富田町のまちなみ(高槻市)

更新日:平成21年9月16日

富田町のまちなみ

解説

富田町の町割りは、寺内町として栄えた16世紀中頃にさかのぼる。その礎は、富田道場と呼ばれた教行寺にあり、その後、普門寺などの名刹が甍を競い、いまなお静かな佇まいをみせている。江戸初期には、紅屋を中心とする酒造業により急速に名声を高めることになるが、江戸中期以降は池田、伊丹、灘などの酒造に押され衰退していった。現在でも2軒の酒造家が伝統の製法・技術などを受け継いで地酒の味を守り伝えており、堂々とした白壁の酒蔵なども健在である。整備された町割りは引き継がれ、切妻造り、漆喰塗りの虫籠窓、格子窓などが見られる伝統的な様式の建物が数多く残っており、往時の繁栄を偲ばせている。

場所

高槻市

交通機関

阪急京都線「富田」駅 徒歩9分・JR東海道本線「摂津富田」駅 徒歩12分

その他

大阪ミュージアム登録物「富田町のまちなみ」

このページの作成所属
住宅まちづくり部 建築指導室建築企画課 

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