生駒山系の森林の歴史

更新日:平成28年10月3日

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生駒山系の森林の歴史

生駒山系のパノラマ写真


 昔、木材は「燃料」や農具や家具などの「材料」として利用されていましたので、木材が生産できる森林は、人間の生活に欠かせない場所として大切に維持されてきました。
 また、長い間、生駒山系は大阪の気候と風土の中で、コナラやクヌギ、クリなどの雑木林、アカマツやスギなどの針葉樹林が丘陵地や周辺山系に生育し、人と森との深い関わりのなかで、森林の荒廃や土砂流出などの災害が未然に防がれてきました。

 生駒山系の森林は、平安時代には、それまでのシイ類を中心とする照葉樹林(常緑広葉樹林)の森から、アカマツ・雑木林(落葉広葉樹林)を中心とする現在の森に近い形態になったと考えられています。

 生駒山系では、戦前まで都市近郊の地の利を活かし、燃料とする薪や炭を作る薪炭林(しんたんりん)の経営が広く行われていましたが、戦中・戦後の乱伐により、ほとんどの山々がはげ山となってしまいました。
 しかし、昭和20年代後半から、多くの人々の手による植林作業が進められた結果、緑がよみがえりました。

 昭和30年代後半頃になると、石油が大量に輸入されるようになり、丘陵地や周辺山系の森林は燃料や材料の生産場所としての経済的な価値を失っていきます。また、昭和40年代には、松くい虫被害の蔓延や度重なる山火事のため、アカマツ林や雑木林などの多くが枯死しました。

 その後、植林や自然生えにより森林が蘇り、現在の生駒山系の姿となりました。

 ただ、平成20年代の後半に入って、府内でもコナラやクヌギ中心の雑木林にナラ枯れの発生が見られるようになり、生駒山系でも被害が拡大してきています。

 ナラ枯れは、ブナ科樹木だけがかかる病気です。ブナ科の中でも「ナラ類」と呼ばれる木が特にこの病気にかかりやすく、樹木の中で繁殖するカシノナガキクイムシが「ナラ菌」と呼ばれるカビの一種を樹木の中に直接持ち込むことで発症します。ナラ枯れは特に大きく育った木がかかる病気ですが、かかっても3,4割程度の木しか枯れません。このため、全山の木が一斉に枯れるようなことはなく、ナラ枯れが直接山腹崩壊等につながるとは考えられていません。

カシノナガキクイムシによるナラ枯れ被害の詳細はここをクリックしてください(みどり推進室森づくり課のページが開きます)。

 生駒山系は大阪の中心街から東に10数Kmという極めて近距離に位置し、その森林の約7割が「金剛生駒紀泉国定公園」に指定されていることから、都市近郊林として山地災害防止、生活環境の保全はもとより、森林レクリェーション等の保健休養の場の提供を通じて府民生活に大きく貢献しています。

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このページの作成所属
環境農林水産部 中部農と緑の総合事務所 森林課

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