人権問題に関する府民意識調査報告書(分析編) 1.自由記述欄分析のねらいと手順

更新日:2023年5月24日

人権問題に関する府民意識調査検討会委員
大阪府立大学人間社会学部准教授 西田芳正

1.自由記述欄分析のねらいと手順

 同和地区とそこに暮らす人々に対して向けられる意識やまなざしは、かつてと比べると大きく変化し、露骨な差別的言動は姿を消しつつある。しかし同時に、見えにくい形で、また、同和地区を取り巻く状況の変化によって姿を変えて、同和地区とその住民を特別視し、否定的な意味合いを込めて捉える意識や振る舞いが一部の人々に見られるという実態があることが今回の意識調査の結果からも明らかである。
 本章は、自由記述欄に書き込まれた内容を手掛かりに、そうした意識の表れと構造、背景を整理し、同時に、解消に向けた働きかけの方向を探ることを目的としている。
 自由記述欄とは、アンケート用紙の末尾に、その調査のテーマに関連する事柄を自由に書き記すことができるように用意されたものである。今回の調査では、「同和問題をはじめとする人権問題や今後の人権教育・啓発について、国や大阪府、市町村に対して、なにかご意見、ご要望があれば、下記の欄に自由にお書きください」という文章の下に、A4用紙の4分の1程度のスペースが設けられた。
 アンケート調査には必ずと言っていいほど盛り込まれる自由記述欄だが、データとして十分な分析がなされてきたとは言えない。その理由は、この欄への書き込みが「自由に記述」されたものだからである。統計的な手順を経て抽出(ランダムサンプリング)された調査対象者のうちの一部の人だけが自発的に記したものであり、さらにその内容は、意識や行動、経験について測定するためにあらかじめ準備された設問に対して回答されたものではない、自由に書き込まれた文章である。要するに、数量的な処理、分析作業に馴染まないだけでなく、その調査が想定する集団全体(ここでは大阪府民全体)の意識や行動、経験について、統計的に推測することができないことがその理由である。
 しかし、自由記述欄に記された内容を分析することは無意味ではないどころか、そこから読み取るべき意味内容は非常に大きなものである。
 まず、自由に書き記された文章は、調査対象者が強く伝えたかったメッセージであり、その内容は、書いた本人だけでなく、多くの人たちに共通する経験や意識を明確な形で示したものである場合が少なくない。類似した記述内容を重ね合わせ、他と突き合わせることによって、共有された経験や意識、そのバリエーションを知ることができる。今回のように、多数の自由記述を分析することで、そのメリットをいかすことができるだろう。また、調査者側があらかじめ想定していた内容、設問を超え出る部分について捉えることが可能な点があげられる。同和地区に対して人々はどのように意味づけているのか、その今日的な表われを読み取ることが可能となる。そしてさらに、意識や経験がある程度まとまった文章として記されることから、それらを丹念に読み解くことにより、意識の構造、それが生まれる背景、広く浸透していく仕組みについて検討することが可能になる。
 このように、分析手法として大きな意義を持つはずだが、読み取りに際しては慎重な姿勢が求められる。書き記された内容から共通する要素を取り出し、他の記述内容と突き合わせたり、設問への回答についての数量分析と対照するなどの作業も必要になるだろう。もちろん、ごく少数のユニークな意識や経験であっても、それが生み出された背景についての考察は重要である。
 書き記された意識と経験、その背後にある要因の連関を捉えるために、それぞれの記述をひとまとまりのものとして分類、コード化するのではなく、記述された文章を構成する複数の要素についてそれぞれ見出しを付け、その一つ一つを分析の素材とする。それらをさらにグループ化し、他の記述内容や設問への回答、記述した人の属性などとの関連を確認する作業を進めていった。
 なお、自由記述欄に何らかの書き込みをした方は合わせて265人で、有効回答者903人中の3割弱にあたる。性別、年齢ともに全体と同様の分布であった。

 本論に入る前に、自由記述の内容をそのままの形で掲載する理由について述べておきたい。
 自由記述には、同和地区の状況、地区の人々の生活、これまでの同和行政のあり方、さらには教育や啓発活動に対する厳しいコメントを記したものが少なくない。それらの中には、誤解や偏見にもとづくもの、同和地区への差別的な意識が示されたり差別を助長しかねない言葉を記したものもある。以下で、それらの記述内容をそのままに掲載しているのは、次のような判断をしているためである。
 同和対策事業特別措置法が1969年に制定されて以来、長年にわたり同和地区、同和地区出身者に対象を限定する特別措置としての同和対策事業が行われ、さらに、特別措置の根拠となってきた法律が失効した2002年以降10年の間、一般施策を活用して、残された課題の解決に向けた取組みがなされてきた。その成果として、同和地区の生活実態や周囲からの差別意識等について大きな改善が見られるのだが、以下で見るように、同和問題の解決に向けた施策に対して、そして同和地区の住民の意識や行動に対して批判的なまなざしが向けられていることが明らかとなった。さらに、その内容を詳細に検討すると、こうした意識をそのままに放置しておけば同和地区に対する差別的な意識を次世代に残してしまうことになりかねないという強い危惧を抱かざるを得ない。同和問題の将来の行方を考えるとき、そうした意識を「ねたみ意識の表われ」、「誤解と偏見」として否定するだけで片付けることはできないのであり、詳細な分析と教育・啓発面での対応が求められる。
 部落差別によって深く傷つけられる経験をされた方々、同和問題を解決するために努力を重ねてこられた方々には「読むに堪えない」言葉が含まれることが予想されるが、そうした問題意識に立っての方針であることを理解いただきたい。


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このページの作成所属
府民文化部 人権局人権企画課 教育・啓発グループ

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