阪南港

更新日:平成30年4月1日

 阪南港は、大阪湾東部沿岸のほぼ中央に位置し、泉北郡忠岡町、岸和田市及び貝塚市の地先、約7キロメートルにわたってまたがる港湾であり、昭和43年4月に忠岡港、岸和田港及び貝塚港の三つの港湾が統合されて重要港湾の指定を受けました。
 旧忠岡港付近の海浜は、興津浜と称して古今集にも歌われており、背後地では農業が主に行われていました。明治の末期から副業的産物であった「白木綿」の需要が増大し生産高も上昇しましたが、輸送するための港湾施設がなく、わずか私設桟橋による他はほとんどが陸送でした。
 また、旧岸和田港は今から約200年以上前、寛政3年(西暦1791年)に岸和田藩主岡部氏の命により浦奉行、伴丈左衛門が海岸を浚渫(しゅんせつ)して船着き場を築き、商船の係留に利用したのが始まりでした。
 旧貝塚港は、豊臣秀吉の「朝鮮の役」前後、港湾物流増大の流れを受け、一大商港を形成し、、瀬戸内海を主とする西国諸国との通商のために利用されたと言われています。
 明治の末期から大正にかけて、この地域は日本でも有数の「紡績地帯」として発展しましたが、近年に至り、全国的な木材の需要に対処するとともに防災面も考慮して、昭和41年に木材の取扱いを主とした港(木材コンビナート)を忠岡町と岸和田市地先に建設しました。
 その後の背後地域の都市化、関西国際空港の建設等の経済・社会情勢の変化に対応し、商港機能の拡充及び生活環境の改善を図るため、岸和田旧港においては、水と緑、歴史と文化につつまれた新しい港湾都市の建設、阪南4区においては、隣接する阪南5区、6区とあわせて工場用地、港湾用地、住宅用地等を整備し、「住み」「働き」「憩う」総合的なまちづくりを進めています。また、阪南2区整備事業では、物流機能の強化、工場移転用地の確保、マリーナの整備、海浜・緑地の整備、防災機能の確保等人や環境にやさしい魅力ある港湾空間の形成を目指し、整備を進めています。 
 平成30年度から、貝塚旧港地区の府営上屋1棟を事業移管し、堺泉北埠頭株式会社が上屋の管理運営を行っています。

阪南港の写真

【阪南港の全景】

阪南港の概要

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都市整備部 港湾局 経営振興グループ

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