人権問題に関する府民意識調査報告書(分析編) 5.5-2納得と共感を目指して

更新日:2023年5月24日

人権問題に関する府民意識調査検討会委員
大阪府立大学人間社会学部准教授 西田芳正

5.「納得と共感」を目指して

5-2納得と共感を目指して

 それでは、過去から継承され、今日的状況が強めた差別意識を断ち切るために何が求められるのだろうか。本論で見たとおり、教育や啓発活動に対して高い評価をする者がいると同時に、担い手の姿勢や内容、方法等について厳しい批判が寄せられていた。この課題に応えるために必要なことは、「逆差別」意識についての検討と、教育や啓発活動への批判を踏まえて、伝えられるメッセージと方法について再検討することであろう。

 まず、多くの「逆差別」意識の素地となっている特別措置としての同和対策事業については、何よりもその実像が知られていないことがそうした意識をもたらす大きな要因となっている。高度経済成長が進展する中でも劣悪な生活実態のままに取り残され、周囲からの厳しい差別を受け続けていた同和地区の実態を踏まえ、「同和問題の解決が国民的課題」と位置づけられた経緯、行政の責務として住宅、就労、教育などの分野で多くの取組みがなされ、大きな成果をあげたこと、そして、法期限切れを迎え「特別措置」が終了した後、今日では何が行われているのか、これらの点についての情報発信が求められる。例えば、同和地区内に建設された施設について、現在では対象を限定することなく、多くの人々が利用する重要な社会的資源として機能している実態などが理解されれば、「地区だけにあるのは不公平」だとする非難に応えることができるだろう。もちろん、部落差別の原因は同和地区だけに特別措置を行うからであるとの認識など、「特別措置」が生み出した負の側面についても隠さず伝えることが、理解を得るためには必要なことだろう。
 同和問題の解決に向けた施策についての理解を深めることは、同和問題、つまり部落差別についての理解とセットでなければならない。同和問題、部落差別についての理解をどう深めるかという課題も非常に重要となる。施策についての理解は主として成人を対象とする啓発活動の課題となるのに対して、同和問題、部落差別についての理解は啓発と学校教育でともに進められるべきである。

 この調査での自由記述においては、教える側の「逃げ腰」の姿勢、伝えられる内容が「オブラートに包まれた」中途半端なもので多くの疑問を残してしまうものだった、さらには、差別の悲惨さが繰り返し伝えられるだけではかえって反感を生み出す結果となっている、との指摘が見られた。
 これらの点を踏まえた再検討が求められるが、さらに、「歴史について知ることの重要性」を指摘するものが複数見られた点が重要であろう。これは、同和問題、部落差別について、その起源を知りたい、なぜ今日まで残り続けてきたのかそのわけを知りたいという人々の願いの表われだと思われる。被差別身分の起源は近世以前にさかのぼることができ、経済的文化的な面での活躍や、婚姻や職業活動での活発な移動と交流、身分間の出入りなど、新しく蓄積されている部落史の知見は多くの人々の興味を引く内容となるはずである。また、近代以降も部落差別が支配層に利用されてきたメカニズム、つまり、経済的搾取と民衆の不満を被差別層に向かわせることによる秩序維持の仕組みを知ることは、部落差別とは別種の形で、現代社会にも同様の状況が存在していることを知る契機ともなるだろう。
 「同和問題、部落差別は既に終わったこと」という認識が広がっている中、今日まだ続いている差別の現実についても伝えられる必要がある。その際、その部分だけが繰り返し伝えられることは逆効果となるだろうが、命をも奪うことにつながる差別の残酷さ、悲惨さについても内容に盛り込むことは重要である。
 また、差別に反対する取組みの成果として同和問題、部落差別が大きく改善の方向にあることを伝えることで、「何をやっても差別はなくならない」という否定的な印象を避けることができるだろう。運動の担い手の姿、地区外との交流を進めるなどのユニークな取組みが伝えられることで、肯定的、積極的なイメージを広げることも可能である。

 もう一点、同和問題について知ることは、同和問題、部落差別以外の様々な差別、人権課題についての理解を深める契機となり、多くの人々が置かれている困難な状況とそれをもたらす背景への理解、さらに、そうした困難、問題を解決することができるのだという前向きな認識を可能にする入口としてふさわしい題材であることも指摘しておきたい。「利権」への非難として、弱い立場の者に不安や不満が向けられる傾向にあるが、そうしたメカニズムについて捉え直す契機ともなるはずである。
 同和問題、部落差別の歴史、現状、差別のもたらす悲惨な現実と差別の仕組みが果たしてきた働き、差別をなくすための運動や特別措置としての同和対策事業の成果等のテーマについて、多様な方法を活用したプログラムを策定し、学校での教育や啓発の場で展開することが必要だろう。それは、同和問題やその解決に向けた施策に対して少なからぬ人々が抱いている疑問や非難の意識を解消させ、納得を得ることを目指すものである。そしてまた、同和問題への理解が深まることで、「差別は許せない、差別に負けず差別を跳ね返していくことができる、そして、自身の生きづらさをもたらす社会の仕組みを理解し乗り越える力が自分にはあるのだ」という認識を多くの人々に分け持たせることも可能だろう。これは、同和問題への共感が人々にもたらすものと言うことができる。
 これは、多くの自由記述で非難されていたように、同和問題だけが重要であるという主張ではない。「特別措置」がもたらしてしまった負の側面としての「逆差別」意識に対しての働きかけが不可欠であり、それは、広く差別問題、人権課題を共感的に理解する糸口としての意義を持っているのである。同和問題への認識の広がり、社会的な取組みが先行することで他の差別問題、人権課題が取り上げられてきた歴史を踏まえれば、「なぜ同和問題だけが優先されるのか」という認識が持たれていること自体不幸な誤解と言わねばならない。その点についてのメッセージも必要だろう。

 今回は自由記述の内容を通して一般住民が同和問題について抱いている意識に迫ることを課題としたが、差別的な意識を強く持った人たちの意識と行動について把握し分析することも、今後の教育・啓発活動の内容を考える上では非常に重要な課題となる。
 「『なぜ差別をするのか』差別する側の意見も聞いてみたい。差別をする事に意味はあるのか。された体験も大切だが、『なぜするか』を問題にすればもう少し差別は減らせるのではないかと考える」〔30歳代女性〕という記述が、まさにその課題を言い当てたものである。

 「実際どの様な問題が起きているのかわかりません。すべてうわさ話程度です。広報などで正しい情報を知らせてくれたら良いと思います。誤解している事がたくさんあるのではと思います」〔70歳以上女性〕、「同じ日本に生まれ育って教育を受けていながら、どこがどのように間違っているのか、どうして差別を受けなければならないのか、今でもわかりません」〔60歳代女性〕。こうした思いに丁寧に答えていくことが、今日改めて求められている。

 「納得と共感」こそ、同和問題が次世代に引き継がれる流れを断ち切り、他の様々な差別問題、人権課題について理解し乗り越える力を多くの人々に伝えるための鍵となる言葉である。


 

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このページの作成所属
府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ

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