森屋のまちなみ(千早赤阪村)

更新日:平成21年10月20日

  森屋のまちなみ

解説

南河内の南部と大和(五条方面)を結ぶ道は古代から物資交流や通婚圏として重要視され、富田林から水越峠を越える富田林街道や千早峠を越える千早街道が使われていた。これらの道は森屋で分岐する。中世以降は南北朝期の楠木正成の活躍やその後の争乱期を経て、江戸時代は石川東部の米、菜種、木綿等の集積地として栄え江戸末期には寺子屋もあったと言う。大ケ塚に市が立つ前は当地で開かれていた。新しい道路も通じ、建て替えの進んでいる所も見られるが街道集落として栄えた往時を偲ばせる商家風の建物やまちなみも残っている。

場所

千早赤阪村

交通機関

近鉄長野線「富田林」駅から金剛バス千早線「森屋」 徒歩1分

その他

大阪ミュージアム登録物「森屋のまちなみ」

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このページの作成所属
住宅まちづくり部 建築指導室建築企画課 

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