、分掌にも学年にもできる限りすべての教科の教員が配属されるように、6学級くらいになるとそうもいかないところもあるが、そういったことを複合させながら「肉厚の」なべぶた組織を作ろうとしている。本校においても、横並びにする方が効果は大きいと考えている。したがって、学校の組織を考えるときに、ピラミッドか、なべぶたかという論議ではなく、学校によっては、工科高校のように、専門性によって、そういう組織にならざるを得ない場合も多いので、横の連携を深めさせそれをどう機能させるかというのが校長のマネジメントであろうと考えている。では、人事評価はというと、「働きアリ法則論」のように、一定率の最低評価がいることを前提とするよりも、最低評価域の人間を作らないために、教員の適性の把握を行って適材適所の配置をするのが校長のマネジメント能力と考える。なぜなら、学校には多様なニーズを有している多様な生徒がいる、特に今の公立には、かなり幅の広い多様な生徒がいるので、この一人ひとりの生徒に適切に対応するためには、多様なタイプの教員が必要である。一人ひとりの教員のいいところを引き出せるようにしないとマネジメントは成り立たない。一つの基準による、相対評価を導入すると、これは本校の考え方でもあるが、生徒の特性を的確に把握して、適性を見極めて、得意なものを伸ばすことて就労して社会参加させるたまがわ高等支援学校の教育は成り立たない。これは障がいのあるなしに関わらず、今後、すべての人々に対して考えていかねばならない考え方で、この考え方なくしては、インクルーシブ社会はありえない。全ての業務に精通し卓越した教員ばかり集めることは困難である。学校でも、ダメな教員がいないとは言わないが、自浄努力でなくしていかねばならないと思う。なくせていないのはご指摘のとおりだが、これは、校長が身を切る思いで評価し、なくしていかねばならない。だが、相対評価ではなく、最低域の人間を作らないというやり方がいいと思う。自分の経験で言うと、滞りなくやっていただけたらB評価、組織で頑張ったり、特筆すべき専門性を発揮してもらったらA・S評価、組織としてC評価はないのが望ましく、C評価をつけるまでに、校長の責任として指導する、もし、C評価をつけなくてはいけないなら、それは管理監督責任者である校長の責任と捉えていると職員会議で説明した上で、面談をしながら、「先生、ここが足りないから頑張ってほしい」とか「A・Sをめざしてほしい」とかいう言い方をしながら、組織作りをしてきたつもり。もし仮に相対評価を導入すると、100人の先生がいたら、1位から100位までつけねばならない。そうすると、上位グループの教員に習っている生徒と、下位グループの教員に習っている生徒とが出てくる。このサービス格差を認めていることになる。その差をどう保障すればいいのか、そういう考え方よりは、もっと大きなグループで、総体として必要な支援ができるような集団を作ることこそが教育界には必要ではないかと思っている。最後に、生徒も教師も人間同士なので、合う人間と合わない人間が絶対いる。私がS・A評価をつける人間が、どの生徒にも有益な教育活動ができているとは限らない。私がC評価をつけようかと思っていても、ある生徒には、人生を変えるくらいインパクトを与える教師もいる。そういう教師も学校には必要。それが教育の特性であり面白さでもある。そういった意味で、相対評価が、学校の特性から言えば、必ずしも適しているとは言えないと考えている。

(山口校長)

茨木高校の山口です。本校はこれまで「大阪の教育力」向上プランで示された流れの中で取組みを進め、この4月からは進学指導特色校として新たなスタートを切った。資料の本校の学校経営計画にも示しているが、高い志を持ち、真のリーダーシップを発揮して世界で活躍できる人材を輩出したいという点では、維新の会のみなさんがおっしゃることと一致する部分も多くある。また、この間、校内でかなり大きな改革を進めてきたので、組織としても、かなりスピーディーに動けるようになってきた。小さなグループで考えをまとめ、共有して迅速に行動に移すことができるようになっている。これは、ある面、知事の意向が教育委員会に伝わり、それを受けて、本校だけでなく、府立の各校長が、全てとは言わないまでも、実際に改革を進め、成果を上げている証だと感じている。そういう意味では、今しばらくはこのペースを続けたいと思っている。このように、スピーディーに動ける組織になっている中で、今回出しておられるD評価を5%決めなさいということについては、はっきり言って、できない。府内全体で見たときに、学校によって本当に使命が、ミッションが違う。だから、それを一緒にはできない。あくまでも絶対評価でまず校長を信じてほしいと思う。今までの経験では「これは」と思う教師もいた。しかし、今の学校、前に校長でいた学校にもいなかった。改革に前向きですごくよく動いてくれた。こういう形をぜひ維持してほしい。D評価を5%、C評価を10%というようにプレッシャーをかけながら評価すると信頼関係がつぶれてしまう。教員同士、生徒と教員の信頼関係がつぶれてしまう。校長と教員の信頼関係もつぶれる。評価の結果、「今年から彼はいない」となれば、保護者も「なぜ?」と思うし、毎年のように何人かがやめていかねばならない状況がもし起こったとしたら、これはもうある意味で恐怖である。

(松井議員)

今の話は条例をよく読んでもらわないと。違うんです。これは相対評価だが、最終的には絶対評価になっている。本人が申立てられるようにもなっているし、しかも2年連続。マネジメントというのは、校長のもとにいる先生を、校長先生の責任の上で、どういう形であろうが、評価しないといけない。でないと組織は成り立たない。学校現場で組織論を入れるということは必ず評価はついてくる。それを覚悟の上で、校長先生はやってもらわないといけない。客観的に見て評価をしていただかないと、誰々に対してはいい人、誰々に対しては悪い人というような形で、私情の中で、私は「D評価はできません」というのは、教育を受けている側からするとどうか。やはり、Dも評価する、但し、1年目はD評価であっても、2年目はD評価にならないように指導する、それが校長のマネジメント力ではないか。そういうことをすると人間関係が壊れますよというのは全然違うと思う。

(山口校長)

続けてよろしいか? もう一つは、教員採用試験に絡むことだが、条例が今の形で提示され、採用試験が実施されたら、なかなか受けにくいのではないか。辞める可能性、辞めさせられる可能性がある中で、東京都をはじめ、全国的に教員の取り合いしている状況で、大阪も福岡に行ったり、高松、名古屋、東京、いろんなところに行って呼びかけをするが、そんなときに、このあたりの状況には厳しいものがあると思う。最後に、総論的に申し上げるが、条例には法規に触れる可能性のある部分があるのではないかと思う。この辺りは我々にとって非常に大事なことである。(皆さんが)改革したいというお考えはよく分かるし、それはしていただいていいが、法規に触れる可能性のある形のまま残さないでやっていただきたい。また、実現が危ぶまれる内容が入っているとも思う。また、解釈の仕方によっては、幅が広すぎて、いろんな形に取れる部分がたくさんあるとも思う。こんな状態では、YESとは言えない。もっといろんな意見を聞いていただいて、はっきりわかりやすくしてほしい。抽象的な部分があるので、非常に不安である。

(大橋議員)

違法の可能性と言われたが、どの部分か?

(山口校長)

たとえば、知事が目標を決めるという点、これは、教育基本法、学校教育法に明記されているので、このあたりはどう考えられるのか。

(大橋議員)

教育の中立性の確保のことをおっしゃっているのか。

(山口校長)

その通り。

(紀田議員)

教育の中立性については、私はもともとおかしいと思っていたのだが、昔、教育委員は選挙で選んでいたとか。知事と同じように。まさに政治そのものだったのが、現在は、もちろん知事の任命になっているが、そもそも教育に政治が入ってはいけないという前提がちょっと違うと思う。それは私見だが。で、現行法との整合性という範囲だが、知事が教育目標について教育長とよくよく意見交換して、大阪府全体の方向性として一定の方針を打ち出していくということは、現行法令上認められているのではないかと思っている。そこを認めないと厳格に解する余地が、そもそも、知事に教育委員の任命権がある時点で、おかしいのではないかと思っている。

(山口校長)

今も実際にそうなっている。知事が教育長にいろいろなお話をされて、教育長はそれを受けて改革を進めてこられた。綛山前教育長も同じ。そういう感覚で我々は見ているので、この間の改革は非常に大きいと思う。

(浅田議長)

我々が申しあげたいのは、例えば、目標は学校教育法51条の高等学校の目標に確かに謳われているが、国家及び社会の形成者として必要な資質とか、一般的な教養、専門的な知識、あるいは、社会についての広く深い理解、この中身がどういうものであるかを誰が決めるかという問題になった時に、教育委員会が決めるのか、あるいは、お子さんの学校に委ねている親御さん、あるいは、社会が決めるのかといったときに、やはり、それは社会が、あるいは政治が判断していかないといけない問題だと思う。それをひとり教育委員会だけで決めていいというのではなく、社会の構成員全体がそれについてどういう見解を持っているかが現れてくるのは、やはり、民意、政治ではないか。誰が決めるのかというときに、我々は選挙で選ばれたものが決めると言っているだけで、政治介入には当たらないと思うが。

(中西教育長)

今日は遠慮しておこうと思ったのだが、山口校長の疑問は、目標設定の件にしても、現に知事と我々が相談しながら議論してやっているということと、先日、私からも申しあげたが、目標設定を知事がするとして、その目標設定のレベルをどうするかがあいまいになっているということ。それと教育委員の罷免が連動してくるので、二重に主観的な要素が入ってくる、これについて、我々は非常に心配している。直ちに違法だと思っていないが、運用如何によっては、問題のあるケースが出てくると思っている。そういう意味で言うと、今やっていることをルール化するという主張であれば、知事と教育委員会が協議してやるということでいいと思う。その辺り、おっしゃっていることと規定の仕方にかなりギャップがあると思っている。

(松井議員)

教育長、そこは表現の話なので。我々は皆さんが橋下知事になって頑張っていると言われ、成果も出ているといわれることを否定はしていない。学校の先生がサボっているというような偏見を持っているわけでもない。但し、学校の先生がすべていい人だとも思っていない。そこは、偏った見方でもなくて、人間だから間違いもあるだろうし、頑張っていることが正当に評価されていない部分もあるだろうが、どちらかからの観点から見ていないということでもないし、今、されていることはされていることで評価はする。ただ、今、されていること、プラス、制度として、ルールとして作り上げましょうよということ。制度を変えてルールを作ることに、教育長をはじめ、今日の本会議でもあったように、ルールを作らせないという形でのお考えを持たれていることに我々は疑問を持っている。なぜ、制度を変えて、そのことをルール化することに、それほどまでにダメだという答弁を教育長がされるのか、不思議で仕方がない。認めてきている。今やられていることは。それをもう少し、いいものに変えて、制度を変えた形でのルール作りを考えているだけだ。そこをどうも教育長は勘違いされている。

(中西教育長)

これ以上、話すと具合悪いですか・・。

(紀田議員)

今日はせっかく現職の校長先生が来られているので・・・・。

(山口校長)

おっしゃることも分かるが、解釈に幅がありすぎて、極端に解釈の仕方によって・・。

(松井議員)

だから今、幅を詰めているのではないか。意見交換会をして。今のまま、何がなんでもこのままだと言っているのではない。そういうことなら、意見交換会はやらずにいく。今、先生が言われるように幅を詰めていっている。子どもたちのために一番最適になるように。

(大橋議員)

だから、逆に、先ほど中原先生がおっしゃったように、こういうところが問題だからこうすればどうですかという提案をしていただけたら本当にありがたい。それを我々は期待している。

(紀田議員)

ひとつ教えていただきたい。校長先生方は現場で先生方を評価されてきたと思うが、やはり、教員評価は校長先生がされるべきことなのか、あるいは、生徒の意見を聞くべきなのか、あるいは、生徒の親の意見を聞くべきなのか、あるいは、教育委員会の意見を聞くべきなのか。どのようにお考えか。端的に私はこう思うとお答えいただきたい。この条例では、学校協議会を通じて、保護者の意見を聞いて、校長先生に判断をお願いしますという形になっているが。

(鈴木校長)

生徒の評価は取り入れるようになっているし、必要だと思う。学校協議会については、どのくらいの数の授業を見ていただけるか、府立学校の校長は全教員の授業を見ているが、それが可能かどうか。

(山田校長)

保護者の声や生徒の声を参考にするというようにシステム上なっている。参考にしながら校長が責任を持って評価するということ。いろんな方が多面的にみるということは必要。多面的に見たことをどのように校長にフィードバックするか、そういうシステムが今はない。

(前校長)

私も校長が責任を持って行うが、保護者、生徒をはじめ、同僚の評価も含め、多面的に評価するよう努めている。

(中原校長)

私も、生徒、保護者の評価、同僚の教員の評価、客観的な成績など、総合考慮しているが、時に、生徒を甘やかして生徒が何となくいい評価、「いいおじさんだ」という評価をしている場合があるので注意せねばならないし、逆に、生徒を厳しく鍛えてくれていて、おそらく、10年後、20年後に、「自分はあの人に鍛えられた」と感謝するであろう人が、直感的に「厳しいからいやだ」という評価する場合もあるので注意している。

(秦校長)

私も自分が責任を持ってやる。ただ、校長が365日、360°評価できるわけではないので、生徒の授業評価も参考にさせてもらうと教員には言っている。また、教員が評価者になると具合が悪いのだが、PDCAサイクルでミーティングをしているので、学年主任や分掌長に、「先生がA評価したいのは誰か」教えてくれるかと声をかけることはある。そういったことを参考にして、最終は私が決める。

(兵庫校長)

基本的には校長が決める。その時の資料として授業評価等も参考に行う。学校協議会のメンバーにも授業は見ていただく。その中では「この授業はいいな」など肯定的な意見は聞く。そうしたものをトータルとして校長が決める。

(山口校長)

私の場合も校長が決める。授業であれば生徒の意見も入れる。自分は直接授業を見に行って、アンケートを配って自由記述をさせて集めるので、かなり本音を書いてくれる。よく人間性を見て回答してくれる。

(西野(弘)議員)

民間出身のお二人の先生に伺いたいのだが、民間人校長への批判というか、話の中で、「授業力は評価できないだろう、素人には」といったことをよく聞く。ただ、私が子どもの授業を見に行ったときに、この先生はいいな、わるいなとは直観的に何となくわかる。一定の目安というか、指標というか、評価の基準があれば評価はできると思うが、先生方はどう思われるか。あと、秦先生にお聞きしたいのだが、長く校長をしていただいているが、就任1年目と今とで評価の基準は変わったか?

(秦校長)

まず、民間人校長は授業が分からないから評価できないということだが、教員からの批判としてはある。しかし、私は違うと思う。本校は65分の授業をしているが、7月末までのすべての教員の授業を見た。アドバイスもした。生徒目線で見たときに、いい授業かどうかは、一回ではわからないかもしれないが、凡その見当はつけられるし、生徒の授業評価とも大きな差はないと思う。1年目との違いだが、当然、学校での体制を作り、自分の内閣を作るわけだから、そのメンバーが方針に沿って成果を上げてくれれば、いい評価をつけたいというのはある。教員は難しい。通知簿はずっと5で来た人ばかりだから、B評価には劣等感を持つ、だから、Dなんかつけたらもっとすごいことだと思う。そこで何回も説明を求めて来る人がいる。しかし、役割分担の話とかをして、「次、これをしてくれたらAを取ることができるかもしれないよ」という話は必ずするようにしている。また、同じところに長くいると、どうしても、上位傾向化することはあると思う。これは民間企業でもある傾向。

(中原校長)

私も評価は十分可能だと思う。私自身が22年前、お客さんというか、生徒の立場だったので、その立場に立ってみれば、まったく難しい話ではないと思う。もちろん、いろんなデータも参考にするので。よく、教育は売り物じゃない、売上じゃないと安直に批判する人がいるが、企業でも、販売部だけの評価ではなくて、企業の人事部、法務部、経理部は別に売り上げではなくても、ちゃんと評価はしているので、それは可能だと思う。但し、校長、評価者の配置をするときに、その学校が習熟度の高い、難関大学をどんどん目指す学校なのに、校長に全く受験の経験がないとか、そういうアンバランスな配置というのはどうか。たとえば、英語をどんどん特化しようとするときに、全然英語のわからない人を配置するというような問題はあると思うので、それさえきっちりすれば、民間人ということで評価ができないということは全くないと思う。

(西野(修)議員)

私は教育現場を知らないので、民間人のお二人に聞きたいのだが、実際にお二人の学校でD評価に値する先生は校長先生の目から見て何%くらいおられるのかということと、もし、おられたら、実際にD評価されたのかということをお聞きしたい。

(秦校長)

今の学校にはいない。今の学校で「D評価をつけなさい」と言われると私は本当に困ると思う。そこで自分なりの決断をしないといけないと思い詰めているところもある。

(中原校長)

細かいプライバシーのことは言えないのですが。D評価はいない。去年でいうと。(教育委員会事務局職員と確認後)詳細は言っちゃダメということなのですけども。もし、相対評価となった場合に、懲らしめるということではなく、頑張ってほしいという意味で、「このままではどうか」と言いたい方はいる。D評価5%がすごく議論されているが、一般論としては確かに、本当にいい先生ばかりが集まったらどうするのかということになるが、今の状況を見たら、頑張ってほしいという先生はやはりいる。2年続けたら自動的にクビというのはかわいそうだと思うが、何らかの刺激というか、このままじゃいかんということを骨身に沁みてわかってほしいという人、特に給料との関係で、これだけの給料でそのパフォーマンスじゃという人はいる。

(紀田議員)

2年連続でというところだが、皆さん、2年連続ですぐクビ、分限免職というような認識だと思うが、相対評価、2年連続でD評価をもらったとしても、最後は絶対評価で、教員として改善の見込みがない人だけ、最後に分限免職にいくかどうかは絶対評価だから、そこは現在と変化はないものだと理解している。

(西野(修)議員)

結局、評価はDにされたんですか。

(中原校長)

パーセンテージは言えない。

(西野(修)議員)

いや、されたかどうかだけ。

(中原校長)

それは、あります。

(大橋議員)

もう少し補足させてもらうと、D評価2年連続すれば、研修を受けてください、医師にかかってくださいという努力をした結果、まだ、改善できない方については、ぼちぼちお考えいただきましょうかという手順になっている。それを即刻、D評価2年で分限免職と受け止めておられるのであればもう一度条文をお読みいただきたい。

(中原校長)

Dというと、(諮問委員会の判断を経るものの)教育センターにすぐ行って勉強してくださいという、ちょっとみなさんが今考えているDとちょっと違うDがあって、その一個手前のCで、要するに現実的につけられる最低ランクの評価というのがCで、それはつけました。

(大橋議員)

いわゆる不適格教員というくくりになるんですね。

(中原校長)

言葉はちょっと厳しいというか。

(松井議員)

今のランクの中では、そのランクしかないわけですよね。

(中原校長)

その下になっちゃうと、一緒に自分が成長させることができないというか、自分の指導対象外になって教育センターに行ってしまう。

(松井議員)

教育委員会さん、言ったらいいとか悪いとかあると思うんですけども、個人のプライバシーの所までは我々も踏み込んでませんので。できるだけ後ろから、これは言ったらダメとかいうんじゃなくてね。

(藤井次長)

いやパーセンテージとか言うと特定されてしまうんで。パーセンテージとか人数とか言うと。

(松井議員)

パーセンテージだけで特定されるんですか。個人が。

(上島議員)

関連して。秦校長の人事評価の話は分かりやすい、逆にわかりにくい話はどこかにだましがあると思うのでお聞きしたいのだが、教育委員会を離れて、大阪府の昨年の人事評価が、絶対評価で5段階で評価していて、Bが73%、Cが1%、Dが0.05%である。だから、ほとんどがB以上で、C・Dが極端に少ない。これを府の人事担当は、職員の育成を目的としているから、その趣旨からこういう形になっているという。これは、温情主義であるとか、馴れ合い評価と言われても仕方がないと思うのだが、秦校長の感想をお聞きしたい。それと先生の話の中で、5段階評価でSとDの評価は難しい、内数でやるべきだという話があったが、もう少し具体的に、あるべき相対評価の姿はどういうものか教えていただきたい。

(秦校長)

まったく私見だが、この数字だけを見れば、府民が甘いのではないかと批判されるのはもっともだと思う。一般的な人材の分布から言って、ちょっと無理のある数字かなと思う。ただ、一方では、Dが5%という点については、教員の世間知らずとよく批判されるが、外部の方の学校知らずという面もあって、(教員は)それほどの状況ではないと思うので、5%から1.05%の範囲での話だと思う。それと、企業では職階によって、人事の評価のウェイトが違う。たとえば、部長職なら、経営数値と人材育成が50対50で、どう目標を達成したかになるし、入社すぐの人については、2-6-2というような形で、6のところをいかにAにしていくかというところにウェイトをかけるように評価者は指導されていると思う。

(松本議員)

評価に関連して。先ほど、校長先生は「私が評価した」と言われたが、それは相対評価ではなく絶対評価をしたと理解する。では、相対評価はできるか、今、我々が提案しているような相対評価は本当にできるのかどうか、もし、できないとしたら、どのようなところに問題があって、どう変えたらできるのか。評価を学年ごとにするのか、教科ごとにするのか、役割でするのか、それを総合してするのか、分からないが、すべての先生を相対評価することはできるのか。加えて、各学校ではなく大阪府全体の教員で最終5%をめざしていると思うが、そうなると、学校間の評価も関係してくるはず。学校間の評価はできるのかどうか。その2点お聞きしたい。

(松井議員)

松本先生、相対評価は我々の案で出ているが、我々の案自身、相対評価を経過した後、最終的には絶対評価が入っている。今ここで、相対評価ができるかということになれば、マネジメントされる校長としてはやらざるを得ないのは当然。評価を順につけていかないと組織が成り立たないので。この条例では、相対評価を取り入れつつ、最終は、絶対評価に入っているので、それでできるかどうかを聞いてあげないと。それでいいですね。

(松本議員)

それでいいですよ。たけど、その評価は学校だけの評価ではない。それで終わらない。大阪府の教職員の全体の中での評価でないといけない。だから、学校別の評価はどうしたらいいのかと、校長先生だから、自分の学校と別の学校の評価は違うと言われると思うので、その辺り、意見があったら言って下さいと。

(大橋議員)

今、校長先生方、言われているのだが、よその学校の評価はしかねると。現場を見ているのは我々だから、自分の学校の評価はできるが、隣とか近所の学校の評価はしかねますと言われているので、これ以上、コメントを求めるのもいかがなものかと。

(松本議員)

維新の会としては、学校間の評価も必要だと目指しているんでしょう? 学校だけの評価でというわけではないのでしょう?

(松井議員)

人事評価の話だから、校長先生が自分の学校以外の評価は、その学校の組織のトップですから、そもそも無理。

(松本議員)

いや違う。民間で言えば、先ほども話が出たが、経理とか人事とか管理と言えば、売上高、利益に関係ないところ、間接部門だから、その部門は何点に評価する、あるいは、営業部門であれば、売り上げの収益で評価するなど、いろんなやり方がある。その部によってそれぞれ調整する。同じことで、一つの学校の評価だけでその先生を決めるのはおかしいと思う。だから、府教育委員会の中で全体の評価をしようと思ったら、やはり、学校間の評価が出てくる。その時にはどういう評価をしたらいいのかと、我々の提案であれば、必ず出てくる。

(松井議員)

学校間の評価はまさに学校間の競争で出る。

(松本議員)

だから、校長先生が言いにくければいいが、学校間の評価は難しいですよと、であれば、こういうところを工夫してもらって、初めに学校間のあるべき姿を、一定、目標管理でそれがどれだけできているかということになるのかと思う。

(松井議員)

学校間の評価というのは、まさに、生徒が集まってくるかというようなことで、評価されると思う。校長先生の役割は、今受け持たれている学校のマネジメント。

(松本議員)

民間で言えば、部同士で点数を取りあいする。いい成績のものを一人でも多いように取り合いをする。学校間でも取り合いをしないといけないかもしれない。その代表は校長先生かもわからない。

(大橋議員)

お約束の時間も過ぎました。議論が活発になってきたところで申し訳ないのですが、是非、この際、発言したいといわれる先生、挙手下さい。

(西議員)

5%という流れがあるが、例えば、今年が5%、来年度も5%、しかしその中で3%がD評価になって、分限等の対象に入ってくる、それで、5%でずっといっておれば、先生自身がよくなってきたら、3%がいいのか、2%がいいのかと感じるところがある。この間に、先生が共によくなっていただくというのが願いである。

(中野(隆)議員)

お聞きしていて、色々な意見をいただいたが、三日一緒に住めばかわいいということで、やはり、自分の学校の先生がかわいいと、組織がかわいいと、これは学校だけでなく企業も同じだと思う。部署を預かれば、部下がかわいい、本当に苦しい、胃に穴が空くような評価をしなければならないということだが、それを乗り越えて、やはり、府民の目線で。私は常々、学校の先生は専門職、技術者、あるいは、古いことばで言うと職人だといっているが、先生には腕に磨きをかけていただかなくてはいけない。腕の磨き方には必ず評価はできると思っている。まだまだ、我々は、議論の中で条例に改良を加えながらやっていくつもりだが、評価については、出来るだけ校長先生のリーダーシップを発揮する意味でも、技術集団を抱えているということで、技術に対する厳しい評価をお願いしたい。先ほど、鈴木校長先生が、全体の組織力として子どもたちに当たっていくと言われたが、私は逆で、たとえば、リンゴが10個ある、1つだけ腐ったリンゴがある、が、全体としては大丈夫であるとしても、その一つに当たったお客さんはどうなるのかということで、私は鈴木先生と考え方が違う。学校の先生方は、組織の中で一生懸命やっていただいているので、全体の組織力で悪いものをカバーしようとする。我々は全体の力量を高めてくれというのが狙いである。だから、心を鬼にして、何とか適正な評価をお願いしたい。

(兵庫校長)

目の前にいる生徒がどういう表情をしているのか、その表情を明るく、元気に、前向きにできるような環境を我々はどう作っていくのか、そのときに教員としてのあり方はどうなのかということが原点だと思う。だから、指導力に若干課題のある先生方については、我々、きっちり指摘をさせていただいて、必要であれば、研修していただくこともある、また、健康上の課題があれば、当然健康を回復していただくような処置をとっていくことも必要と思う。みなさん方が心配になられているような、学校の現状をいかに改善していくのかということを痛感している。目の前にいる生徒、校門を通りすぎていく生徒が、しっかり元気に、今日も学校に来てよかったなあと思える学校作りをこれからめざしていくべきだと考えている。

(中野(隆)議員)

先生方のお話しの熱意の中で、子どもたちにとって、この年は一回しかないというつもりで頑張っているという気持ちは十分伝わる。が、裏を返せば、府民の立場で言えば、ひとたび、不適格、D評価の先生にあたれば、誰が責任をとるのか、我々は、子どもたちを幸せにするために熱意を持ってやっていると言っても、(D評価の先生に)当たった者の責任の所在をどこに持って行くのか。我々は、誰が責任をとるのかというところに重きを置いて、非常に?しい判断ながら、相対評価を打ち出している。私の支持者に、中学校だが、今年の先生はあたりだとか、はずれだとか(言う方がいる。)組織としては時がたてば戻っていくが、しかし、子どもには一回しかチャンスはない、この責任をどう考えていくのかということなのでご理解いただきたい。

(鈴木校長)

一言だけ。私は腐ったリンゴとは言っていない。形の違ったリンゴと考えている。ダメなものはダメ、ちゃんとやろうと思っている。それと、校長というのはやってダメだったけど・・という職じゃない。だから、意見交換させていただいた。

(中野(隆)議員)

「僕は熱心だ、頑張ります」という外科医に切ってもらうのと、無愛想、無骨だが、メス握らせたらかなわんという医者とどちらを選ぶか、まさに学校現場はそう。熱心だからとか頑張るだけで生徒に向き合ってもらったら、熱意は大事なことではあるが、技術もないのに頑張るから、頑張るからというのは、技術のない執刀医に手術してもらうようなもの。だから、繰り返すが、技術に対して評価いただくようお願いする。

(山口校長)

腐ったリンゴの話しがあった。簡単に言ってしまえば、腐ったリンゴは棄てればいいのだが、その腐り方に問題がある。本当に棄てられるのかどうかということも考えていただきたい。そこの見極めは本当に難しいと思う。それは分かってほしい。

(松井議員)

どっちの目線で見るのか。

(山口校長)

それは両方。

(松井議員)

それは違うでしょう。それは生徒の目線で見ないといけない。

(山口校長)

管理職と生徒の目線ということ。教員の目線ではない。

(大橋議員)身内のための組織ではなく、大阪のこどもたちのために、どの教育があるべきかと考える気持ちは皆同じだと思う。今日は長時間にわたり議論いただいた。言い足りないこともあるかと思うが、その際は、事務局を通され、文書なりいただければ、私たちは真摯にお話しさせていただく。場合によっては、2ラウンド、3ラウンドさせていただいて結構かと思う。本日はありがとうございました。

 

     以上

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教育庁 教育総務企画課 企画調整グループ

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